(…ぼくって、とっても幸せだよね…)
幸せすぎる人生だよね、と小さなブルーが考えたこと。
夜、眠る前に、自分の部屋で。
パジャマ姿で、ベッドの端にチョコンと腰を下ろして。
今日はハーレイは家に来てくれなかったけれど。
学校で挨拶しただけで終わったけれども、幸せな一日だったと思う。
ハーレイにちゃんと会えたから。
大好きな笑顔を見ることが出来て、大好きな声も聞けたのだから。
それに、来てくれなかったことだって。
会議があると聞いていたから、最初から期待していなかった。
来られないのが当たり前。運が良ければ、来てくれるだけ。
(…ハーレイは来ない、って知っていたから…)
部屋でチャイムが鳴るのを待たずに、ダイニングで母とゆっくり過ごした。
紅茶とケーキを味わいながら。
学校であった話や、他にも色々、母と話して、笑い合って。
夕食は父も加わっての家族団欒、食後のお茶までのんびりと。
その最中に、ふと思ったこと。「幸せだよね」と。
どういうはずみでそう思ったかは、分からないけれど。
何故だか思った、「幸せ」ということ。
暖かな家に、温かな家族。
美味しい料理に、弾む会話に…。
どれを取っても、全部幸せ。
自分はとても幸せ者だと、幸せすぎる人生だと。
お風呂に入って部屋に帰っても、まだ忘れてはいなかった。
なんて幸せなのだろう、と。
熱いお風呂も、お風呂上がりでも寒くない部屋も。
(…前のぼくだと…)
そういったものが無かった時代もあったのだった。
アルタミラでは、狭い檻の中で生きていたから。
自分の部屋などありはしなくて、ゆったり浸かれるお風呂も無かった。
それを思えば、今の自分は幸せすぎる。
努力せずとも、暖かな部屋も、熱いお風呂も使い放題。
この部屋を自分にくれた両親、それさえも持っていなかったのが前の自分。
ソルジャー・ブルーと呼ばれた自分に、両親などはいなかった。
あの時代は、誰もがそうだったけれど。
血の繋がった親子はいなくて、人工子宮から生まれた子供。
両親の代わりに養父母が選ばれ、親と言ったら養父母だった。
もっとも、前の自分の場合は…。
(…育ててくれた人の顔だって…)
まるで覚えていなかった。
成人検査で記憶を消された上に、ミュウへと変化してしまったから。
実験動物になってしまったから、何度も繰り返された実験。
あまりにも過酷な人体実験、それが記憶を全て奪った。
おぼろげながらも残るのだという、養父母に関するものさえも。
どういう人に育てられたか、何も覚えていなかった自分。
仕方ないことだと諦めたけれど、今の自分には両親がいる。
血が繋がった、本物の家族。
母は自分を産んでくれたし、父と母とが出会わなかったら、自分はいない。
前の自分とそっくり同じに育つ予定の、今の自分は。
十四歳のチビになってしまった、かつてソルジャー・ブルーだった自分は。
まさか両親と暮らせるだなんて、前の自分は夢にも思っていなかった。
過去を失い、顔さえ思い出せなかった養父母。
その人たちの所へ帰れはしないし、帰った所で喜ばれもしない。
SD体制が敷かれた時代は、そういう社会。
「目覚めの日」と呼ばれた十四歳の誕生日が来たら、子供は養父母と別れるもの。
教育ステーションへと旅立ち、大人の社会を目指して歩み始めた年が十四歳。
あの時代ならば、自分はとうに家を離れていただろう。
両親と一緒に暮らす代わりに、学校のような教育ステーションへと連れてゆかれて。
(だけど、今だと、ずうっと一緒…)
現に自分は両親の家で、今も暮らしているのだから。
今日のおやつは母と一緒で、夕食は父も加わった。
あれこれ話して、「幸せだよね」と思った時間。
暖かな家も、温かな家族も、自分は全部持っている。
儚く消えてしまいはしなくて、明日の朝が来れば、また両親と一緒のテーブルで食事。
こんがりとキツネ色に焼けたトースト、明日の朝は何で食べようか?
ハーレイの母に貰った夏ミカンのマーマレードでもいいし、バターも美味しい。
そんな朝食が明日も自分を待っている世界、朝食も両親も煙のように消えてしまいはしない。
(…ホントに幸せ…)
前の自分とは違う人生、平和で穏やかな日々がゆったり流れてゆく。
白いシャングリラのように閉じた世界ではなくて、何処までも広がる大きな世界。
幾つもの植民惑星が宇宙に散らばり、その中心が青く蘇った地球。
前の自分が焦がれ続けて、辿り着けずに終わった星。
あの時代には、地球は死の星だったのだけれど。
そんなことなど知らなかった自分は、地球を夢見た。
青く輝く母なる星。
いつか其処まで辿り着こうと、着いたらあれを、これをしようと。
(ハーレイとだって…)
地球に着いたら、幸せになれると信じていた。
ソルジャーとキャプテンだったからこそ、隠さなくてはいけなかった恋。
けれども、地球に辿り着けたら、もうソルジャーは要らないから。
白いシャングリラも要らなくなるから、キャプテンの役目も消えて無くなる。
ただのブルーとハーレイになれたら、自分たちの恋を明かしてもいい。
恋人同士で何処へでも行けて、地球をあちこち見て回れる。
そういう未来が待っているのだと、夢を膨らませたことだってあった。
きっといつかは、と。
…なのに、叶わなかった夢。
前の自分の命の焔は、少しずつ弱り始めたから。
地球の座標も掴めないのに、青い星へは旅立てないのに。
そうなった以上、諦めるしかなかった夢。
ハーレイと地球まで行けはしないと、その前に自分の命は尽きると。
地球を見られないことも悲しかったけれど、ハーレイと離れてしまう運命。
それが悲しくて、とても辛くて、何度涙を流したことか。
ハーレイの腕の中、何度も、何度も。
泣き濡れる前の自分を抱き締め、ハーレイは「共に」と誓ってくれた。
何処までも決して離しはしないと、死んだ後にもそれは同じだと。
命の焔が燃え尽きたならば、追ってゆくからと。
誓いを聞く度、幸せな気持ちに包まれたけれど。
いつまでも一緒だと思ったけれども、それさえも叶わずに終わってしまった。
前の自分は、メギドへと飛んで行ったから。
ハーレイと離れて、たった一人で。
死ぬと分かっていたというのに、ハーレイには追って来て貰えなかった。
シャングリラはキャプテンを失えないから、一人きりで逝くしかなかった最期。
「ジョミーを支えてやってくれ」と、ハーレイに思念でそっと伝えて。
そしてメギドで終わった命。
最後まで持っていたいと願った、ハーレイの温もりさえも失くして。
それを失くした右手が凍えて、独りぼっちになってしまったと泣きじゃくりながら。
(…ホントに悲しくて、うんと寂しくて…)
泣きながら死んだソルジャー・ブルー。
もうハーレイには二度と会えないと、絆が切れてしまったからと。
(だけど、またハーレイに会えたんだよ…)
まるで奇跡が起こったかのように、長い長い時をヒョイと飛び越えて。
蘇った青い地球で出会った、もう会えないと思った人に。
今はキャプテンではないのだけれども、姿はあの頃と全く同じ。
古典の教師になったハーレイ、前の生から愛した人。
自分もハーレイも、会った瞬間、前の記憶が戻ったから。
出会った時から恋人同士で、恋の続きが始まった。
前の自分が焦がれ続けた、青い地球の上で。
両親までいる素敵な世界で、誰もがミュウになった世界で。
すっかり平和になった今では、前の自分たちは伝説の英雄扱いだけれど。
生まれ変わりだとは誰も知らないから、それまでと変わらない平凡な日々と生活と。
両親と暮らして、ハーレイが訪ねて来てくれて…。
(…ホントに幸せ…)
前の自分が生きた時代に比べたら。
辛く苦しい時代を生きて、生き抜いて、メギドで死んだソルジャー・ブルー。
あの人生と今の人生とは、何処も全く似てはいなくて。
恋人だけが同じにハーレイ。
しかも今度は…。
(ちゃんと結婚出来るんだものね?)
いつか自分が、前と同じに育ったら。
結婚出来る年になったら。
今度は隠さなくてもいい恋。
自分がチビの子供の間は、両親には内緒の恋だけれども。
いつかは両親にもきちんと話して、祝福して貰って、結婚式を挙げて。
ハーレイと一緒に生きてゆけるのが、今の幸せな自分の未来。
暖かい家で両親と一緒に暮らした後には、ハーレイと二人で暮らしてゆく。
それを思うだけで、今の自分は幸せすぎる、と顔が綻ぶ。
ソルジャー・ブルーが持っていなかったものを、山ほど持っているんだから、と。
(…パパとママがいて、ハーレイがいて…)
それに結婚、と指を折っては数える幸せ。
指くらいでは、とても足りないけれど。
幸せすぎる今の幸せ、それを全部は数えられなくて、指の数だってまるで足りない。
幸せは幾つも降ってくるから、幾らでも降ってくるのだから。
(…ぼくって、幸せ者だよね…?)
今でも充分、そう思うのに。
もっと幸せになれる未来が待っているから、もう幸せでたまらない。
ハーレイと二人、青い地球までやって来たから、いつか結婚するのだから。
幸せすぎる今を暮らして、もっと幸せな未来へ歩いてゆくのだから。
前の生から愛し続けた、ハーレイと手を繋ぎ合って。
いつまでも、何処までも、二人一緒に、離れずに歩いてゆけるのだから…。
幸せすぎる今・了
※今の自分は幸せすぎる、と考えてしまうブルー君。前の自分だった頃と比べて。
けれど、まだまだ幸せになれる今度の人生。本当に幸せ者ですよねv