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前の自分へ

(こんな奇跡が起こっちまうんだ…)
 俺にも信じられないんだが、とハーレイが眺めたブルーの写真。
 夜の書斎で、フォトフレームに入ったそれを。
 写真の中にいる自分。…その左腕に抱き付いたブルー。
 両腕で、ギュッと。
 弾けるような笑顔の、小さなブルー。
 夏休みの一番最後の日に、ブルーの家の庭で写した。
 小さなブルーのお気に入りの場所で、庭で一番大きな木の下で。
 其処は特別な場所だから。
 初めてのデートが其処だったから。
 「何処か違う所で食事したいよ」と言い出したブルー。
 けれども、それは叶わないから。
 デートに連れては出掛けられないから、キャンプ用の椅子とテーブルを用意した。
 家にあったのを、車に乗せてブルーの家まで運んで行って。
 そのテーブルと椅子を置いたのが、庭で一番大きな木の下。
 それ以来、ブルーのお気に入りの場所。
 テーブルと椅子が、ブルーの父が買った白いテーブルと椅子に変わっても。
 だから、その場所で写した写真。
 二人一緒の初めての写真、それまで写していなかったから。
 五月の三日に再会したのに、迂闊にも写し損なったから。
 再会の喜びに酔ってしまって、自分もブルーも思い付かなかった。
 記念写真を撮ることを。
 青く蘇った地球の上での、再会記念になる一枚を。


 たまに思い出すと、今でも可笑しくてたまらない。
 どうしてあの時、撮り損ねたかと。
 遠く遥かな時の彼方で離れてしまった、愛おしい人。
 その人に再び会えたというのに、忘れてしまった記念写真。
 会って直ぐなら、ブルーの両親に「お願いします」とシャッターを押して貰えただろうに。
 恋人同士だったことは秘密だけれども、ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイ。
 そんな二人の再会なのだし、記念写真を撮りたくなるのは自然なこと。
 「また出会えた」と、「今度は地球の上で会えた」と。
 チャンスは山ほどあったというのに、逃した自分。
 それはブルーも同じだけれど。
 気付いた時には、すっかり時が経ちすぎていた。
 今更、記念写真でもなかろう、というくらいにブルーの家に馴染んでいた自分。
 週末は大抵、ブルーの家で朝から晩まで。
 仕事が早く終わった時には、帰りに寄って一緒に夕食。
 まるで家族の一員のようで、記念写真と言い出したなら…。
(…みんなで撮ろうってことになったぞ、きっと)
 タイマーをセットして、ブルーの両親も入った写真。
 庭で撮ったか、夕食の席かは分からないけれど、とにかく四人で写った写真。
 それではブルーと二人の写真になりはしないから、諦めた。
 チャンスを待とうと、ブルーと二人で写せる時を、と。


 そうやって待って、夏休みが来て。
 長い夏休みを小さなブルーと満喫したから、その記念にと写真を撮った。
 ブルーの母にカメラを渡して、庭で一番大きな木の下で。
 その写真をブルーと一枚ずつ…。
(揃いのフォトフレームに入れてだな…)
 持っているのが今の自分。
 ブルーの家にも同じ一枚、フォトフレームもそっくり同じ。
 このフォトフレームにも素敵な秘密があって…。
(俺が持っているのは、あいつのなんだ)
 小さなブルーが記念写真をセットしていたフォトフレーム。
 「お揃いだぞ」と渡してやった、優しい飴色の木枠のそれに。
 自分も一枚、入れたのだけれど。
 見分けが付かないフォトフレームを、二つ並べておいたのだけれど。
 帰り際に、ふと欲しくなった。
 ブルーが写真を入れていた分を、自分が持って帰りたいと。
 そうすれば、ブルーの持ち物が手に入るから。
 ほんの短い時間だったけれど、それはブルーの物だったから。
(…そしたら、あいつも…)
 同じことを考えていたブルー。
 フォトフレームを取り替えたいと、恋人の持ち物を手に入れたいと。
 二人同時に口にしていた願い事。
 相手の分と取り替えたい、と。
 だから、もちろん取り替えた。
 今、見ているのはブルーが持っていたフォトフレーム。
 それが自分の家にある。
 愛おしい人が持っていた物が。


 なんという奇跡なのだろうか、と気付かされる度に思うこと。
 普段はすっかり慣れてしまって、その素晴らしさを忘れるけれど。
 小さなブルーと過ごしていたって、忘れてしまっているのだけれど。
(…俺はあいつを取り戻したが…)
 戻って来てくれた小さなブルー。
 十四歳にしかならない子供の姿でも、ブルーはブルー。
 前の自分が愛し続けた、誰よりも愛したソルジャー・ブルー。
 その人が帰って来てくれた。
 青く蘇ったこの地球の上に生まれ変わって、自分の前に。
 小さなブルーと再会してから、輝きを増した世界と人生。
 ブルーがいるからこそなのだけれど、幸せな日々が流れてゆくのだけれど。
(…それが当たり前だと思っちまって…)
 これじゃ駄目だな、とコツンと軽く叩いた頭。
 ブルーがいる日々、それは本当に奇跡だから。
 生きて再び巡り会えるとは、思ってもいなかったのだから。
 …今の自分の話ではなくて、キャプテン・ハーレイだった頃。
 前のブルーを失くした時には、夢にも思いはしなかった。
(…いつか、あいつを追ってゆこうと…)
 早く命が終わって欲しいと、ただそれだけを願い続けた。
 前のブルーに頼まれたことを果たした時には、終わる筈の役目。
 白いシャングリラを地球まで運べば、ジョミーを支えて辿り着けば。
 それを果たせば、ブルーを追える。
 自分の命を捨ててしまって、先に逝ってしまったブルーの許へと。


 それだけを願い続けた自分。
 キャプテン・ハーレイだった自分の、悲しみに満ちた人生の残り。
 ブルーと一緒に逝けなかったと、一人残されたと、白いシャングリラで。
 身体は生きていたのだけれども、死んでしまっていた魂。
 孤独と絶望の只中で生きた、地球までの長い戦いの旅路。
(…キャプテンとして、指揮はしていたんだが…)
 部屋に帰れば、悲しみしか残っていなかった。
 どうして自分は生きているのかと、ブルーは何処にもいはしないのに、と。
 愛おしい人を失くしてしまって、ただ一人きり。
 白いシャングリラに独りぼっちで、死ぬまで孤独は癒えはしないと。
 この世界に自分は一人きりだと、悲しみの中で生きてゆくのだと。
 …いつか魂が身体を離れて、ブルーの許へと飛べる時まで。
 愛おしい人と巡り会えるまで、絶望と孤独が続くだけだと。
(…生きていたって、いいことなんかは一つも無くて…)
 時には笑いもしたのだけれど。
 ゼルやヒルマンたちと語り合うこともあったのだけれど、その時限り。
 一人になったら、包まれてしまった孤独と絶望。
 こんな世界に生きる意味は無いと、死だけが自分を救ってくれると。
(…鼓動も、呼吸も、止まってしまえと…)
 その時が来たなら、自由だから。
 ブルーの許へと飛び立てるから、死だけを願って望み続けた。
 命も身体も要りはしないと、無い方がいいと。
 早く無くなってくれればいいと、生きている限り、苦しみだけが続くのだから、と。


(…本当に、死んでしまいたくてだ…)
 死ぬ方がずっと良くて幸せだと、思い続けていた自分。
 死だけを願ったキャプテン・ハーレイ。
 …あの頃の自分に教えてやりたい、「生きてこそだぞ」と。
 命も身体もあった方がいいと、それがあるからブルーと幸せになれるのだと。
(…死んじまったら、あいつと結婚するどころじゃなくて…)
 小さなブルーとはそれでお別れ、せっかく巡り会えたのに。
 記念写真も二人で写して、いつか結婚するつもりなのに。
 …命が尽きたら話にならない、ハッピーエンドは来てくれない。
 ブルーが前と同じに育ってくれても、自分の命が無かったら。
 鼓動が、呼吸が、止まって死んでしまっていたら。
(…そしたら、他の誰かがだな…)
 美しく育ったブルーを口説き落として、まんまと攫ってゆくかもしれない。
 ブルーに限って、それは有り得ないとは思うけれども。
(…でもなあ、生きてこそだしな?)
 ハッピーエンドも、結婚式も。
 ブルーと暮らす幸せな日々は、再び命を得ていればこそ。
 だからブルーが育った時には結婚出来るし、二人で何処までも歩いてゆける。
 手を繋ぎ合って、キスを交わして、青い地球の上で。
(…そいつを、前の俺にだな…)
 出来るものなら伝えてやりたい、「生きてこそだ」と。
 「辛くて悲しいのは、今だけなんだ」と、「もう一度、幸せに生きられるんだぞ」と。
 失くしたブルーとまた巡り会って、幸せな日々を。
 ハッピーエンドを迎えられる生を。
 …それを伝えてやりたいと思う、悲しみ続けた前の自分に。
 けして出来ないことだけれども、「今だけ耐えろ」と。
 いつか幸せがやって来るから、お前には奇跡が起こるのだから、と…。

 

        前の自分へ・了


※ハーレイ先生がキャプテン・ハーレイに伝えたいこと。いつか訪れる、幸せな未来。
 けれども、伝えられないのです。ハッピーエンドが待っているのに、残念ですよねv





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