(前とちっとも変わってないよね…)
ホントに同じ、と小さなブルーが思い浮かべたハーレイの顔。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドの端にチョコンと座って。
今日も見詰めた鳶色の瞳。
前のハーレイとそっくり同じで、何処も変わっていはしない。
アルタミラで初めて出会った時から、ずっと変わらない優しい瞳。
たまに怒りで色を変えても、直ぐに穏やかな瞳に戻った。
誰もが安心するような色に。
この鳶色の瞳さえあれば、何も心配要らないのだと。
(ハーレイ、いつでも落ち着いていて…)
怒る時にも、ハーレイ自身のために怒りはしなかった。
必ず何か理由があっての怒りだったし、そうすることが船の仲間のためになる怒り。
仲間たちもそれが分かっていたから、ハーレイの怒りはよく効いた。
感情が先に立ちやすいゼルや、小言ばかりのエラとは違うものだから。
(うんと怒って、叱り付けたら…)
サッと切り替えていたハーレイ。
いつもの穏やかな瞳の色に。
温かい鳶色の瞳の色に。
怒鳴られた者も、叱られた者も、その鳶色に癒された。
「すみませんでした」と素直に謝り、ハーレイと同じに穏やかな顔。
不平や不満を抱えたままではなかった、叱られた者たち。
時には、そのままハーレイと話し込んだりもして。
楽しげに笑って、相槌を打って。
前のハーレイの鳶色の瞳。
キャプテンに打ってつけだった色の瞳だと思う、あの鳶色は。
誰が眺めても優しい鳶色、温かな印象を抱かせる色。
その持ち主の心そのままに、心を瞳に映し出したように。
いつも穏やかな光を湛えて、時には怒りに燃えたりもして。
(怒った時にも、あの色だったから…)
無駄に怯えることはなかった仲間たち。
何故ハーレイが怒っているのか、それを考える余裕があった。
怖くてブルブル震えていたなら、考えは上手く纏まらない。
「怒らせた」という事実だけで頭の中はパニック、混乱して回らない思考。
そうなってしまえば、逃げ口上だけを並べ立てるか、食ってかかってゆくことになるか。
いずれにしたって、ロクな結果を招きはしない。
ハーレイの怒りは上手く伝わらず、叱った言葉は意味を持たずに砕けてしまう。
叱られ、怒鳴られた者たちの中で。
「自分は叱られている」という分かりやすい事実、それだけが先に立ってしまって。
どうすれば其処から逃れられるか、そのことばかりに気を取られて。
「すみません」と口では謝っていても、きっと頭では分かっていない。
どうして自分が詫びているのか、自分の何が悪かったのかは。
(…そういう風になっちゃうもんね?)
相手を怖いと思っていれば。
怖い人だと恐れていたなら、それしか考えられなくなるから。
早く其処から逃れたくて。
一刻も早く逃げ出したいから、自分が逃げる方法ばかりを。
そうはならなかった、前のハーレイの鳶色の瞳。
どんなに厳しく睨み付けても、瞳の色が冷たくなっても、鳶色だから。
温かい印象を与える鳶色、怒りに燃えても、相手を委縮させたりはしない。
ハーレイ自身に、そういう意図があったとしたなら別だけれども。
(視線だけで睨み殺してやる、ってことになったら、怖いよね…?)
きっと、とブルッと震わせた肩。
今のハーレイなら出来るのだろう、と。
キャプテンではない、今のハーレイ。
ただの古典の教師のハーレイ、生徒を叱る時には叱る。
「こらあっ!」と怒鳴って、教科書ではない本などを没収していることも。
そうは言っても、授業中に見せるハーレイの怒りは昔と同じ。
明らかに生徒の方が悪くて、シャングリラで叱られていた仲間たちと同じ。
鳶色の瞳は恐ろしい色を湛えはしなくて、生徒は怯え上がりはしない。
「すみませんでした」と謝るとは限らないけれど。
シャングリラの頃と今とは違って、謝らなくても困るのは叱られた生徒だけだから。
他の生徒に迷惑はかからず、一人だけの問題なのだから。
ウッカリ素直に謝り損ねて、後で困っている子も多い。
「あの本、返して貰えるかな?」だとか、「今度の成績、大丈夫かな…」だとか。
命が懸かったシャングリラとは違う、教室ならではの愉快な結末。
鳶色の瞳は今も変わらず、「分かっているか?」と尋ねているのだろうに。
何故叱られたか分かっているかと、分かっているなら謝るんだぞ、と。
(ハーレイ、今でもキャプテンの頃とおんなじなのに…)
教室だからこそ、叱られた生徒が迎えてしまう悲惨な結末。
鳶色の瞳が優しい色を帯びているから、ついつい、ウッカリ。
「先生は本気で怒らないだろう」と高を括って、大切な本を没収されたりしてしまうオチ。
今のハーレイはそうだけれども、教室ではそんな具合だけれど。
他へ行ったら、前とは違った恐ろしい目も出来るのだろう。
鳶色の瞳は変わらないのに、見た者が心底、怯え上がるような。
とてもハーレイに勝てはしないと、下手をしたなら殺されるかも、と後ずさるような。
(…水泳は、そうでもないだろうけど…)
幾つも並んだコースを泳いで勝負するのだし、対戦相手と向き合いはしない。
向き合う相手は自分自身で、自分の限界との戦い。
鳶色の瞳が睨む先には、きっとハーレイ自身の心。
力の限りを尽くして泳げと、それが出来ないようでは駄目だと。
けれど、もう一つ、ハーレイが得意な柔道の方。
そちらは試合の相手がいる。
戦う相手は別の誰かで、油断したなら負けるだけ。
(…きっと、最初が肝心だよね?)
負けはしないぞ、と対戦相手にぶつける視線。
試合のためにと向かい合った時には、勝負はついているかもしれない。
相手の視線で怯んでしまえば、実力を出せはしないから。
鋭い視線に飲まれたら最後、自分のペースに持ち込めないから。
(ハーレイの凄く怖い目が見られそう…)
対戦相手になったなら。
柔道で勝負を挑みに行ったら、前の自分が知らない瞳に出会うのだろう。
同じ鳶色でも、穏やかさの欠片も無い瞳。
睨まれただけでも射殺されそうな、それは恐ろしい色の瞳に。
(なんだか不思議…)
おんなじ鳶色なんだけどな、と今のハーレイの瞳を思う。
前のハーレイと変わらないのに、違った色も見られるらしい。
キャプテンだった頃に見せていたなら、仲間たちが震え上がっていただろう色。
それで相手を睨むのだから、今の時代は面白い。
(今はハーレイと、ぼくが逆様…?)
立場が逆になっちゃったかも、とクスクス零れてしまった笑い。
今の自分はチビの子供で、とてもソルジャーにはなれないけれど。
戦士はとても無理だけれども、今のハーレイは柔道だったら戦士になれる。
前のハーレイだった頃には見せなかったような、恐ろしい色の瞳の戦士。
同じ鳶色の瞳のままでも、相手が戦意を失うほどの。
(…そういう目をしたハーレイだったら…)
格納庫でキースといい勝負かも、と可笑しくなった。
メギドはともかく、シャングリラから逃げようとしていたキース相手なら。
「何処へ行くんだ?」と呼び止めただけで、もう充分な抑止力。
他の仲間が駆け付けるまで、続いたかもしれない睨み合い。
アイスブルーの瞳のキースと、鳶色の瞳のハーレイと。
どちらも譲らず、火花がバチバチと飛び散りそうな。
あのキースでさえ、「ただ者ではない」と考えそうなキャプテン・ハーレイ。
残念ながら、前のハーレイだった頃には、無理な瞳の色なのだけれど。
今のハーレイも、柔道の試合に臨んだ時しか、怖い瞳はしないのだけれど。
なんとも不思議な鳶色の瞳。
前のハーレイと今のハーレイ、姿はもちろん、瞳もそっくり同じまま。
少しも変わっていないというのに、違う色にもなるらしい瞳。
相手を射殺せそうな瞳が出来るハーレイ、すっかり平和な今の時代に。
何処にも敵は隠れていなくて、命の心配も要らない時代。
青く蘇った地球に来たのに、ハーレイは怖い瞳が出来る。
鳶色の瞳は変わらないのに、前の自分が出会ったキースに負けないような。
誰が見たって冷たい印象、アイスブルーの瞳をしていたメンバーズにも負けないような。
(ハーレイは変わっていないんだけどね?)
姿も中身も、いつも穏やかだった瞳も。
そっくりそのまま今のハーレイになっているのに、場面によって切り替わる。
負けるわけにはいかない柔道の試合、それに挑むだろう時は。
キャプテン・ハーレイは決して見せなかった瞳、睨むだけで相手が怯える瞳。
(それだけ平和になったってこと…)
鳶色の瞳が怖い光を帯びていたって、何も不都合はない時代。
ハーレイが試合に勝つというだけ、輝かしい戦果を挙げるだけ。
(怖い目をしたハーレイ、見たいな…)
それには大きく育たないと、と夢を見る。
柔道の試合を見に行きたければ、前の自分と同じ背丈が必要だから。
きっといつかは、怖い瞳のハーレイの試合を応援しよう。
前の自分が知らない瞳。
睨んだだけでも相手が竦んで動けなくなる、鳶色の瞳をしたハーレイを…。
ハーレイの瞳・了
※ブルー君が思うに、ハーレイ先生の瞳はキャプテン・ハーレイの瞳と同じ。
けれど、柔道の試合の時には違うようです。ブルー君でなくても、見たいですよねv