(俺はあいつにぞっこんなわけで…)
とことん惚れているわけで、とハーレイが思い浮かべた顔。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎で頭に描いた小さな恋人。
今日は学校でしか会えなかったから、挨拶しただけ。
「ハーレイ先生!」と呼び掛けられて、「おう、おはよう」と返した程度。
立ち話をする時間は無かったから。
柔道部の朝練が終わって、着替えに戻ってゆく途中。
いつもだったら少し時間が取れるのだけれど、今朝は急いでいたものだから。
ついでに古典の授業も無かった。小さなブルーのクラスでは。
もっとも、授業で会えた所で、ブルーを贔屓は出来ないけれど。
他の生徒と同じ扱い、「ブルー君」と呼ぶしかないのだけれど。
(…こうして会い損なっちまうとなあ…)
寂しくなってしまう恋人。
チビでキスさえ出来ないのに。
十四歳にしかならない子供で、おまけに教え子。
どうにもこうにもなりはしないし、結婚出来る日もずっと先。
それなのにチビのブルーにぞっこん、会い損なったら溜息な日々。
(…どうしようもなくチビなんだが…)
子供なんだが、と思うけれども、惚れた事実は変えられない。
ふとしたはずみに、こうして不思議に思ったりもする。
「あいつの何処に惚れてるんだか」と、「いったい何処が好きなんだか」と。
小さなブルーに出会うより前は、頭に無かった結婚相手。
子供部屋まである家に住んで、そのことをネタに話していても。
家に遊びに来た教え子たちを案内しながら、「子供部屋だぞ」と紹介したなら…。
直ぐに返ってくる質問。
「先生、奥さんは何処ですか!?」だとか、「逃げられちゃったんですか?」とか。
子供が生まれる前に逃げられただとか、結婚前に振られただとか。
容赦ないのが教え子たちで、だから自分もネタにする。
「実はな…」と深刻な顔をして。
「結婚式の日の朝に、ポストに手紙が入っていたんだ」と、「さようなら、とな」と。
「本当ですか!?」と驚く教え子、「すみませんでした」と謝る子もいる。
面白いから、暫くそのまま。
すっかり空気が沈んだ所へ、「俺はそんなにモテそうにないか?」と種明かし。
全部嘘だと、結婚どころか婚約者だっていたことは無いと。
そうなった途端、騒ぎ始める教え子たち。
今度は「嘘だ」と、「ハーレイ先生がモテないなんて、有り得ない」と。
家に遊びに来るような子たちは、クラブの子と相場が決まっているから。
赴任先の学校次第で、柔道だったり、水泳だったり。
どちらにしたって、プロ級の腕を持つのが自分。
教え子たちにすればヒーローなわけで、教師をしているのが信じられない人物。
その道を志しているなら、何処かで必ず聞く名前だから。
「プロの選手になれたというのに、ならずに教師になってしまった」と。
大騒ぎになる教え子たち。
「モテないなんて有り得ないから、選り好みだ」と。「きっと理想が高いのだ」と。
そして彼らはもれなく夢見る。
「どんな人が奥さんになるんだろう」と、「並みの人ではないですよね?」などと。
教え子たちは勝手に「理想の奥さん」とやらを考え出してくれたけど。
料理上手だとか、絶世の美女だとか。
他にも色々、思い付く限り。
有名女優まで挙げてくれたけれど、どれも笑って取り合わなかった。
本当にピンと来なかったから。
結婚相手と言われた所で、誰も浮かんで来なかった頭。
(…モテなかったわけじゃないんだが…)
それは断言出来るけれども、どういうわけだか出会わなかった。
「この人がいい」と自分が思う相手に。
この人と一緒に暮らせたなら、と夢が大きく膨らむ人に。
(面食いではない筈なんだがなあ…)
美人でないと、と自惚れてはいない、自分も美男とは言えないから。
キャプテン・ハーレイに似ている点で得はするけれど、それだけだから。
(…伝説の英雄と瓜二つ、ってだけで…)
その英雄は美男と噂が高いわけでは決してない。
同じ時代を生きたソルジャー・ブルーに敵いはしないし、ジョミーにだって。
ついでに敵として戦ったキース・アニアン、彼にも顔で負けていた。
写真集さえ出ない始末で、その程度なのがキャプテン・ハーレイ。
だから顔には自信が持てない、「モテる顔だ」と思えはしない。
キャプテン・ハーレイにそっくりだから、と覚えて貰いやすいだけ。
自分がそういう有様だから、結婚相手にも高い理想は抱かない。
「側にいて欲しいと思う人がいいな」と、「優しくて温かい人だったら」と。
休日になったら、子供も一緒に幸せな時を過ごせる人。
そういう人が見付かればいい、と。
ところが、恋人は見付からないまま。…ピンと来る人はいないまま。
子供部屋は変わらず空っぽのままで、結婚式さえ挙げられない。
教え子たちが遊びに来る度、話のネタにはなるけれど。
「実はな…」と、「結婚式の朝に逃げられちまった」と。
相も変わらずネタにしながら、いつしか諦め始めつつあった。
「俺に似合いの結婚相手はいないらしい」と、「どうやら駄目だ」と。
自分ではそうは思わないけれど、実は理想が高いとか。
まるで自覚が無いというだけで、美人でないと駄目だったとか。
それもとびきりの美女で、料理上手な才媛を希望。
心の底ではそんなトコかもしれないな、と思い始めていた自分。
なのに出会った、ついに「この人がいい」と思う相手に。
心から欲しいと望む相手に、いつか結婚したい相手に。
よりにもよって、男だけれど。
子供部屋の出番は絶対に来ない、子供を産めない人を見付けた。
その上にチビで、まだまだ結婚出来ない子供。
結婚どころかキスも出来ない、十四歳にしかならない子供。
チビのブルーに出会ってしまった、今の学校に移った途端に。
前の生から愛し続けたソルジャー・ブルー。
気高く美しかった恋人、その人の生まれ変わりのブルー。
出会った瞬間、前の自分の記憶も戻ったものだから。
「俺のブルーだ」と直ぐに気付いた、失くしたブルーが帰って来たと。
もうそれからは、小さなブルーに夢中の日々。
夢のような毎日がやって来た。
子供部屋の出番は来ないけれども、いつか結婚するのだから。
小さなブルーが前と同じに育ったら。
結婚出来る十八歳になったなら。
その日を夢見て、幸せな日々が流れてゆくのが今だけど。
今日のようにブルーに会い損なったら、溜息を零してしまうのだけれど。
(…俺はあいつの、何処が好きなんだ?)
チビなんだぞ、と自分に問い掛ける。
大きく育って前のブルーと同じになったら分かるけれども、今はチビだが、と。
再会を遂げて間もない頃なら、前のブルーが重なりもした。
小さなブルーが見せる表情、それが怖くて「家に来るな」と禁じもした。
ウッカリ重ねてしまったならば、何をしでかすか分からないから。
大人ならではの欲望でもって、小さなブルーを手に入れかねない。
たとえブルーが泣き叫んでも。
悲鳴を上げても、「お前も俺が好きだろうが」と。
小さなブルーは何かと言えば、「本物の恋人同士になりたいよ」と言うものだから。
無垢で幼い心も身体も、そのように出来てはいないのに。
けれどブルーはそれを望むから、引き込まれたならば大変だから。
そうしてキスも、この家での逢瀬も禁じたブルー。
まだまだチビで子供なブルー。
(はてさて、何処が好きなんだかなあ…)
あいつの何処が、と思うけれども分からない。
いつか大きく育つだろうブルー、前と同じに育つ筈のブルー。
その姿を重ねて惚れているかと訊かれたならば、答えは「否」で。
気付けば小さなブルーも好きで、恋をしている自分がいる。
キスさえ出来ない恋人でも。
結婚どころか、プロポーズさえも早すぎるような恋人でも。
(…きっと、丸ごと好きなんだ…)
そんな答えしか出て来ない。
古典を教える教師としては恥ずかしいほどの語彙不足。
もっと上手に言える何かを…、と考えてみても、「丸ごと」としか。
ブルーの全てに惚れているとしか、何処もかしこも好きだとしか。
幼い顔も、細っこい手足も、子供ならではの我儘だって。
「キスは駄目だ」と叱った途端に、プウッと膨れる顔だって。
(…あいつだから、俺は好きなんだろうな…)
ブルーの全てが、何もかもが。
前の生から愛し続けて、こうして再び出会ったから。
それほどの絆があるブルーだから、自分はぞっこんなのだろう。
けれどブルーには言ってやらない、「お前の全てが好きだ」とは。
もしも言ったら、ブルーはたちまち調子に乗って、キスだの本物の恋人だのと…。
(うるさく言うから、俺は言わんぞ)
何処が好きかは、絶対に。…丸ごと好きだとは、口が裂けても。
何処が好きだか分からないくらいに、ブルーに惚れているけれど。
チビでも、ぞっこんなのだけれども…。
何処が好きだか・了
※ブルー君がチビでも、丸ごと好きなハーレイ先生。キスも出来ない恋人でも。
けれども、ブルー君には内緒。間違いなく調子に乗りますものねv