(…つくづく幸せ者だよなあ…)
俺ってヤツは、とハーレイの顔に浮かんだ笑み。
夜の書斎で、コーヒー片手に寛ぎのひと時。
熱いコーヒーを傾けながら、しみじみと思う自分の幸せ。
ブルーの家には寄れなかったけれど、今日も充実していた一日。
帰宅してからも、手際よく夕食を作って、食べて。
炊き立ての御飯を頬張っていたら、ふっと頭に浮かんだ言葉。「幸せだな」と。
何が心の琴線に触れたか、それは全く分からないけれど。
美味しく炊けた新米だったか、それとも味噌汁や焼き魚なども手伝ったのか。
何故だか思った、「幸せだな」と。
一人きりの食卓で、誰を招いたわけでもないのに。
好物の酒もつけてはいなかったのに。
一度気付くと、「幸せ」の数はぐんぐんと増えた。
今日の出来事の中に幾つも、幾つも鏤められた幸せ。
朝一番の柔道部の練習、其処でやっていた走り込み。
普段はそれほど目立たない生徒が、今日は頑張って走っていた。
彼が先頭を走る所など、まだ見たことが無かったのに。
他の生徒を何人も抜いて、颯爽と走り続けた彼。
「ずいぶん調子がいいようだな」と後で褒めたら、照れたように笑っていた生徒。
一度でいいから先頭を、と彼も願っていたらしい。
部活が終わって家に帰ってから、一人で家の近所を走って、鍛えて。
その成果を披露したのが今朝。
「よし、その調子だ」と励ましながら、嬉しくなった。
彼はこれから伸びることだろう、足腰が強くなったのだから。
それが今日の一番最初の「幸せ」。
生徒のやる気を引き出せた上に、才能を伸ばす手伝いが出来る。
思わぬ生徒が伸びてゆくのは、とても嬉しいことだから。
最初から光る才能を持った生徒に出会えば、それは嬉しくて当然のこと。
けれど、努力を積んだ生徒も、柔道の道では強いもの。
心技体を鍛える武道が柔道、強い心は武器になる。
あいつは伸びる、と確信したから、朝から最高に幸せだった。
何処まで伸びてくれるだろうかと、自分が手伝うべきことは、と。
これから磨いてゆける原石、それを見付けた朝の練習。
浮き立つ心で練習を終えて、着替えにゆこうと歩いていたら。
小さなブルーにバッタリ出会った、丁度、登校して来た所。
「ハーレイ先生、おはようございます!」と弾けた笑顔。
元気そうだったから、もうそれだけで幸せな気分。
今のブルーも、前と同じに生まれつき身体が弱いから。
風邪を引いたり、疲れすぎたり、よく体調を崩しがち。
そんなブルーが朝から元気一杯だったら、自分まで嬉しくなってくる。
「今日も一日、元気でいろよ?」と、ポンと頭に置いてやった手。
教え子を励ますように見えても、ちゃんと心は伝わるから。
想いはブルーに届いているから、「はいっ!」と明るい声が返った。
「今日は体育もやるんです!」と。
小さなブルーは、しょっちゅう見学している体育。
何処か具合が悪い時やら、授業がハードすぎる時やら。
けれども、今日は見学しないでいいらしい。
体調がいい証拠だよな、と綻んだ顔。
「頑張れよ!」とブルーに声を掛けてやれたこと、それが二つ目の幸せだった。
他にも幾つも…、と数えた幸せ。
夕食を食べる間に、あれも、これもと。
そんな具合に時が過ぎたから、片付けを終えてコーヒーを淹れて。
書斎でゆったり椅子に座ったら、思ったこと。
「俺はつくづく幸せ者だ」と。
今日も充分に幸せだったけれど、それ以上の幸せを持っているしな、と。
(なんたって、二度目の人生なんだ…)
小さなブルーと初めて出会った、その時に思い出したこと。
実は二度目の人生だったと、前にも確かに生きていたと。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分が生きた人生。
それが一度目、今の自分の人生が二度目。
(しかも、最高と来たもんだ)
今、生きている二度目の人生。
やり直すかのように、貰った命。新しい身体。
前の自分とそっくり同じ姿に育った、今の自分の大きな身体。
誰が見たってキャプテン・ハーレイ、伝説の英雄に瓜二つ。
「生まれ変わりか?」と何度も訊かれたけれども、いつも「違う」と答えて来た。
自分でも知らなかったから。
他人の空似で、似ているだけだと思っていたから。
ところが違った、自分の正体。
思い出せずにいたというだけ、自分がキャプテン・ハーレイだったことを。
忘れていたそれを思い出した日、小さなブルーと再会した日。
十四歳の子供の姿になってしまった、愛おしい人と。
前の生で自分が誰よりも愛したソルジャー・ブルー。
蘇った青い地球で出会えた、愛おしい人の生まれ変わりに。
自分はこの人を愛したのだ、と蘇った記憶。
何処までも共にと誓っていたのに、失くしてしまった大切な人。
その恋人にまた出会えたと、愛おしい人を取り戻せたと。
小さなブルーと再会したこと、それだけで最高とも言える人生。
前の自分が失くしたブルーを、もう一度この手に取り戻せたこと。
生きて再び出会うことが出来た、愛おしい人に。
小さなブルーの命の温もり、それを抱き締めて確かめられる。
なんと自分は幸せなのか、二度目の人生を生きられるとは。
前の生で愛し続けていた人、その人と共に新しい命を貰えるとは。
(…今のあいつは、まだチビなんだが…)
いつか大きく育った時には、文字通りブルーを手に入れられる。
伴侶に迎えて、一緒に暮らして。
誰にも邪魔をされることなく、誰にも仲を隠すことなく。
前の自分とブルーとの恋は、誰にも明かせなかったのに。
けして誰にも知られないよう、懸命に隠し続けていたのに。
(今度は結婚出来るんだ…)
結婚式を挙げて、手に入れるブルー。
自分の所へ来てくれるブルー。
前の自分には出来なかったことで、夢にも思いはしなかったこと。
ブルーに結婚を申し込むなど、二人きりで暮らしてゆくことなどは。
(…地球に着いたら、と思ってた頃もあったんだが…)
互いの役目から解き放たれたら、共に生きようという夢ならば見た。
ブルーと二人で何度も描いた、幸せに生きてゆける未来を。
けれど、いつしか諦めた夢。
諦めざるを得なかった夢。
前のブルーの寿命が尽きると分かったから。
とても地球まで行けはしなくて、その前にブルーは逝ってしまうから。
前の自分は夢を諦め、それでもブルーと生きようとした。
ブルーの寿命が尽きる時まで、側にいようと。
そしてブルーが命尽きたら追ってゆこうと、彼の魂を追って逝こうと。
なのに、叶わなかった夢。
ブルーの最期を看取る代わりに、前の自分は失くしてしまった。
いつとも、何処とも分からない内に、愛おしい人を。
ただ漠然と、「もう戻らない」と悟っただけ。
メギドの炎を防ぐためにと、前のブルーは飛び去ったから。
命を捨ててしまったから。
二人で暮らした白い船から、遠く離れた暗い宇宙で。
何処に在ったのか、場所さえ定かではなかったメギド。
それを沈めて、ブルーは逝ってしまったから。
(…あいつが死んだ時間も場所も…)
前の自分には分からないまま。
ブルーを追って死ぬことさえも、許されなかった前の自分。
それをブルーが禁じたから。
「ジョミーを支えてやってくれ」と、愛おしい人が遺した言葉。
そうするためには生きるしかない、どんなにブルーを追いたくても。
愛おしい人の許にゆきたくても、生きてゆかねばならなかった自分。
ブルーは何処にもいないのに。
どんなに呼んでも、声は返って来ないのに…。
何度も涙し、深い孤独と絶望の中で前の自分は生き続けた。
死の星だった地球の地の底で、息絶えるまで。
それが一度目の人生の最後。
前のブルーと幸せになれず、悲しみに覆い尽くされた人生の終わり。
(…あいつの所へ、やっと行けると…)
そう思ったのを覚えている。
これで行けると、ブルーの魂を追ってゆけると。
けれど、命は終わらなかった。
終わったけれども、二度目の人生に続いた命。
自分は幸せな今を生きていて、今度こそブルーと共に生きてゆける。
前のブルーと夢に見ていた、青い地球の上で。
小さなブルーが、前と同じに育ったら。
結婚出来る年になったら。
(…本当に俺は幸せ者だ…)
失くした筈の命もブルーも、二つとも手に入れたから。
ブルーと学校でしか会えなかった日でも、幸せが幾つも降ってくる今。
平和な時代に、幾つもの幸せに彩られた日々。
幸せすぎる今に生まれて、いつかはブルーと生きてゆく日々。
もう最高だと、幸せ者だと、そう思わずにはいられない。
前の生から愛し続けた、ブルーと生きてゆけるのだから。
そういう未来が待っている地球に、幸せな今に、自分は生きているのだから…。
幸せな今・了
※ハーレイ先生、今の自分は幸せ者だとしみじみ思っているようです。前に比べて。
その上、いつかはブルー君と結婚。本当に幸せな人生なのです、最高の幸せ者ですよねv