(奇跡って起こるものなんだよね…)
ホントに不思議、と小さなブルーが眺めた写真。
今日はハーレイは家に来てくれなかったけれども、写真の中に笑顔の恋人。
好きでたまらない恋人のハーレイ、その左腕に両腕でギュッと抱き付いた自分。
夏休みの一番最後の日に写した記念写真。
庭で一番大きな木の下、母にシャッターを切って貰って。
写真を眺めれば会えるハーレイ、学校でも会って来たけれど。
「ハーレイ先生!」と挨拶をして、少し立ち話も出来たのだけど。
残念なことに、仕事の帰りに来てはくれなかったから、今日はそれだけ。
いつもだったら寂しいけれども、今夜は少し違った気分。
今がどれだけ幸せなのか、そのことを思い出したから。
普段はすっかり忘れてしまって、当たり前になってしまっていること。
(…こんな写真が撮れるってこと…)
それに、同じ町にハーレイが暮らしているということ。
何ブロックも離れていたって、同じ町に住んでいるハーレイ。
おまけに青い地球の上で。
前の自分が焦がれ続けた水の星。母なる地球。
いつか行きたいと願い続けて、幾つもの夢を描いていた星。
前のハーレイと共に辿り着いたら、あれをしようと、これもしたいと。
気付けばその地球に来ていた自分。
前の自分が夢に見た星、そのままの地球ではないけれど。
(あの頃の地球は、死の星だったって…)
ハーレイからそう聞かされた。歴史の授業でも教わること。
けれども、青く蘇った地球。
其処に自分は生まれて来た。新しい身体と命を貰って。
ハーレイも同じに生まれ変わって、また巡り会えて恋人同士。
自分は少しチビだけれども、キスさえ出来ない子供だけれど。
記念写真の中の自分は、本当にチビ。
十四歳にしかならない子供で、ハーレイとデートにも行けない有様。
それでも二人で同じ地球の上に、同じ時代に生まれられたこと。
これが奇跡でないと言うなら、なんだろう。
(…聖痕だって、本当に奇跡…)
ハーレイと再び巡り会えた日に、右の瞳から、肩から、溢れ出した血。
肌には傷さえ無いというのに、まるで大怪我をしたかのように。
前の自分がメギドでキースに撃たれた傷痕、それの通りに。
あまりの痛みに、チビの自分は気絶したけれど。
その聖痕が連れて来てくれた、前の自分のものだった記憶。
ソルジャー・ブルーと呼ばれた自分。
ハーレイと恋をしていた自分。
またハーレイと巡り会えた、と直ぐに気付いたし、ハーレイも同じ。
絡み合い、交差した膨大な記憶。
前の自分が持っていた分と、今のハーレイが思い出した分と。
そうして始まった奇跡の日々。
聖痕は二度と出ないけれども、考えてみれば毎日が奇跡。
当たり前すぎて忘れているだけ、奇跡が日常になったというだけ。
ハーレイと同じ町で暮らして、何度も会っては、話をして。
甘えて、強く抱き締めて貰って、二人で記念写真まで撮れた。
(…恋人同士で撮ったんです、ってパパやママには言えないけれど…)
あくまで前の生での友達同士の写真だけれども、特別な写真。
白いシャングリラで暮らした頃には、こんな写真は撮れなかったから。
ハーレイとは秘密の恋人同士で、誰にも明かせなかった仲。
こんな写真を撮れはしなくて、飾っておくことも出来なくて。
…そのまま終わってしまった恋。
前の自分は、最後までソルジャーだったから。
ハーレイも同じにキャプテンのままで、自由にはなれなかったから。
(…ソルジャーとキャプテンが、恋人同士だなんてバレたら…)
シャングリラの秩序は崩れてしまって、失いかねないミュウたちの未来。
前の自分が守り続けた白い船。
ハーレイが舵を握っていた船。
船を導く二人だったから、決して言えはしなかった。
本当は恋人同士なのだと知れてしまったら、誰もついては来ないから。
シャングリラを私物化しているのだろうと、皆がそっぽを向くだろうから。
(…地球に着いたら…)
自由になれると夢を見ていた。
ソルジャーとキャプテンの役目は終わって、恋人同士の二人になれると。
けれど、その日は訪れないまま、宇宙に消えてしまった恋。
前の自分は死んでしまって、それっきり。
誰よりも愛したハーレイの許へ、戻ることさえ出来ないままで。
…いつか命が尽きる時には、ハーレイがいると信じていた。
どうやら地球まで行けはしないと悟った時に、それを思った。
その日が来たなら、前の自分のベッドの側に。
キャプテンとしての立場であっても、ソルジャー・ブルーの右腕だったハーレイだから。
死にゆくソルジャーの手を握り締めていても、誰も不思議に思わないから。
(…だって、友達で、おまけにキャプテン…)
ソルジャーが船の仲間に届けるだろう、最後の思念。
それを伝える手伝いをするとか、言い訳はいくらでもあったから。
キャプテンだけに伝えておかねばならないことも、あるかもしれないだろうから。
(…みんなを頼む、って…)
誰かに頼んで逝くとしたなら、それはキャプテン。
長老の四人も大切だけれど、船を纏めてゆくキャプテンに頼むべきこと。
これからの船をよろしく頼むと、皆を地球まで連れて行ってくれと。
(…ホントはそうじゃなかったけれど…)
皆はそうだと信じただろう。
ソルジャーからキャプテンへの遺言なのだと、とても大切な内容だろうと。
他の者には聞き取れなくても、キャプテンは聞いておくべきこと。
そのためにソルジャーの手を握るのだと、最後まで握っていたのだと。
ソルジャー・ブルーの魂が彼方へ飛び去るまで。
身体を離れて、別の世界へ旅立つまで。
(…きっとハーレイがいてくれる、って…)
そう信じていた、自分の最期。
ハーレイに手を握って貰って、「さよなら」を言って。
他の誰にも聞かれないよう、恋人同士の別れの言葉をハーレイに告げて。
なのに、叶わなかったこと。
それすら出来ずに、前の自分はたった一人で死んでしまった。
白いシャングリラを守るためにと、メギドを沈めに飛び立ったから。
ハーレイと離れて、二度と戻って来られない場所へ。
手など握って貰えない場所へ。
(でも、ハーレイとは一緒なんだ、って…)
最後に触れた、ハーレイの腕にあった温もり。
「ジョミーを支えてやってくれ」と思念を伝えて、腕の温もりを貰って行った。
触れた右手に、愛した人の温もりを。
誰よりも愛し続けた恋人、そのハーレイの温もりを。
右手に温もりを持っていたなら、心はハーレイと共にいるから。
シャングリラから遠く離れた所で命尽きようとも、手には温もりがあるのだから。
その手を握って貰えなくても。
ハーレイが隣にいてくれなくても、きっと一人ではない筈だから。
(…だけど、失くした…)
キースに撃たれた傷の痛みで、恋人の優しい温もりを。
最後まで右手に残る筈だった、愛おしい人に貰ったそれを。
メギドの制御室を壊して、ジョミーに皆を託した後。
「みんなを頼む」と願った後に、温もりを失くしたことに気付いた。
それが何処にも無いことに。
ハーレイが消えてしまったことに。
自分はメギドにたった一人で、切れてしまったハーレイとの絆。
二度とハーレイに会えはしないと、泣きじゃくりながら死ぬしかなかった。
冷たく凍えてしまった右手。
ハーレイの温もりを失くした右手が、凍えて冷たくて、とても悲しくて。
もうハーレイには会えないから。
…二度と側には戻れないから。
それが覚えている自分の最期。
ソルジャー・ブルーだった前の自分の最後の記憶。
悲しみと絶望、それから孤独。
独りぼっちになってしまったと、泣きながら死んでいったのが自分。
けれど、その後に起こった奇跡。
どうしたわけだか、自分は地球にやって来た。
ハーレイと二人で生まれ変わって、青い星の上に。
今はどうしようもなくチビだけれども、いつか大きく育ったら。
前の自分とそっくり同じ姿になったら、ハーレイが許してくれるキス。
それに二人でデートにも行ける、好きな所へ。
ハーレイの車でドライブをしたり、二人で食事に出掛けて行ったり。
そういう幸せな日々が流れて、その後に迎えるハッピーエンド。
(…今度は結婚出来るんだよ…)
誰にも恋を隠さなくてもいいのだから。
教師と教え子で、自分がチビな今の間だけ、隠しておけばいいのだから。
いつか自分が大きくなったら、ハーレイからのプロポーズ。
そして結婚式を迎えて、ハーレイと二人で暮らしてゆける。
この地球の上で、二人一緒に。
いつまでも、何処までも、手を握り合って。
前の自分が温もりを失くして凍えた右手。
その手は二度と凍えはしなくて、ハーレイの大きな手と一緒。
ハーレイと二人で暮らすのだから。
手を繋ぎ合って、キスを交わして、幸せな日々を生きるのだから。
…今の自分に起こった奇跡。
前の自分の悲しい最期は、今の奇跡に繋がったから。
幸せな日々がやって来たから、出来ることなら前の自分に伝えたい。
メギドで泣きじゃくる前の自分に、「大丈夫だよ」と。
「今はとっても悲しいけれども、またハーレイに会えるから」と。
青い地球の上でハーレイに会って、結婚出来ると前の自分に教えたい。
そうすれば悲しみの涙は止まって、安らかな最期だったろうから。
次の生への旅立ちなのだと、幸せな眠りに就いたろうから。
…それを伝えたいと思うけれども、叶わないこと。
けれど奇跡はやって来たから、ハーレイと二人で歩いてゆける。
いつまでも、何処までも、手を握り合って。
今度は恋を隠すことなく、前の自分が焦がれ続けた青い星の上で…。
前のぼくへ・了
※「またハーレイに会えるから」と、前の自分に伝えたいブルー。幸せだから、と。
それが出来ないのが残念ですけれど、今度はハーレイと幸せに生きてゆけるのですv