(…今日はコーヒー…)
ぼくだけ仲間外れだったよ、と小さなブルーがついた溜息。
ハーレイが訪ねて来てくれた日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドの端に腰を下ろして。
夕食の後に出て来たコーヒー。
父と母と、それにハーレイの分。
そうなった理由は至って単純、コーヒーが似合いのメニューだったから。
両親とハーレイは美味しく飲めるコーヒー、それが良く合う料理だったから。
けれども、ブルーは飲めないコーヒー。
苦くて、少しも美味しくないから。
母だってそれを知っているから、「はい」と置かれた紅茶のカップ。
「ブルーの分よ」と。
仲間外れも悲しいけれども、コーヒーならではの悲しい事情。
自分一人が飲めないコーヒー、ハーレイの方はコーヒー好き。
そのハーレイが遠慮しなくて済むように、と両親も一緒の食後のお茶。
紅茶だったら、時間のある日は「二階でどうぞ」と母が運んでくれるのに。
自分の部屋でハーレイと二人、ゆっくりとお茶を楽しめるのに。
コーヒーの場合はそうはいかない、食後のひと時。
両親も一緒のお茶の時間で、それが済んだらハーレイは帰る。
「またな」と軽く片手を上げて。
車だったり、歩いたりして。
仲間外れになるだけでは済まない、食後のコーヒー。
両親にハーレイを取られてしまうし、話の中身も自分は置き去り。
大人同士が楽しむ会話に、子供の自分は入れないから。
(…ゴルフの話をされたって…)
分かんないよ、とプウッと膨れた。
両親の前では大人しく聞いていたのだけれども、今頃になって出て来た不満。
仲間外れの上に置き去り、と。
そもそもは父が「ハーレイ先生は?」と訊いたゴルフの腕前。
ハーレイが何と答えていたのか、それさえも分からない自分。
父は「ほほう…!」と驚き、「流石ですね」と言っていたから、上手いのだろう。
多分、ハーレイのゴルフの腕は。
(…ゴルフなんか、練習してないくせに…)
ゴルフの選手になりたかった、と聞いた覚えはないハーレイ。
学生時代にやっていたのか、教師になってから始めたのか。
それさえ知らないハーレイのゴルフ、けれども父も驚く腕前。
たちまち話はゴルフだらけで、何のことだかサッパリだった。
ゴルフ用語も分からなければ、ゴルフ場だって行ったことすら無いのだから。
前の自分の知識を使って聴き入ろうにも、相手はゴルフ。
(…前のぼくだって知らないんだよ…!)
シャングリラにゴルフは無かったから。
ゴルフコースも、練習場も。
もしも食後が紅茶だったら、ハーレイと部屋で飲めたのに。
両親にハーレイを取られずに済んで、話だって二人で出来たのに。
(…同じゴルフの話でも…)
ハーレイならきっと、分かるように話してくれただろう。
ゴルフ用語の解説だとかは抜きにして。
(…どういう所でゴルフをしたとか、そういうの…)
そっちだったら、自分も少しは分かるから。
ゴルフに出掛けた父が「お土産だぞ」と買って来たりする、ゴルフ場の名物。
広い敷地で採れたキノコや、実った果物。
ハーレイが話してくれるのだったら、「俺がゴルフに行った時には…」と、そういう話。
買って来たキノコで作った料理や、果物をもいだ話とか。
(動物だって…)
リスがいる所や、カモが子育てする池やら。
色々な動物がいるらしいから、その話だって聞けるだろう。
子供が聞いても、楽しくてワクワクする中身。
ゴルフの知識がまるで無くても、相槌が打てるような話を。
ところが、そうはいかなかった今日。
食後に紅茶は出てはこなくて、熱いコーヒーが出されたから。
紅茶のカップはたった一つで、自分の分しか無かったから。
なんとも残念だったコーヒー、自分一人が飲めないコーヒー。
その上、ハーレイを両親に取られて、話題はゴルフ。
子供でも分かる中身ではなくて、大人にしか分からない中身。
母はゴルフをやらないけれども、ちゃんと相槌を打っていたから。
きっと父から色々と聞いて、ゴルフを知っているのだろう。
どうやって遊ぶものなのか。
何が出来たら素晴らしいことか、感心すべきポイントは何か。
…自分には分からなかったのに。
ハーレイのゴルフがどう上手なのか、それも分かりはしなかったのに。
(…ママには分かって、ぼくには謎で…)
キョロキョロしている間に終わった、食後のコーヒーで寛ぐ時間。
ハーレイが壁の時計を眺めて、「そろそろ失礼しませんと…」と言っておしまい。
両親は「遅くまで引き止めてしまいまして…」などと謝っていたけれど。
自分からすれば、まだまだ足りない。
遅くなどはなくて、あの時間からでもハーレイと二人で話したかった。
ほんの五分でかまわないから、二人きりで。
「あのね…」と、「ハーレイ、ゴルフは好き?」と。
前の自分は知らないけれども、その遊びはとても楽しいのかと。
どんな所でゴルフをしたのか、其処には何があっただろうか、と。
名物のキノコや、お土産に出来る果物や。
チョロチョロと走り回るリスやら、散歩しているカモの親子やら。
けれど、帰ってしまったハーレイ。
自分のためには、何も話してくれないで。
「またな」と軽く片手を上げて。
子供にも分かるゴルフの話は、何一つとして聞けないままで。
(…全部、コーヒーが悪いんだから…!)
あんな飲み物が出て来るからだ、とプウッと膨らませてしまった頬。
両親の前では我慢した分、不平不満で一杯で。
これをハーレイの前でやったら、「どうした?」と訊いて貰えるだろう。
でなければ、「何を膨れているんだ、チビ?」と、額をピンと弾かれるか。
どちらにしたって、そこから生まれてくる会話。
膨らんだ頬に負けずに膨らむ、ハーレイとの会話のキャッチボール。
自分が膨れたままでいたって、プウッと膨れて怒っていたって。
(…ハーレイだったら、分かってくれるし…)
宥められたり、「我儘なヤツめ」と小突かれたりして、消えてしまうだろう頬の膨らみ。
いつまでも膨れていられないから。
ハーレイが上手に消してくれるから、頬っぺたを膨らませたくなった気持ちを。
時には、笑わせたりもして。
「お前、今の顔、分かっているか?」と、真似て膨れてみせたりもして。
そのハーレイは帰ってしまって、部屋にポツンと一人きり。
コーヒーのせいで逃したハーレイ、置き去りにされてしまった話題。
何もかもあれがいけないと思う、食後に出て来たコーヒーが。
母が淹れて来た熱いコーヒー、自分には飲めないあの飲み物が。
(…前に頼んで失敗したし…)
ぼくも、と強請って酷い目に遭った。
自分の舌には苦すぎたコーヒー、砂糖を入れても駄目だった。
ミルクを加えて貰っても駄目で、ハーレイが母にアドバイスした。
「ホイップクリームもたっぷりで」と。
それでようやく飲めたコーヒー、とてもコーヒーには見えない代物。
ハーレイは可笑しそうだった。
「ソルジャー・ブルーもこうでしたよ」と。
今と同じに飲めなかったと、ソルジャー・ブルーは大人だったのに、と。
(前のぼくでも駄目だったんだよ…!)
何度も挑んで、連戦連敗。
飲めた試しが無かったコーヒー。
今の自分も、きっとそうなる。
いつか大きく育ったとしても、飲めないだろう苦いコーヒー。
両親にハーレイを取られてしまって、それでおしまい。
食後のお茶の時間が済んだら、「またな」とハーレイが帰って行って。
(…酷いんだから…!)
大きくなっても仲間外れ、とプウッとますます膨らんだ頬。
コーヒーが苦手で飲めない自分は、育っても仲間外れにされる。
両親とハーレイばかりが話して、話題にもついていけなくて。
置き去りにされて、「またな」と帰ってゆくハーレイ。
その時もゴルフの話をするのか、まるで分からない別の話題か。
(…どっちにしたって、ぼくは置き去り…)
そしてハーレイは帰っちゃうんだ、と膨れた所で気が付いた。
自分がちゃんと大きく育っているのなら…。
(…ぼく、ハーレイと一緒に帰れる?)
前の自分と同じ姿になったなら。
ハーレイとキスが出来る姿をしているのならば、一緒に暮らせる。
ちゃんとハーレイと結婚して。
ハーレイの家で、一緒に住んで。
(それなら、食後がコーヒーだって…)
仲間外れになってしまっても、話題についていけなくても。
ハーレイが「そろそろ…」と時計を眺める時には、自分の方も見てくれるだろう。
「そろそろ家に帰るとするか」と、「お母さんたちに挨拶しろよ」と。
ハーレイは一人で帰ってゆかない。
自分も一緒に家を出るから、両親に「またね」と手を振るのだから。
それならいいや、と思ったコーヒー。
前と同じに飲めないままでも、食事の後には仲間外れで紅茶でも。
両親にハーレイを取られてしまっても、置き去りで話が弾んでいても。
(ハーレイが好きなコーヒーだもんね?)
二人きりの家では、きっとハーレイは付き合ってくれて紅茶だから。
前のハーレイもそうだったから。
たまにはコーヒーを飲ませてあげよう、両親と一緒にのんびりと。
「またな」と帰ってゆかないなら。
自分も一緒に連れて帰ってくれるのならば…。
コーヒーとぼく・了
※コーヒーが苦手なブルー君。ソルジャー・ブルーも苦手だっただけに、お先真っ暗。
そんなブルー君、ハーレイ先生を紅茶生活に付き合わせるつもり。どうなるんでしょうねv
- <<出世した日誌
- | HOME |
- コーヒーとあいつ>>