(俺が見付けたわけじゃないしなあ…)
そうそう上手くはいかないよな、とハーレイがついた小さな溜息。
夜の書斎で、コーヒー片手に本を開いて。
古典の授業で馴染みの竹取物語。
「かぐや姫」の方が多分、通りがいいだろう。
何の気なしに手に取った一冊、たまには古い物語を、と。
竹から生まれた小さな小さな女の子。
月の都から来た姫君。
(これがまた早く育つんだ…)
竹の節の中に入っていたほど、小さな子供。
すくすく育って、アッと言う間にそれは美しい姫君に。
求婚者が列をなすほどに。
噂を聞き付けた帝までもが、姫を欲しいと言い出すほどに。
(こんな具合に、あいつも育ってくれればなあ…)
十四歳にしかならない、小さなブルー。
おまけに少しも伸びない背丈。
「ゆっくり育てよ」とは言ってあるけれど、その方がいいと思うけれども。
たまに育って欲しくなる。
前のブルーと同じ姿に、同じ背丈に。
失くしてしまった愛おしい人、気高く美しかった人。
会いたくてたまらない時もあるから、「早く育ってくれれば…」と。
かぐや姫の物語を開いたばかりに、羨ましくなった月の姫君。
小さなブルーも同じに早く育ってくれればいいのに、と。
(しかしだ、俺が見付けたわけじゃないから…)
望むだけ無駄というものだろう。
竹藪で光る竹を見付けて、ブルーに出会ったわけではないから。
無欲な竹取の翁だからこそ、幸運に恵まれたのだから。
(…俺もブルーを探してたわけじゃないんだが…)
竹藪ならぬ、生徒が大勢集う教室、それに学校。
そういう所で仕事をしていて、竹を採る代わりに生徒を教える。
教師になってから幾つも移っていった学校、ブルーの学校には五月から。
年度始めに少し遅れて、今の学校にやって来た。
(竹を採りには行っていないが…)
生徒を教えに行っただけだが、と考えてみる自分の境遇。
そこでバッタリ出会ったブルー。
光り輝いてはいなかったけれど。
(あいつが光っていたんなら…)
きっと青だな、と思い浮かべる前のブルーのサイオンカラー。
あんな風に青く輝くだろうと、きっと美しいに違いないと。
(金色の竹じゃないんだな)
青く輝く竹なんだな、と重ねた竹取物語。
教室が竹藪だったなら、と。
もしも教室ならぬ竹藪、其処で光る竹を見付けていたら。
竹の中から小さなブルーを取り出したならば…。
(きっと、すくすく育つんだ…)
かぐや姫のように、ぐんぐんと。
昨日よりも今日、今日よりも明日と、それは素晴らしい速さで育つ。
見る間に前のブルーと同じに育って、美しい人になるのだろう。
求婚者が列をなすほどに。
今の時代に帝は何処にもいないけれども、そんな人まで欲しがるほどに。
(…だが、俺のだしな?)
ブルーは俺のブルーだから、と考えた所で気が付いた。
これは竹取物語。
自分の立場は竹取の翁、つまりはブルーの育ての親で。
(…俺のブルーには違いなくても…)
親の立場で「俺のブルー」。
求婚者たちがやって来たなら、ブルーを持ってゆかれるのだろう。
親ではどうにもならないから。
多分、結婚出来ないから。
(おいおい、そいつは困るってもんで…!)
光る竹は勘弁願いたい、と本をパタリと閉じた。
長く待たされる羽目になっても、ブルーと結婚したいから。
いくらブルーが早く育っても、育ての親では駄目だから。
今日は此処まで、と本棚に戻しておいた本。
書斎を後にし、コーヒーを飲んだ愛用のカップも片付けた。
それから、ゆったり入った風呂。
温まったら、パジャマに着替えて寝室へ。
(…今日もいい日ではあったんだ)
小さなブルーの家に寄れたし、仕事の方も順調だった日。
いい日だった、とベッドに入れば、直ぐに眠りが訪れる。
寝付きはとてもいい方だから。
気に懸かることでも出来ない限りは、いつもストンと落ちてゆく眠り。
夢も見ないで朝までグッスリ、そういう日だって珍しくない。
健康的な眠りについては…。
(俺は自信がある方なんだ)
今は必ず明日が来るから。
白いシャングリラの頃と違って、夜明けは必ず来るものだから。
夜の間に攻撃を受けて、船が沈みはしないから。
(うん、本当にいい時代に来たな…)
しかも地球だ、と落ちて行った眠り。
ブルーと一緒に青い地球に来たと、ブルーは少し小さいんだが、と。
ハタと気付けば、立っていた廊下。
家ではなくて、学校の廊下。
(…そうか、これから授業だったな)
きちんとせねば、と確かめた身なり。
締めたネクタイは緩んでいないか、スーツの上着は、と。
ピシッと着込んでいるスーツ。
これが自分の制服だから。仕事にはこれと決めているから。
よし、と扉を開けて教室に入って行ったのだけれど。
(ふむ…)
普通だな、と眺めた教室の中。
教え子たちがズラリと並んで待っている。
ただし、教室一杯の竹。
すっくと伸びた青竹の群れで、それが自分の教え子たち。
変だとも何も思いはしなくて、おもむろに開いた古典の教科書。
「授業を始める」と。
ザワザワと鳴っていた葉擦れの音が静まり、生徒たちは至極真面目なもの。
相手はもちろん、竹なのだけれど。
「では、次の箇所を…」
読むように、と指したら竹の葉擦れが聞こえる。
ちゃんと音読している生徒。
今日もいい日になるだろう。
朝一番の授業からして、幸先のいいスタートだから。
一時間目の授業を終えたら、一休みして次の教室へ。
(…このクラスは今日が初めてだったな)
俺が教えるのは初めてなんだ、と扉を開けたら、大勢の生徒。
此処でもやはり竹が一杯、教室と言うより竹藪だけれど。
(なんだ?)
妙な竹が、と一本の竹に惹き付けられた。
節の一つが青く輝く、なんとも不思議な竹だったから。
(そうだ、竹だった…!)
この竹を俺は探していたんだ、と思った途端に、消え失せた生徒。
周りはすっかりただの竹藪、自分の仕事も教師ではなくて。
(竹を採って帰って…)
何をするんだったか、と考え込んだ自分の仕事。
どうもハッキリしないけれども、竹藪で竹を切るのが仕事。
ついでに光り輝く竹というのを…。
(俺は探していたんだっけな?)
やっと見付けた、と歩み寄った竹。
それを切るのが自分の仕事で、自分の役目というものだから。
教科書などの代わりに竹を切る道具、それもきちんと持っていたから。
(こいつを切って、と…)
力仕事には自信がある。
エイッとばかりに打ち込んだ鉈で、竹はスッパリ切れたのだけれど。
「おおっ…!」
なんと愛らしい、と思わず上げてしまった声。
銀色の髪に赤い瞳の、それは可愛い小さな子供。
竹の節の中に、そういう子供がチョコンと一人。
(俺のブルーだ…!)
かなり小さくて、手の中に収まるサイズだけれど。
それでもブルーで、愛くるしい顔も幼いブルーそのもので。
やっと見付けた、と大喜びで連れ帰ろうとしたのだけれど…。
(…待てよ?)
竹から生まれた小さなブルー。
まだ幼くて、何も言ってはくれないけれども、笑顔で自分を見ているブルー。
(…竹なんだぞ?)
竹から生まれて、すくすく育って、前のブルーときっと同じになるけれど。
アッと言う間に美しく気高く育つのだけれど。
(求婚者が列を…)
これはそういう物語だった、と我に返った。
小さなブルーは確かに自分のものだけれども、自分は育ての親だった。
ついでに、いつか小さなブルーは…。
(月の都に帰るってか!?)
そうだったのだ、と愕然とさせられた自分の立場。
ブルーと結婚出来はしなくて、いつかブルーは月の都へ。
美しく気高く育っても。
見る間に前のブルーと同じに育ったとしても。
(それは困る…!)
俺はまたブルーを失くしてしまう、と受けた衝撃で目が覚めた。
自分のベッドで、真っ暗な部屋で。
(…ゆ、夢か…)
夢だったのか、とホッと一息、小さなブルーは何処にもいない。
竹から生まれた、すくすく育つのだろうブルーは。
僅かな間に前と全く同じに育って、月の都に帰るブルーは。
(…とんでもない夢を見たもんだ…)
やっぱりブルーはチビでもかまわん、とポカリと叩いた自分の頭。
欲を出すから酷い夢をと、あんなとんでもない夢を見るのだと。
(眠り直して…)
忘れるとしよう、竹から生まれた姫君のことは。
小さなブルーでかまわないから。
ゆっくり育って、いつか自分と暮らしてくれれば、それで充分幸せだから…。
夢に見た恋人・了
※ハーレイ先生が夢で見付けたブルー君。竹の中から出て来ましたけど…。
早く育って月の都に帰られるよりは、ゆっくり育って一緒の方がいいですよねv