(あのチビめ…)
何が上着だ、とハーレイが浮かべた苦笑い。
ブルーの家へと出掛けて来た日に、夜の書斎で。
愛用のマグカップにたっぷりコーヒー、熱いそれをコクリと飲むけれど。
頭の中には小さな恋人、十四歳にしかならないブルー。
今日は日曜、昨日に続いてブルーの家で過ごしたけれど。
(あいつ、昨日から時々まじまじ見てたんだよなあ…)
何度も気付いた、自分を見詰めていた瞳。
けれども、顔を見ていたわけではなかったから。
「なんだ?」と問えば、慌てて視線を上げていたから、不思議ではあった。
いったい何が気に懸かるのかと、ブルーは何を見ているのかと。
(俺の服に何かついてるのかって…)
そうでなければ、ボタンが取れかかっているだとか。
自分でも視線を落としたけれども、特におかしい所は無くて。
ブルーに訊いても「ううん、別に…」と曖昧な返事が返っただけ。
(だからだな…)
それ以上、尋ねはしなかった。
ロクでもないことを考えそうなのがブルー。
子供ならではの飛躍っぷりで、キスも出来ない仲ゆえの不満。
尋ねたら墓穴を掘ると思った、とんでもないことを頼まれたりして。
そんな具合で過ごしたのが昨日。
「またな」とブルーに手を振った時も、何故だか同じ視線を感じた。
ブルーは自分を見ていたけれども、同じに服も。
(もう絶対に服だと思うよな?)
原因は服に違いない、と確信したから、家に着くなりチェックした服。
最初は瞳で、次は鏡で。
それで結果が謎だったから、風呂に入るのに脱いだ時にも…。
(前も後ろもしっかり眺めて、ついでに振って…)
バッサバッサとやってみたけれど、何も落ちてはこなかった。
ブルーの興味を引きそうなものは、ただの一つも。
服にくっつきそうな草の種やら、食べたお菓子の欠片やら。
それに染みさえついていなくて、ますますもって深まった謎。
(…あいつ好みの服だったかとも思ったんだが…)
確か、前にも着て行った筈。
その時はブルーは普通だったし、何よりも服が気に入ったなら…。
(お洒落だよねとか、いい色だとか…)
ブルーならきっと言うだろう。
「その服、いいね」と触ろうとしたり、「ハーレイらしいよ」と顔を輝かせたり。
けれど、全く無い記憶。
褒められたとも、ブルーが喜んだとも。
まったく謎だ、と風呂に入って、服はきちんと片付けた。
ちょっと羽織るのに丁度いい上着、毎日洗うものでもないから。
ハンガーにかけて、軽くはたいて、伸ばしておいて。
(でもって、今日は違うのをだな…)
シャツに合わせて、また違う上着。
それを羽織って出掛けて行ったら、またまじまじと見詰めたブルー。
テーブルを挟んで、お茶とお菓子で寛ぐ合間に。
ふと気付く度に服に視線で、そうなってくると原因は…。
(服のデザインとかじゃなくて、だ…)
自分にあるか、でなければ上着そのものか。
とはいえ、訊いたら墓穴を掘るから、やはり守っておいた沈黙。
もちろんブルーと話は弾んでいたのだけれども、服のことには全く触れずに。
そうしたら…。
(いきなり、スーツと来たもんだ)
小さなブルーはそう言った。
「あのね」と、「今度、スーツを着て来た時に…」と。
スーツ姿でブルーの家を訪ねてゆくのは、仕事の帰りに寄った時だけ。
てっきりスーツに興味があるのだと、頭から信じたものだから。
「俺のスーツがどうかしたか?」と素直に返した。
スーツは自分の仕事着だから。
教師としての自分の制服、暑い夏以外は着込む物。
それに関心でもあるのだろうと、軽い気持ちで、考えもせずに。
ところが、ブルーが続けた言葉。
それに思わず目を剥いた。
小さなブルーは、「ちょっとお願いがあるんだけれど…」と言い出したから。
(…お願いと来たら、嫌な予感しかしないよな?)
相手はチビのブルーだから。
何かと言えば「ぼくにキスして」と強請ってくるのがブルーだから。
まさかスーツでキスをしろとか、そういった無茶。
きっとそれだと身構えた途端、ブルーは笑顔でこう続けた。
「スーツの上着を貸してくれない?」と。
ちょっと羽織ってみたいんだよね、と頼まれたから。
お安い御用だ、と引き受けようとして、心に引っ掛かったこと。
どうして上着を羽織りたいのか、それもスーツだなどと言うのか。
上着だったら今も着ているし、昨日も別のを着ていたから。
しかもブルーは上着をまじまじ…。
(見ていやがったし、と気になって…)
キーワードは多分、上着なのだ、と探った記憶。
今の自分の物とは違って、遠く遥かな昔のもの。
キャプテン・ハーレイだった頃だ、と探し始めたら、答えはストンと降って来た。
なにしろ、モノが上着だから。
キャプテン・ハーレイの上着と言ったら、制服だけしか無かったから。
(悪ガキめが…!)
ブルーが何を思い付いたか、何をしようと考えたのか。
ピンと来てしまえば、「悪ガキ」としか思えなかった小さなブルー。
愛くるしい顔をしているけれども、もうとびきりの悪戯小僧。
(俺の上着を着ていやがったんだ…!)
チビではなくて、前のブルーが。
ソルジャー・ブルーだった頃のブルーに向かって、「着ていやがった」は無いけれど。
あの頃には「また着ているのか」と愛おしかっただけで、抱き締めていたものだけれども。
一番最初は、確か自分が青の間に行くのが遅くなった日。
待ちくたびれて、ベッドでうたた寝していたブルー。
よりにもよって、前の自分の上着を羽織って。
キャプテンの制服の上着を纏って、ベッドにぱたりと倒れ込んで。
何事なのかと驚いたけれど、寂しかったらしいソルジャー・ブルー。
青の間で独り待たされる内に、ついつい羽織ったキャプテンの上着。
瞬間移動で、失敬して。
それを羽織って、前の自分の温もりを感じたつもりになって…。
(安心して眠っちまったってな)
それが上着を盗られた始まり。
前の自分が遅くなったら、ブルーはちゃっかり着込んでいた。
アンダーの上からガウンよろしく、キャプテンのための重い上着を。
華奢なブルーには大きすぎる上着、それに包まれて、さも嬉しそうに。
しっかり記憶が蘇って来たら、チビのブルーの魂胆も読めた。
あの頃の幸せをもう一度、と狙っているのが自分のスーツ。
(普段着の上着じゃ駄目なんだ…)
それは制服とは違うから。
下に着ているシャツに合わせて、気まぐれに変えるものだから。
スーツの上着もワイシャツと合わせはするけれど…。
(形はどれも似てるしな?)
だからこその今の自分の制服。
普通の服ほど流行は無くて、どれもデザインは似たり寄ったり。
だからブルーは目を付けた。
キャプテンならぬ今の自分の制服、それを羽織って恋人気分、と。
今の自分に包まれたつもり、そんな気分を味わいたいと。
(チビのくせして、一人前に…!)
あの頃のお前と全くサイズが違うだろうが、と睨みたい気分。
「今のお前はただのチビだ」と、「俺の上着はまだ早いんだ」と。
前のブルーが着込んでいてさえ、ブカブカだったキャプテンの上着。
愛らしくて笑いを誘った姿。
けれども、今のブルーが自分のスーツの上着を羽織ったならば。
(デカすぎるなんてモンじゃなくてだ…)
もう本当に笑うことしか出来ないだろう。
愛おしいだとか、抱き締めたいとか、そう思う前に。
なんて不格好で傑作なのだと、まるで案山子に着せたようだと。
それに、ブルーはキスも出来ない子供でチビ。
恋人気取りで羽織る上着は早すぎるから。
「おい、お前」とチビのブルーを睨んでやった。
俺はすっかり思い出したぞと、キャプテンの俺の制服だよな、と。
「うん、そう!」と顔を綻ばせたブルー。
あの頃の気分になってみたいから、今度、スーツの上着を貸して、と。
悪びれもせずに、ウキウキと。
「思い出してくれた?」と、「次に着て来た時に貸して」と。
お願い、とブルーは強請ったけれど。
スーツの上着を貸して欲しいと、羽織らせて欲しいと頼んだけれど。
「馬鹿め」と額を小突いてやった。
「もっと大きく育ってから言え」と、「俺と暮らすようになってからだな」と。
みるみる唇を尖らせたブルー。頬っぺたもプウッと膨らませて。
「ハーレイのケチ!」と決まり文句で、それは見事に膨れたけれど。
プンスカと怒り始めたけれども、「断る」と放って帰って来た。
そうして今に至ったわけで、次に会う時は、きっと平日。
スーツを纏っているだろうけれど、生憎と今の自分の上着は…。
(あいつにはまだ早すぎるんだ)
貸してやらん、とコーヒーのカップを傾ける。
ブカブカの上着は、それが似合いの姿のブルーになってこそ。
もっとも、スーツの上着ではきっと、絵にはならないだろうけど。
キャプテンの上着だったからこそ似合ったんだ、と可笑しくなってくるのだけれど…。
羽織られた上着・了
※キャプテンの制服の上着を借りて着ていた前のブルー。今のブルーの狙いはスーツ。
けれど却下なハーレイ先生、思い出す前なら貸したんでしょうね。何も知らずにv
- <<羽織っていた上着
- | HOME |
- 夢で見た恋人>>