(やっぱり今度も駄目なのかな…)
飲めないのかな、と小さなブルーがついた溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、自分の部屋で。
ベッドの端にチョコンと座って、テーブルと椅子の方を見て。
今は空っぽの二つの椅子。
テーブルを挟んで置いてあるだけ、誰も座っていない椅子。
その片方がハーレイのための指定席。
向かい側の椅子が、自分の席。
(ハーレイがあそこに座っていても…)
出て来る飲み物は紅茶やジュース。
ハーレイが好きなコーヒーは自分が苦手ということもあって、まず出ない。
出て来たとしても、ハーレイの分しか出て来はしない。
けれど、それ以上に出て来ないものは…。
(……お酒……)
前のハーレイも好きだった。
もちろん、今のハーレイだって。
たまに父が「どうぞ」と勧める夕食の席。
「頂戴します」と嬉しそうなハーレイ、口に含んだら「美味しいですね」と。
父が勧める酒はいつでも、父の自慢の物だから。
「ハーレイ先生にも、是非」と思うような酒しか出さないから。
その父が今日、開けていた酒。
ハーレイの姿は無かったけれども、誰かに貰って来たとかで。
「美味いと評判らしいからな」と味見に一杯。
評判通りの味だったようで、顔を綻ばせて飲んでいた父。
「休みの日にハーレイ先生がいらっしゃったら、お出ししないと」と。
つまり、今週の土曜日にハーレイが来たら、父が「どうぞ」と注ぐのだろう。
子供の自分には飲めない酒を。
ハーレイのために、それに合いそうな料理とセットで。
(…パパにハーレイを盗られちゃうよ…)
決まっちゃった、と零れた溜息。
ただの酒なら、「美味しいですね」で終わるけれども、父が貰って来た酒だから。
手に入れた経緯や、何処の酒かという話やら。
ハーレイも評判を知っていたなら、話はもっと盛り上がるだろう。
「私も初めて飲みましたよ」とか、そんな具合に。
子供の自分には分からない話。
そうでなくても、普段から。
父と母がハーレイと話し始めたら、大抵、置き去りにされているのが自分。
キョトンと話を聞いているだけで、相槌すらも打てはしなくて。
悲しいことに、チビだから。
大人にとっては面白い話、それがサッパリ分からないから。
ただでも分かっていないというのに、酒の話はもっと謎。
辛口がとうとか、甘口だとか。
(お料理だったら、まだ分かるけど…)
ソースが辛いか、甘いかくらいは。
けれど酒だと、どんなものかも分からない。
「スッキリとした喉ごし」だとか、「重い」とか「軽い」。
そういう話になってしまったら、父やハーレイが飲んでいる酒を見詰めるだけ。
あんなに不味い飲み物でスッキリなんて、と。
それはともかく、「重い」や「軽い」。
酒を飲んだら頭がズシンと重くなるのに、胃だって重いだけなのに。
(…ホントに不味くて、次の日は最悪…)
チビの自分は飲めないけれども、前の自分の頃の経験。
前のハーレイが飲んでいた酒、それを何度も強請って飲んだ。
ハーレイが美味しそうに飲むから、飲みたくなって。
(幸せそうな顔をするんだもの…)
その幸せを共有したくて、何度も注いで貰った酒。
ただの一度も、美味しいと思いはしなかった。
せっかくだからと全部飲んでも、美味しい部分は一滴も無し。
あんな飲み物をハーレイと楽しく語り合う父、自分には謎の酒談義。
今度の土曜日はそれに決まりで、夕食の席は…。
(また置き去り…)
普段以上に、酒のお蔭で。
どういう話をしているのかすらも、見当も付かない酒の出番で。
週末のそれは、もう諦めるしかないけれど。
十四歳にしかならない自分は、「ぼくも」と酒を貰えはしない。
酒が飲めるのは二十歳から、それまでは禁止。
父はもちろん、教師のハーレイも「駄目だ」と叱るに決まっているから。
「一口ちょうだい」と強請ってみても。
一口ならぬ一滴でも。
(…貰えたとしても…)
いつか貰える年になっても、飲めないような気がする自分。
前の自分がそうだったから。
ソルジャー・ブルーだった頃には、大人のくせに飲めなかったから。
前のハーレイに強請って飲む度、酷い目に遭った。
美味しくない酒を頑張って飲んで、次の朝には二日酔い。
頭は割れるように痛むし、胸やけはするし、最悪な気分で目覚めた翌朝。
やっぱり飲むんじゃなかった、と。
(だけど、前のぼく…)
何度やっても、それで懲りてはいなかった。
ハーレイが美味しそうに飲むのを見る度、強請って、飲んで。
いつも結果は惨憺たるもの、美味しくはなくて二日酔い。
それでも懲りずに挑み続けた、本当に美味しそうだったから。
ハーレイの幸せそうな顔つき、それを共有したかったから。
「美味しいね」と。
幸せに二人、笑い合いながら、語り合いながら。
杯を重ねて、幸せな時を。
けれど、失敗に終わり続けた挑戦。
前のハーレイの飲み友達だった、ヒルマンたちのようにはいかなくて。
ハーレイと楽しく酒は飲めなくて、グラスに一杯が精一杯。
それも「美味しくない…」と嘆きながら飲んで、挙句の果てに二日酔い。
(…今度のぼくも、ああなっちゃうわけ…?)
あまり飲める気がしないから。
普段に父が飲んでいる酒も、美味しそうだと思わないから。
(…パパが飲んでたら、美味しそうだけど…)
酒のボトルが置いてあっても、少しも心惹かれはしない。
美味しそうだと眺めはしなくて、素通りするだけ。
舐めてみたいとも思わない。
ブランデーでも、ワインでも。
今の時代の、今の自分が住む地域。此処ならではの日本酒でも。
どんな酒でも、「ふうん?」と眺めて、それでおしまい。
また新しいのが置いてあるな、と思うだけ。
辛口も甘口も、「重い」も「軽い」も、自分にはまるで無関係。
想像すらも出来はしないし、飲みたいと思いもしないのに。
(…飲めなかったら…)
これから先もハーレイを盗られちゃうんだっけ、と零れる溜息。
父が新しい酒を手に入れたら。
ハーレイに「どうぞ」と勧め始めたら。
たちまち始まる酒談義。
美味しそうに飲む父とハーレイ、きっと自分は置き去りになる。
たとえ大きく育っていても。
ハーレイと結婚していたとしても。
なんとも酷い、と思うけれども、飲めなかったら確実な未来。
ハーレイは父と杯を重ね、自分はポツンと座っているだけ。
料理やつまみを作るだろう母、その隣に、多分。
母と一緒に紅茶でも飲んで、「楽しそうだね」とハーレイと父を見守りながら。
(それに、ママだって…)
少しは酒を飲めるのだから、自分と違って話に入れる。
ほんの少しだけ注いで貰って、酒の話題に入ってゆける。
甘口に辛口、「重い」や「軽い」。
そんな話をしている所へ、「そうですわね」と。
美味しさについて語れる母。
前の自分のように「不味い」と思わない母。
(…ぼくがホントに前と同じなら…)
もう本当に、置いてゆかれてしまうのだろう。
酒の美味しさが分からないから、どうしようもなくて。
「美味しい」と喜んでいる人たちの中で、「不味い」と言えはしないから。
勇気を奮って言ってみたって、「子供なんだな」と笑われるオチ。
身体ばっかり大きくなっても、舌は変わらず子供のままだと。
酒が飲めないチビのまま。
(…そういう体質、あるんだけれど…)
あるけれど、ごくごく少数派。
普通は飲めるものだから。
大人になったら、気に入りの酒の一つや二つはあるものだから。
(それに、地球のお酒…)
前のハーレイが飲んでいた酒は、合成の酒。
白いシャングリラで本物の酒は無理だったから。
今では酒は全て本物、おまけに地球の水で仕込まれたもの。
ハーレイからすれば「夢のような」酒で、素晴らしいのに違いない。
だからきっと、今のハーレイも…。
(ぼくと二人で飲むんだったら、前よりも、もっと…)
美味しそうに飲んで、ずっと幸せそうなのだろう。
「こんな酒を飲める時代が来るなんて」と。
もしも自分が酒好きだったら、「お前も飲むだろ?」と注いでくれて。
乾杯してから、二人で何度も重ねる杯。
ゼルやヒルマンたちがやっていたように、ボトルがすっかり空になるまで。
それが出来たら、と思うけれども、どうなのだろう?
(…今のぼくも、駄目…?)
前と同じに駄目なのだろうか、ハーレイと飲めはしないだろうか。
「美味しくない」と愚痴を零しながら一杯だけ飲んで、次の朝には二日酔い。
そういうコースが待っているだけで、楽しく飲めはしないのだろうか。
(…体質、変わっているといいんだけれど…)
サイオンが不器用になった代わりに、お酒は平気で飲めるとか。
美味しく飲めて、酔わないだとか。
そうだといいな、と夢を見る。
今度はハーレイと飲みたいから。
父にハーレイを盗られてしまって置き去りよりかは、ハーレイと二人。
「美味しいよね」と、「地球のお酒だね」と、幸せに杯を重ねたいから…。
飲めないぼく・了
※ハーレイとお酒が飲めそうもない、と溜息をつくブルー君。まだ子供なのに。
今度は飲めるといいんですけど、体質はきっと同じでしょうね。でも、飲みそうv