「ねえ、ハーレイ。…一番幸せなことって、何?」
何が幸せ、と首を傾げた小さなブルー。
二人でのんびり過ごす休日、いつものテーブルを間に挟んで。
「幸せって…。俺の幸せか?」
そういう意味か、と問い返したら。
「うん。ハーレイは何が一番幸せ?」
ぼくに教えて、と瞬く赤い宝石。ブルーの顔に輝く二つの宝石、命の色の。
「そうだな…。俺はいつでも幸せなんだが…」
幸せ探しは得意だからな、とハーレイがパチンと瞑った片目。
どんな時にだって幸せはあると、探してやれば見付かるもんだ、と。
「ホント?」
疑わしそうな顔をしているブルー。本当にいつでもあるものなの、と。
「もちろんだ。たとえば、今はお前に疑われてるが…」
俺の言葉を信じて貰えていないわけだが、そいつを俺がどう受け取るか。
信じて貰えない俺は不幸だと考えたならば、失敗だ。
それじゃ幸せは見付からん。
こう考えるのさ、「お前に信じさせてみせるぞ」と。
そうすりゃ目標が一つ出来てだ、それに向かって走り出すわけだ。
お前が信じてくれなくっても、もっと、もっとと、努力を重ねてゆくんだな。
これでどうだと、まだ信じないかと、俺の力の限りを尽くして。
大変そうに聞こえるだろうが、そうじゃない。努力した分だけ、俺は何かを手に入れる。
「そんなの嘘だ」と膨れっ面のお前の顔とか、「騙されないよ」と笑うお前の顔だとか。
色々なお前の顔が見られて、「もっと頑張ろう」って気持ちになれる。
そしてお前が信じてくれたら、見事ゴールというヤツだ。
長くて辛いコースを走って、ゴールした時の達成感は凄いんだぞ?
もう最高に幸せな気分で、それまでの疲れも吹っ飛んじまう。…そういうモンだ。
だから幸せは探さないとな、と微笑むハーレイ。
諦めてしまったらそれで終わりで、見付かるものも見付からないと。
「お前、信じていないようだが…。そいつは、幸せすぎるからだな」
いつも幸せで、幸せ一杯。
今はそういう時代なんだし、幸せってヤツを誰もが持ってる。どんな時でも。
当たり前に幸せを持っているから、そのせいで気付かないんだな。
自分が幸せだということに。…今もそうだろ?
俺と二人で此処にいるだけで、お前は幸せな筈なんだが…?
前のお前はどうだったんだ、と問い掛けられた。
ソルジャー・ブルーだったお前は何処に消えたと、どうなってしまったんだった、と。
「…前のぼく…。メギドで独りぼっち…」
ハーレイの温もりも失くしちゃった、とブルーがキュッと握った右手。
前の生の最後に冷たく凍えて、それきりになってしまった右の手。
「ほら見ろ。…寄越せ、右の手」
温めてやるから、とハーレイはブルーの右手を包んだ。褐色の肌の大きな両手で。
ブルーの手は冷えていないけれども、体温を優しく移すように。
そうしてブルーの手を包みながら、尋ねてやる。
「今のお前は幸せなのか?」と。
「うん、幸せ…。だって、ハーレイと一緒だから」
独りぼっちじゃないんだもの。
ぼくの右手は凍えていないし、ハーレイも側にいてくれるから…。
手も温めて貰えるから。
「さっきまで忘れていただろうが。…その幸せを」
ちゃんと幸せを持っているのに、気が付かない。
それほど今は幸せってことだ、当たり前すぎて見落とすほどに。
だから幸せを探していないと、気付かないままになっちまうんだな。
大切なんだぞ、とハーレイが語る「幸せ探し」。
どんな時にも幸せはあるから、探して見付けてゆかないと、と。
「いいか、前の俺たちの人生ってヤツ。俺もお前も、幸せに生きたが…」
今に比べりゃ、ほんの小さな幸せだったろ?
シャングリラの中が世界の全てで、何処にも行けやしなかった。
ちょっと息抜きに外へ出ることも、買い物に出掛けてゆくことも。
…前のお前は外に出られたが、今のお前とは全然違う。
学校なんかには行けなかったし、友達の家に行くのも無理だったろうが。
今の俺たちには当たり前のことが、前の俺たちには夢の世界だ。
シャングリラどころか、今の俺たちは地球の上に住んでいるんだから。
「そっか…。そうだよね、いつも幸せ…」
ぼくはチビだけど、記憶は一つも失くしていないし、パパもママもいるし。
前と同じで弱い身体だけど、檻に閉じ込められたりしてないし…。
うんと幸せだね、普通のことが。
前のぼくたちが生きた時代に比べたら…。
「そういうこった。だから、ついつい忘れるんだな」
幸せはいつでもあるってことを。
ほんの少しだけ視点を変えたら、何処からか降って来るってことを。
さっきも言ったろ、辛いコースを走っていたって、得られるものは幾つもあるんだ。
本物の道を走ってる時も、走った分だけ何かを得られる。
根性だとか、我慢強さとか。
それは必ず役に立つんだし、言わば幸せの貯金だな。
「あの時、頑張っておいて良かった」と思う時がいつかは来るもんだ。
幸せの貯金が幸せになって現れるわけだ、何処からかヒョイと。
どんなことでも、幸せに繋がっていくんだな、うん。
それでだ…、とハーレイが浮かべた笑み。
「お前は俺の言葉を信じたようだし、これで俺にも幸せが一つ」と。
「どうだ、手に入れたぞ、幸せを一つ。俺は諦めなかったからな」
疑われちまった俺は不幸だ、と思っていたなら、この幸せは無しだった…、と。
幸せ探しの名人だろうが、こうやって見付けていくんだが…。
一番の幸せは何かと訊かれたら、そいつはお前に決まってる。
もう一度、お前に出会えたこと。…今はチビでも、いつか大きく育つお前に。
それが一番の幸せだな、と言われたから。
その答えが欲しくて投げた問いだから、ブルーの胸に溢れた幸せ。「ぼくは幸せ」と。
だから想いが溢れるままに、キュッと握った褐色の手。
右手を包んでくれている手を、左手と右手で外と内側から。
「ぼくも…。ぼくも一番幸せなんだよ、ハーレイとまた出会えたことが」
それに今度は、いつまでも一緒。
今は先生と生徒だけれども、いつか二人で暮らせるでしょ?
誰にも内緒にしなくても良くて、何処に行くのも、いつも二人で。
「ああ。…今度こそ、俺はお前を離しやしない。それも幸せの一つだな」
今度は離さなくてもいいんだ、お前の手を。
前の俺だと、黙ってお前を見送ることしか出来なかったが…。
今なら、追い掛けて捕まえられる。
お前がいなくなっちまう前に。…さよならも言わずに消えちまう前に。
「ごめんね、前のぼくのこと…。ハーレイを独りぼっちにしちゃった…」
いくらハーレイでも、あの後、幸せ探しなんかはしていないよね…。
していたんなら、そっちの話をしてくれるもんね。
こんな楽しいことがあったとか、「あれから面白いことがあったぞ」とか。
「…すまん。一本取られちまったな」
前の俺だと、俺に説教されちまうのか…。
ちゃんと探せよと、どんな時でも幸せは周りにあるもんだから、と。
それから二人で考えたけれど、幸せはやっぱり何処かにあるもの。
前のハーレイは見付け損なったけれど、数えてみたら、幾つも幸せ。
「前のぼくたちは追い出されたのに、アルテメシアに帰れたんでしょ?」
戦いに勝って、テラズ・ナンバー・ファイブも倒して…。
地球の座標も手に入ったんだよね、アルテメシアで?
「うむ。それを使って地球を目指して…。色々と苦労もしたんだが…」
地球には着けたな、青い地球ではなかったが。
あれが青かったら、幸せってヤツに気付いていたかもしれないが…。
「地球に行くことが、前のぼくたちの夢だったもんね…」
青い星だったら、ハーレイもきっと幸せになれていたよね。此処まで来た、って。
「どうだかなあ…。俺の隣に前のお前はいなかったからな」
前のお前の夢だったからこそ、俺にとっても地球は大切な星だった。
お前がいなけりゃ、青い地球でも駄目だったかもな。
幸せ探しを続けていたって、肝心のお前がいないんじゃなあ…。
「え…?」
「一人より、二人。そっちの方が断然いいだろ?」
幸せってヤツは、一人占めするより、分け合う人がいる方がいい。
自分が幸せな気持ちになったら、お裾分けをしたくなるもんだ。「どうぞ」とな。
とびきりの幸せを見付けたんなら、なおのことだ。
青い地球まで辿り着いたら、みんなでワイワイ分けたいじゃないか。
そして大切な人がいるなら、その人に特別大きな一切れ。
それを渡したい前のお前がいなかったんでは、駄目だったような気がするなあ…。
青い地球に出会えていたとしても…、とハーレイに両手を包み込まれた。
左手も一緒に、大きな褐色の手の中に。
「幸せ探しも大切なんだが、一人占めより、お裾分けだ。それは分かるな?」
今の時代じゃ、ガレット・デ・ロワって菓子があるんだが…。
お前、知ってるか、そいつのこと?
「えっと…。お正月に食べるお菓子だっけ?」
「正月ではあるが、一月六日だ。公現節の菓子だから。あれの中には…」
フェーヴってヤツが入っていて、だ…。陶器の小さな人形みたいなの。
みんなで賑やかに切り分けて食べて、自分の菓子にフェーヴが入っていれば王様。
王冠の飾りを被せて貰って、一年間の幸運が約束されるというんだが…。
もしもそいつを俺が引き当てたら、幸運、お前にやりたいな。
幸せが一杯の今の時代でも、もっと幸せになって欲しいし。
「ぼくもハーレイに譲りたいよ、それ」
一人で幸せになるよりも、二人。一年分の幸せが半年分になっちゃっても。
「やっぱりなあ…。俺たちの場合は、食わない方がいいのかもなあ…」
ガレット・デ・ロワ。当たっちまったら、譲りたくなってしまうんだから。
お裾分けしたくて、半分ずつとか、そんな感じで。
「そうかもね…。一人占めするより、幸せ、二人で分けたいもんね」
お菓子が連れて来る幸せもいいけど、ハーレイと二人で幸せ探し。
その方がずっと楽しそうだし、きっと困りもしないと思う。
当たっちゃったけどどうしよう、ってお菓子を見ながら困らないから。
「そうだな、俺たちはやめておくか」
お前のお母さんたちが用意しちまったら、その時は仕方ないんだが…。
お互い、ウッカリ引き当てないよう、気を付けんとな。
譲り合おうにも、お母さんたちがいちゃ出来ないし…。
幸せ、一人占めになっちまうからな。
二人で「やめておこう」と指切りをした、ガレット・デ・ロワ。
一月六日に食べるお菓子は、二人きりなら買わないこと。
幸せを運ぶフェーヴは一つだけしか入っていなくて、一人だけにしか当たらないから。
一年分の幸せを一人占めするより、二人で分けて味わいたいから。
お菓子で貰える幸せよりかは、二人で幸せを探してゆこう。
どんな時でも、幸せはきっと見付かるから。
諦めないで探していたなら、幸せはやって来るものだから…。
幸せの見付け方・了
※幸せ探しの名人なのがハーレイ先生。どんな時でも、幸せは見付かるみたいですけど…。
ガレット・デ・ロワに入っていた時には、困るようです。お裾分け、難しそうですものねv