(大好きなんだけどね…)
ホントのホントに好きなんだけど、とブルーが頭に描いた顔。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドの端にチョコンと座って。
今日も学校で会ったハーレイ、前の生からの自分の恋人。
本当に好きでたまらないけれど、今日は挨拶だけだった。
それも「ハーレイ先生、おはようございます!」と声を掛けただけ。
「おう、おはよう」とハーレイは笑顔をくれたけれども。
急いでいたのか立ち話は無しで、挨拶したというだけのこと。
その上、無かったハーレイの授業。
古典の授業がありさえしたなら、ハーレイの声が聞けたのに。
自分に向けられたものでなくても、ハーレイは授業をしているだけでも。
姿も思う存分見られた、「ハーレイだよね」と。
自分は当てて貰えなくても、視線が合いさえしなくても。
(ホントに残念…)
ガッカリだよね、と思う一日、挨拶だけで終わってしまった日。
帰りに寄ってくれればいいのに、と祈っていたのに、来てくれなかった。
鳴ってくれなかった、門扉の横にあるチャイム。
だから本当に挨拶だけの日、それだけで終わったハーレイとの逢瀬。
あれを逢瀬と呼んでいいのか、なんとも悲しい気分だけれど。
せめて少しの立ち話。
それだけで嬉しかったというのに、それさえ無かったのだから。
残念としか言えない一日、恋人と挨拶を交わしただけ。
「元気そうだな」とも言って貰えなくて、そのままお別れ。
それでも会えただけでもマシ、と考えた、好きでたまらないハーレイ。
前の生から愛し続けた、誰よりも大切な自分の恋人。
でも…。
時々、不思議に思うこと。
いったい何処に惹かれたろうかと、ハーレイの何処が好きなのだろうと。
(…何処が好きだろ?)
もちろん丸ごと、ハーレイの全てが大好きだけれど。
本当に全部が好きかどうかを、じっくりと自分で考えてみれば…。
(…嫌いなトコも沢山…)
そんな気持ちになってくる。
ハーレイが自分にやらかした仕打ち、それを一つずつ挙げていったら。
あれもこれもと、数えていったら。
丸ごと好きな筈なのに。
誰よりも好きで、いつか結婚出来る日を夢見ているというのに。
(…だって、ハーレイ…)
ケチなんだもの、とプウッと膨らませてしまった頬っぺた。
尖らせた唇。
きっと鏡を覗き込んだら、フグのような顔が映るのだろう。
面白いように膨れて、唇だけがとんがって。
フグが膨れた時みたいに。
そういえば、と思い出したフグがハコフグ。
前にハーレイにやられたのだった、ハコフグにされてしまった自分。
大きな手で頬っぺたを押し潰されて。
「うん、ハコフグだな」と笑ってくれたハーレイ。
キスを狙って失敗した時、ハコフグにされた。
その日は一日、ハーレイは恋人の自分をハコフグ呼ばわり。
「おい、ハコフグ」と、「さっきのお前は、見事なハコフグだったよな」と。
(…あの名前だって…)
酷すぎると思う、恋人に向かってハコフグだなんて。
愛していたなら呼べないと思う、そういう酷い名前では。
(…ぼくのことを好きって、言ってくれるけど…)
きっと子供に対する愛。
チビの自分に似合いの愛情、ハーレイはそれを向けているのに違いない。
ままごと遊びの恋人のように、本物の恋とは違った恋。
(そうじゃないって分かっているけど…)
ちゃんと分かっているんだけれど、と思うけれども、腹立たしい。
何も知らない誰かが見たなら、恋人同士には見えそうになくて。
ハーレイの自分に対する扱い、それが恋人のものではなくて。
どう考えても違うんだもの、とプウッと膨らませてしまう頬。
「これをハーレイが手で潰したなら、ハコフグだよね」と。
どうせハコフグなんだから、と尖らせてしまう小さな唇。
ハコフグと呼ばれる程度の恋人、ハーレイにとってのぼくはハコフグ、と。
あんまりだった、ハコフグ呼ばわり。
他にも山ほど、ハーレイを「酷い」と思うこと。
あんなハーレイの何処が好きだろ、と欠点を数えたくなるほどに。
一つ、二つ、と数え上げては、プンスカ怒りたくなるほどに。
(…キスも許してくれないんだから…!)
ハコフグにされたのも、それが原因。
決してハーレイが許してくれない、唇へのキス。
恋人同士なら交わして当然、前の自分は何度もキスを貰っていたのに。
「おやすみ」のキスも、「おはよう」のキスも、いつでも唇だったのに。
それが今では、両親がくれるようなキス。
「おやすみ」と額や頬っぺたに。
そういうキスしかハーレイはくれない、「キスは額と頬だけだしな?」と。
唇へのキスはして貰えない。
大きく育って、前の自分と同じ背丈になるまでは。
ソルジャー・ブルーだった自分と、そっくりの姿になれる日までは。
(ホントのホントにケチなんだから…!)
恋人と会っているのにキスさえも無し。
キスしてくれても、額と頬だけ。
なんとかキスをして貰おうと立てる作戦、それも悉く打ち砕かれる。
時には頬っぺたを押し潰されて。
ハコフグだなんて呼ばれてしまって、貰えないキス。
どうにもケチで憎らしいと思う、ハーレイのことは好きだけれども。
丸ごと好きでたまらないけれど、嫌いな所もうんと沢山。
「何処が好きだろ?」と、好きな部分を数えたいほどに。
嫌いな部分の方が多くはないかと、指を折りたくなるほどに。
(…ハーレイの家にも行けやしないし…)
ケチなハーレイは禁じたのだった、家を訪ねてゆくことを。
これまたキスと全く同じに、前の自分と同じ背丈に育つまで。
その日が来るまで訪ねてゆけない、ハーレイの家。
教え子たちなら、好きに出入りをしているのに。
「今度の土曜は、柔道部の子たちが来るからな」と、自分が仲間外れな始末。
恋人だったら、そういう時にも家を訪ねてゆけそうなのに。
「ぼくも手伝う!」とバーベキューやらの準備を一緒に出来そうなのに。
ところが許してくれないハーレイ、そういう時の訪問さえも。
自分はこの家に独りぼっちで、ハーレイが訪ねて来ないだけ。
押し掛けて行った柔道部員たちの相手で、その日は潰れてしまうから。
この家を訪ねて来てくれる暇は、何処にもありはしないから。
(…ぼくはハーレイの恋人なのに…!)
なんという酷い扱いだろうか、恋人を放っておくなんて。
教え子の方が優先だなんて。
ほんのちょっぴり、決まりを緩めてくれればいいのに。
「あいつらが来るから、お前も来るか?」と呼んでくれれば満足なのに。
恋人らしく振舞えなくても、そういう扱いをしてくれなくても。
隅っこに自分の席があったら、もう充分に幸せなのに。
(ハーレイ、ぼくの守り役なんだから…)
自分が一緒に呼ばれていたって、柔道部員は変だと思いはしないだろう。
「ついでなんだな」と友達扱い、きっと楽しい一日になる。
柔道のことは分からなくても、ハーレイの隣に座れなくても。
考えるほどにケチなハーレイ、恋人の自分にくれない特権。
少しも特別扱いではない、可哀相な境遇にいるのが自分。
恋人なのにキスも出来なくて、家にも呼んで貰えない。
本当に酷くてケチなハーレイ、ますます膨らんでしまう頬っぺた。
「あんなのの何処が好きなんだろ?」と。
酷いケチだと、ちっとも恋人らしく扱ってくれないんだけど、と。
(…ぼくって、ハーレイの何処が好きなわけ?)
前の自分が恋していたから、そのまま「好きだ」と思い込んでいるだけだとか。
誰よりも好きだった恋人なのだ、と頭から信じているだけだとか。
なにしろ、こうして数えてみたなら、欠点の方が山盛りだから。
恋人としては欠点だらけで、褒められる所が無いのだから。
(…ホントにケチだし、とっても酷いし…)
なのに、どうして好きなのだろう。
ケチで欠点だらけのハーレイ。
キスもくれないケチな恋人、家にも呼んでくれない恋人。
膨れた自分の頬っぺたを潰して、ハコフグと呼んでくれた恋人。
いったい何処が好きなのだろうか、あんなに酷いハーレイの。
本当に不思議でたまらないよ、とプウッと膨れて、尖らせる唇。
ハーレイはチビの自分のことなど、きっとどうでもいいんだから、と。
大きく育った自分以外は、恋人だと思っていないんだから、と。
そんなことなど有り得ないことは、自分が一番知っているのに。
誰よりも分かっている筈なのに。
けれど、今夜も「何処が好きだろ?」と数えてしまう。
好きな所は何処なのだろうかと、嫌いな所なら一杯なのに、と。
キスもくれないケチな恋人で、家にも決して呼んでくれない。
恋人扱いしてはくれなくて、ハコフグと呼んでくれたほど。
あんなハーレイの何処が好きかと、嫌いな所ばっかりだよ、とプウッとフグになるけれど。
ハーレイが見たなら「おっ、ハコフグか?」と頬っぺたを潰してくれそうだけど。
(…でも、大好き…)
そういう所も全部大好き、とハーレイを想ってしまうから。
誰よりも好き、と幸せが心に満ちて来るから、やっぱり何処か悔しい気分。
欠点だらけのケチな恋人、そのハーレイが大好きだなんて。
何処が好きだか分からないほど、嫌いな部分が山盛りなのに。
それでも好き、と思うから、きっと好きなのだろう。
前の生から愛し続けて、今も愛しているハーレイ。
どうしようもなく好きでたまらないから、ケチでも好きでたまらないから…。
何処が好きだろ・了
※ハーレイの何処が好きなんだろう、と考えてみたら欠点だらけに思えるブルー君。
けれども、欠点も含めて大好き、そういう恋人。ハーレイ先生、幸せ者ですv