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飲めないあいつ

(今度もあいつは駄目なんだろうなあ…)
 美味いんだが、とハーレイが傾けたグラス。
 夜の書斎で、たまには一杯。気に入りの酒のボトルから。
 こうして飲む日は、前のブルーの写真集を出しては来ない。
 引き出しの中で、ゆっくり眠っていて貰う。
 自分の日記を被せてやって、その下で。
 『追憶』という名のソルジャー・ブルーの写真集。
 表紙のブルーは、記憶そのままに美しいけれど。
 真正面を向いた意志の強い瞳、その奥に秘めた憂いと悲しみ、かの人の真の姿だけれど。
 眺めれば、やはり辛くなるから。
 あの日、どうして止めなかったかと、悔やむ気持ちに囚われるから。
(…あいつと飲むと、悲しい酒になっちまうんだ…)
 分かっているから、出しては来ない。
 酒を楽しみたい時は。
 寛いだ気分で飲みたい日には。
 代わりに小さなブルーを眺める、フォトフレームの中の記念写真。
 夏休みの最後に写した、今のブルーと二人の写真。
 自分の左腕、ギュッと両腕で抱き付いたブルー。
 それは嬉しそうな笑顔をしている、生まれ変わって来たブルー。
 十四歳にしかならない子供だけれども、一人前の恋人気取り。
 何かと言えばキスを強請るから、「駄目だ」と叱ってばかりのチビ。


 今夜は、チビのブルーと一緒。
 本物のブルーは、眠っているかもしれないけれど。
(起きていたって、酒は無理だしな?)
 子供には飲ませられない酒。
 教師の自分が勧めるなどは論外だから、飲ませようとも思わない。
 それに、ブルーは…。
(…前のあいつと同じだったら、酒は間違いなく駄目なんだ)
 飲んだら確実に二日酔いだ、と前のブルーを思い出す。
 そういう思い出は、悲しくなりはしないから。
 幸せだった日々を思い返して、懐かしむ酒になるのだから。
(あいつときたら、まるっきり駄目で…)
 飲めなかった、と思い浮かべたソルジャー・ブルー。
 誰よりも愛した、気高く美しかった人。
 皆の前では我儘などは決して言わない人だったけれど。
 恋人だった前の自分には、無茶も我儘もぶつけたりした。
 それが余計に愛おしくなって、愛しさが増して。
(俺にだけ見せてくれるんだ、って…)
 我儘なブルーが好きだった。
 無茶を言われても、駄々をこねるように我儘ばかりを繰り返されても。


 その我儘の一つが酒。
 まるで飲めないと分かっているのに、いったい何度強請られたことか。
 「ぼくも飲むよ」と、「君ばかり美味しそうに飲むんだから」と。
 けれど、酒には弱かったブルー。
 酒の美味さも分かっていなくて、飲めば必ず不満そうな顔。
 「何処が美味しいのか分からないよ」と、文句まで。
 せっかくの酒がもったいないから、無駄にしたくはなかったのに。
 いくら合成の酒といえども、喜ぶ人と飲みたかったのに。
(ヒルマンとかゼルなら、美味い酒で、だ…)
 話も弾んだ、時には何かをつまみながら。
 つまみが無くても、酒さえあれば。
 ところが、前のブルーの場合。
 注いでやった酒には「美味しくない」と文句をつけるし、喜びもしない。
 美味しくないなら、残りは寄越してくれてもいいのに…。
(意地になって全部飲んじまうんだ)
 如何にも不味そうといった感じで、ちびちびと。
 苦い薬でも飲むかのように。
(酒は百薬の長なんだがな?)
 前のブルーにそう言ったならば、「その通りだね」と返しただろう。
 これだけ不味い薬だったら、さぞかし身体にいいのだろうと。
 「でも、この薬は人を選ぶね」とも。


 なにしろ酒に弱いのだから、ブルーの場合は薬になりはしなかった。
 さながら毒薬、待っているものは二日酔い。
 酷い頭痛や、胸やけやら。
 飲んだ翌朝は寝込むのが常で、ベッドの中から文句を述べた。
 「酷い気分で起きられやしない」と、「頭もずいぶん痛むんだけど」と。
 一度で懲りて二度と飲まなくなったのだったら、まだ分かる。
 きっと本当に不味いのだろうと、ブルーには向かない飲み物らしい、と。
(なのに、あいつは懲りるどころか…)
 何度も強請って酒を飲んでは、酷い目に遭ったとブツブツ文句。
 ブルーは頑固だったから。
 強固な意志は結構だけれど、前の自分と二人きりの時は…。
(そいつが我儘な方へ向くんだ)
 前の自分にだけ見せてくれた姿。
 仲間たちには見せない姿。
 そのせいもあって、ついつい注いでしまった酒。
 強請られるままに、「無駄にされる」と分かっていても。
 飲んでいる時から不味そうな顔で、次の朝には苦情が来ると分かっていても。
 ブルーに「ぼくにも」と強請られた時は。
 「一緒に飲むよ」とせがまれた夜は。


 何度となく無駄にされた酒。
 前のブルーが文句ばかりを言っていた酒。
 それが鮮やかに思い出せるから、今のブルーにも期待はしない。
 前のブルーとそっくり同じに育つ予定のチビだから。
(今度は頑張る、と言ってるんだが…)
 どうなることやら、と眺める写真。
 とびきりの笑顔の小さなブルー。
(ハーレイをパパに盗られちゃう、っていうのがなあ…)
 その発想からして子供なんだ、とクックッと笑う。
 もしもブルーが飲めなかったら、酒を飲むならブルーの父と。
 きっとそうなることだろう。
 いつかブルーと結婚したなら、新たに増える自分の家族。
 ブルーの父と、それから母と。
 その人たちとの食事ともなれば、酒が出ることもあるだろうから。
 今のブルーが飲めないのならば、ブルーの父と酌み交わす酒。
 小さなブルーは、それが腹立たしいらしい。
 「ハーレイをパパに盗られる」と。
 そうならないよう、頑張ると言っていたブルー。
 「今度は飲めるようになるよ」と、「ハーレイとお酒を飲むんだから」と。


 「前のぼくとは体質も変わっているかもね」と、小さなブルーは夢見るけれど。
 恐らく前と同じだろう。
 「美味しくないよ」と不味そうに飲んで、翌日は二日酔いだろう。
 だから今度も、きっと文句を言われながらの酒なんだ、と眺めた写真。
 十四歳の小さなブルー。
 いつか大きく育ったとしても、お前は酒は駄目だろうな、と。
(美味いんだがなあ…)
 それに今では本物の酒。
 シャングリラで暮らした頃とは違って、正真正銘、本物の酒。
 合成どころか、地球の水で仕込んだ素晴らしいもの。
 前の自分が耳にしたならば、「一度は飲みたい」と考えたのに違いない。
 一番安いものでいいから、ほんの一口、と。
(もう最高の美酒ってヤツで…)
 きっと一口で美味しく酔えたことだろう。
 アルコール分とは関係無く。
 「地球の酒だ」と、その有難さを思っただけで心地良く。
 そういう酒が今は山ほど、あちこちの場所で仕込まれる名酒。
 味も種類も選び放題、それこそ料理や気分に合わせて。
 「今日はこれだ」と気まぐれに。
 出掛けた店でも、好き放題に。


 酒好きだった前の自分からすれば、今はさながら天国のよう。
 本物の酒で、地球の酒。
 それを何処でも気軽に飲めて、自分の家でも傾けられる。
(ゼルやヒルマンを呼んでやれたら…)
 大喜びするに違いない。
 遠い昔の飲み友達。
 彼らと夜の巷に繰り出し、あちこちハシゴするのもいい。
 「次はあっちだ」と店を移って、大いに飲んで、大いに食べて。
 つまみも全て地球のものだし、最高の酒を楽しめるのに…。
(…あいつらはいなくて、酒が駄目なブルー…)
 もったいない、と零れた溜息。
 また俺は酒を無駄にするのかと、素晴らしい地球の酒なのにと。
 ブルーにとっては猫に小判で、「不味い」と言われるだけなのかと。
(…苦手を克服、と挑まれてもなあ…)
 その酒はきっと無駄になるんだ、と酒の神様に詫びたい気持ち。
 青く蘇った地球で、数々の酒が造られるのに。
 神様が醸して下さった美酒を、ブルーが無駄にするらしい、と。


(きっと今度も駄目だろうしなあ…)
 まず飲めないな、と思った酒。
 小さなブルーが育ったとしても、前のブルーと同じだろうと。
 地球の水で仕込んだ最高の美酒も、「不味い」と嫌われてしまうのだろうと。
 なんとも寂しい話だけれども、そんなブルーも愛おしい。
 「美味しくないよ」と顔を顰めても、無理をして飲んで二日酔いでも。
 けれど、少しだけ夢を見る。
 もしもブルーが今度は酒を飲めたなら、と。
(家で飲むのも悪くないんだが…)
 ゼルやヒルマンと出掛けたいように、ブルーと飲みに行けたなら。
 「次はあっちだ」と店をハシゴし、大いに酒を酌み交わせたら。
 きっと愉快で、楽しい夜になるのだろう。
 恋人同士なことも忘れて、遠い昔に友達同士だった頃に戻って。
 バンバンと肩を叩き合っては、「次に行こうか」と飲み歩いて。
 ほんの少しだけ、夢を見る。
 「そんなブルーもいいだろうな」と、「どう考えても無理なんだがな」と…。

 

        飲めないあいつ・了


※お酒が駄目だったソルジャー・ブルー。今のブルー君もきっと駄目なのでしょう。
 でも、飲むことが出来たなら…、とハーレイ先生が思うのも無理はありませんよねv





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