(断られちゃった…)
ハーレイのケチ、と小さなブルーが尖らせた唇。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドの端に腰掛けて。
昨日も今日も会ったハーレイ、週末を二人で過ごしたけれど。
考えた末に出した注文、それをあっさり断った恋人。
「お前には早い」と睨まれた上に、額もコツンと小突かれた。
キスを強請ってはいないのに。
ちょっと上着を貸して欲しいと、お願いをしただけなのに。
(ハーレイの上着…)
それを羽織ってみたかった。
チビの自分が羽織ったらきっと、ブカブカの筈の大きな上着。
昨日や今日に着ていたような普段着とは違う、スーツの上着を。
今のハーレイの仕事用の服。
学校で授業をしている時には着ているスーツ。
暑い季節はワイシャツだったけれど、今はきっちりスーツにネクタイ。
つまりスーツはハーレイの制服、キャプテンの制服がそうだったように。
だから羽織ってみたいと思った、大きいだろうスーツの上着を。
前の自分がそうだったから。
キャプテンの制服の上着を借りては、それを羽織って過ごしていたから。
ハーレイが来るのが遅くなった日は。
青の間で独りが寂しいような気持ちになったら、昼間にだって。
たまたま羽織った父の上着が切っ掛けになって、思い出したこと。
前の自分が借りて羽織ったキャプテンの上着。
一番最初は、ハーレイが酷く遅くなった日。
あらかじめ言われていたのだけれども、「遅くてもいいから来て」と頼んだ。
けれど、待つ間に寂しくなって。
まだハーレイは来られないのかと、サイオンで何度も様子を眺めて。
(ハーレイ、真面目だったから…)
一向に終わる気配も見えないキャプテンの仕事。
待ちくたびれて、寂しさが増して。
ふと思い付いたのがキャプテンの制服を借りること。
きっと自分には大きすぎる上着、それを着たなら暖かくなるに違いないと。
まるでハーレイに包まれたように、すっぽり包んでくれそうな上着。
そう考えたら、本当に欲しくなったから。
キャプテンの部屋のクローゼットに並んだ上着を、「借りるよ」と一つ失敬した。
瞬間移動でヒョイと攫って。
腕の中にバサリと落ちて来たそれは、思ったよりも重いもの。
羽織ってみたら、本当にハーレイに包まれた気分になったから。
嬉しくなって、頬が緩んで、もう幸せで。
いつの間にやらベッドでうたた寝、それを着たまま。
(…ハーレイには呆れられちゃったけど…)
気に入ったのだった、あの上着が。
自分が着るには大きすぎる服、ブカブカのキャプテンの制服が。
それ以来、何度も無断で借りた。
ハーレイが来るのが遅くなったら、寂しい気持ちを感じたら。
キャプテンの部屋から一つ持ち出して、くるまっていた大きな上着。
クリーニングを済ませたものでも、「ハーレイみたいだ」と思えたから。
恋人の腕に包まれた気分になれたから。
(…あの上着、ホントに好きだったから…)
今のハーレイのも着てみたくなった。
学校で着ているスーツの上着。
あれを羽織らせて貰えないかと、きっと幸せになれるから、と。
ところが、ハーレイとゆっくり過ごせる週末の休日。
ハーレイはそれを着て来ない。
いつも普段着、ハーレイに似合う普通の上着。
休日にスーツは着ないから。
スーツはあくまで仕事用だから、週末に着て来るわけがない。
せっかく思い付いたのに。スーツの上着を着てみたいのに。
(昨日も普段着、今日も普段着…)
色もデザインも違ったけれども、スーツではなかったハーレイの上着。
昨日は「違うんだ…」とまじまじ眺めて、心で何度もついた溜息。
「これじゃ駄目だ」と。
自分の夢は叶いはしないと、休みの日には無理なようだと。
だから昨夜に一大決心、今日は強請ってみようと決めた。
普段着のハーレイがやって来たなら、平日に備えて注文を、と。
仕事が早く終わった時には、帰りに寄ってくれるハーレイ。
部屋で二人でお茶を飲みながら、夕食の支度が出来るのを待つ。
そういう時なら、ハーレイはスーツ。
学校で着ていたスーツそのまま、借りようと思えば借りられる上着。
(…頼んだら、上着、借りられるもんね?)
借りてやろう、と決意を固めて、まずは予約、と考えた。
今日もハーレイは普段着の上着、それをまじまじと眺めた後で。
頼まなければ何も始まりはしないから。
「あのね…」とハーレイに語り掛けた言葉。
次にスーツで来る日があったら、上着を貸して欲しいんだけど、と。
「いいぞ」と答えそうだったハーレイ。
多分、最初はそう思った筈。
「おっ?」という顔はしていたけれども、嫌そうには見えなかったから。
あのままハーレイが承知していたら、きっと着られていただろう上着。
次にスーツでやって来たなら。
「これだっけな?」と脱いだ上着を、「ほら」と肩から被せてくれて。
「ブカブカだなあ…」などと苦笑しながら、袖を通すのを手伝ってくれて。
今のハーレイの制服のスーツ。
重くてブカブカ、それでも幸せになれたと思う。
ハーレイに包まれた気分になって。
前の自分が羽織っていた上着、あの頃の日々を思い浮かべて。
なのに世の中、思い通りにはならないもの。
ハーレイの上着を借りる計画は、上手く運びはしなかった。
間の悪いことに、ハーレイが思い出したから。
前の自分が借りた上着を、キャプテン・ハーレイの上着のことを。
どういう時に借りていたのか、そっくりそのまま戻った記憶。
お蔭で「駄目だ」と断られた上着。
「チビのお前にはまだ早すぎだ」と、「もっと大きく育ってからだ」と。
前の自分と同じ姿に育つまでは駄目だ、と言われた上着。
そうなれる日は遠そうだから、と借りて羽織ってみたかったのに。
気分だけでも、あの頃のぼく、と上着を借りてみたかったのに。
(…ハーレイ、ホントにケチなんだから…!)
キスをしてくれと頼んでも駄目。
上着を貸して、と言っても駄目。
自分がチビだというだけで。
前の自分と同じ姿をしていないだけで、なんでも「駄目だ」と言うハーレイ。
どんなおねだりも、お願いも駄目。
「ちゃんと育ってから言うんだな」と。
チビでは話になりはしないと、大きくなったら叶えてやると。
(…キスも駄目だし、上着だって駄目…)
本当になんてケチなんだろう、とプウッと頬っぺたを膨らませた。
ハーレイが見たら言うのだろうに。
「前のお前は、そういう顔はしなかったがな?」と、「やっぱりチビだ」と。
昼間も同じにプンスカ怒った。
「ハーレイのケチ!」と、膨れっ面で。
けれど帰ってしまったハーレイ。
両親も一緒の夕食が済んだら、「またな」と軽く手を振って。
次に会う時はきっと平日、スーツを着込んで寄ってくれるのに…。
(…上着、借りられないんだよ…)
断られたから、頼むだけ無駄。
強請ってみたって、額をコツンと小突かれるだけ。
「俺は駄目だと言った筈だが?」と。
大きな上着を着てみたいのに。…ちょっと羽織ってみたいのに。
(…だけど、駄目…)
自分が大きくなるまでは。
前の自分と同じに育って、キャプテンの上着を借りていた頃と同じ背丈になるまでは。
ハーレイの上着を着たいのに。
ほんのちょっぴり、試着気分で羽織らせてくれればそれでいいのに。
(前のぼくとおんなじ背丈になったら、上着なんか…)
羽織らせて欲しいと頼まなくても、いくらでも着られることだろう。
結婚して同じ家で暮らせるのだから、いくらでも。
前の自分がやっていたように、ハーレイが仕事で留守の間に。
「ちょっと借りるね」とハンガーから外して、どれでも好きに着放題。
スーツだろうが、普段着の方の上着だろうが…、と考えたけれど。
(…普段着の上着?)
待って、と頭に閃いたこと。
ハーレイが着ている普段着の上着。
それは無かった、と思い出した白いシャングリラ。
ハーレイの上着は、いつもキャプテンの制服ばかり。
あの船に私服は無かったから。誰もが制服だったから。
けれども、今の時代は違う。
ハーレイにはちゃんと普段着があって、自分も制服の他に普段着。
いつかハーレイと結婚したなら、デートの時には…。
(制服じゃないよ…)
二人で揃いの服を着てもいいし、まるで似ていないデザインでもいい。
好きな服を着て、上着だって。
そうやって二人であちこち出掛けて、冷える季節になったなら。
(ぼくがクシャン、ってクシャミしてたら…)
ハーレイが着せてくれるのだろう。
自分が着ていた上着を脱いで、バサリと肩に被せてくれて。
「風邪を引くから、これも着ておけ」と、「俺は鍛えてあるからな」と。
(…今のハーレイ、うんと丈夫で…)
柔道に水泳、どちらもプロになれる腕前。
そのハーレイなら、きっと自分の上着を譲ってくれるのだろう。
黙って拝借しなくても。「貸して」と頼んだりしなくても。
大きな上着を着せて貰って、二人並んで歩けそうだから。きっと幸せだろうから。
(…それまでの我慢…)
今度も貸して貰えるものね、と綻んだ顔。
前の自分が羽織っていた上着、それを今度も着せて貰える。
今度は二人で歩きながら。
デートの途中で、「ほら、着てろ」と掛けて貰って、上着ごと肩を抱いて貰って…。
羽織っていた上着・了
※ハーレイ先生のスーツの上着は、借りられそうもないブルー君。大きくなるまでは。
けれど、デートに行くとなったら、今度も着せて貰える上着。幸せですよねv