「ねえ、ハーレイ。お話には作者がいるんだよね?」
どんなお話でも、と小さなブルーが投げた質問。小鳥のように首を傾げて。
「そりゃまあ、なあ? …書くヤツがいなけりゃ、話は出来んし」
もっとも、長い年月が流れる間に、誰が書いたか分からなくなる話も多いが…。
かぐや姫の話みたいにな。
日本で最初の物語なのに、作者が不明なんだから。
「そうなんだ…。じゃあ、ぼくたちを書いてる人は?」
どんな人なの、ハーレイだったら分かるかなあ、って…。
一応、日本の人みたいだから。
「おいおいおい…。これは古典になれそうか?」
そもそも、物語ですらないぞ。二次創作っていうヤツだ。
ちゃんとした古典で名を残すんなら、オリジナルの方に行かんとな。
「ふうん…? やっぱり、ハーレイ、知ってるわけ?」
ぼくには全然分からないけど、これを書いてるのが誰なのか。
なんとなく、お話にされてるみたいな気がするだけ。
…何処かで誰かが書いてるよ、って。
「俺も似たようなモンなんだがな…。其処は職業柄ってトコか」
どうにも気になる、と思いながら寝たら、夢を見た。
俺たちのことをせっせと書いてる、誰かの後姿ってヤツを。
「後姿…?」
「うむ。生憎と顔は見えなかったな」
こっちを向いてはくれなかったもんで、どんな顔だかサッパリだ。
ああ、こいつだな、と思っただけで。
なんとも愉快な夢だったが、とハーレイは可笑しそうだから。
二次創作だの、オリジナルだのと、妙な言葉も鏤めるから。
「夢のお話、いったい何が楽しかったの?」
後姿で、顔も分からなかったんでしょ?
面白い人かどうかも、それだと分からないんじゃない…?
「それがだ、なんとも不思議なことに…。ナレーションつきの夢だったわけで」
どうして俺たちを書いているのか、その説明がついて来た。
聞いた途端に俺は吹き出したぞ、「トマトだった」と言うんだから。
「トマト?」
ちょっと待ってよ、トマトって…。
野菜のトマトで、真っ赤なトマト?
トマトジュースのトマトのことなの、そのトマトなの?
「耳を疑ったが、野菜のトマトだ。もう吹き出すしかないだろうが」
お前にとっては、少し気の毒ではあるんだが…。
俺が笑えるのも、お前が帰って来てくれたお蔭というヤツだが。
「えーっと…?」
どうして、ぼくが気の毒なの?
トマト、嫌いじゃないけれど…?
好き嫌いはちっとも無いんだから。前のぼくと同じで。
ハーレイもそうでしょ、食べ物でとっても苦労したから。
トマトの何処が気の毒なの、とキョトンとしている小さなブルー。
そういえば…、とハーレイも直ぐに気が付いた。
「そうか、お前はナスカじゃ眠っていたからなあ…」
あそこのトマト自体を知らんか、そりゃあ見事に実ってた。
それでだ、前のお前が死んじまった後に、ゼルがだな…。
涙を流しながらトマトを齧って、こう言ったんだ。
「こんなに美味かったんじゃなあ…。ハロルド」と、ナスカで死んだ仲間にな。
「ハロルド…。ツェーレンのお父さんだっけ?」
ぼくもハロルドは知ってたけれども、眠っちゃってたから…。
死んじゃったハロルドは可哀相だけど、ぼくとは直接、関係無いよ?
「そこが問題だったんだ。前の俺たちは、前のお前を失くしちまったのに…」
偉大なソルジャー・ブルーを失くした、そういう場面だったんだ。
なのに「ハロルド」と言ったのがゼルで、俺が夢で見た人間はだな…。
「ちょっと待て、テメエ!」と叫んだらしいな、その瞬間に。
なんでトマトでハロルドなんだと、其処はソルジャー・ブルーを悼む所だろうと。
前の俺たちの人生ってヤツは、アニメになってたらしいんだ。
しかも土曜の夕方六時からという、とても有名な枠ってヤツで。
だからだ、俺たちを書いてる人間は、そいつで全部見ていたんだな。
前のお前が死んじまったのも、ゼルがトマトを齧ったのも。
「うーん…。ぼくはトマトでも気にしないけど?」
それにハロルドでも、いいと思うけど…。命の重さは誰でも同じ。
「お前なら、そう言うんだろうが…」
俺たちを書いてるヤツにしてみれば、そうじゃなかった。
よくもソルジャー・ブルーをコケにしたなと、トマトのくせに、とブチ切れたんだ。
それ以来、トマトの恨みを抱き締めて生きていたらしい、とハーレイはクックッと笑う。
どうしても許せないのがトマトで、誰かなんとかしてくれないかと思った人間。
せっせと探し回るのだけれど、誰もトマトを書いてはいなくて、怒り続けて。
大きなトマトは腹が立つからと、大好物だったスタッフドトマトにもムカつく有様。
けれど時間は流れてゆくから、前の自分たちのアニメは忘れられていって。
二次創作をする人たちも消え去っていって、それっきり。
トマトの恨みは晴らせないまま、スタッフドトマトにムカつく夏が幾つも過ぎて…。
「とうとう自分で書いちまったそうだ、トマトの恨みを晴らす話を」
しかし、未だに世に出せんとかで、ストックで抱えているらしい。
それよりも後に書いちまった話は、フライングで出したらしいんだが…。
よりにもよって、俺がキャプテンになると決めた話をポンと気前よく。
「…なんでトマトを出さなかったわけ?」
「さあなあ、何か考えがあったのかどうかは知らないが…」
とにかくトマトだ、それが原動力だったらしい。
今じゃすっかり恨みを忘れて、ノホホンと書いてるらしいんだが…。
「読んだ人がムカっと来ない話を」と、「幸せになってくれればいいな」と。
自分がトマトで苦しんだもんで、そういうポリシーらしいんだな、うん。
要はトマトだ、と聞かされたブルーは驚いたけれど、所詮は夢のお話だから。
ハーレイが夢で聞いた話で、本当かどうかは分からないから…。
「あのね…。ぼくたちのお話、ホントに誰かが書いてると思う?」
夢に出て来たトマトの人って、本当に何処かにいるのかな…?
「俺にも分からん。古典の作者が分からないのと同じでな」
しかしだ、もしも誰かが書いているなら、トマトの人なら愉快じゃないか。
前のお前には少し気の毒だが、トマトが原動力だなんてな。
「そうだね、トマトで書きまくるんだものね…」
よっぽどスタッフドトマトが好きな人だったんだね、美味しく食べたくて頑張ったんだね。
好きだった食べ物で腹が立つなんて、凄く悲しいだろうしね…。
「そいつは分かるな、俺も酒でそういう目に遭ったなら…」
泣けてくるしな、原動力にもなるだろう。
下手の横好きでも、この際、書いて書きまくろうと。
今はスタッフドトマトを美味しく食べているそうだからな、俺が夢で見た人間はな。
「そっか、良かった…」
全部ハーレイの夢のお話でも、ちゃんとハッピーエンドだね。
大好物だったスタッフドトマトを、美味しく食べられるようになったんなら…。
ホントに良かった、と小さなブルーは嬉しそうだから。
妙な夢でも見た甲斐はあった、とハーレイも顔を綻ばせる。
何処かにいるかもしれない作者。
自分たちの恋物語をせっせと書いている人間。
そういう人間が本当にいるなら、トマトを美味しく食べてくれと。
スタッフドトマトを食べまくってくれと、ムカついていた時の分まで取り返せよ、と…。
始まりはトマト・了
※何故だか来てしまったお笑いなネタ。書くしかなかろう、と書いちゃいました。
これは本当にあったお話です、始まりはトマトだったんです~!