(…今も昔も赤なんだがな?)
あいつの瞳、とハーレイが思い浮かべたブルーの顔。
コーヒー片手に、夜の書斎で。
出会った時から赤かったっけな、と。
青く蘇った地球に生まれて来る前、遠く遥かな時の彼方で出会ったブルー。
アルタミラがメギドに滅ぼされた日に。
空が炎の色だったせいか、地面まで燃えていたせいか。
赤い瞳を見ても驚きは無くて、そういうものだと思っただけ。
ブルーの瞳はこういう色だ、と。
(脱出騒ぎが落ち着いた後も…)
まじまじと見詰めはしなかった。
何度も瞳を覗き込んでは、ブルーと向き合っていたけれど。
赤い瞳を見詰めていたのは、ブルーの心を見ていたから。
心を読もうとするのとは違う、瞳は心を映し出す鏡。
それを通して心を知ろうと、じっと覗いていただけのこと。
(…あいつ、我慢をするもんだから…)
もっと我儘を言ってもいいのに、ブルーはそれをしなかったから。
自分のことより船の仲間の方が優先、黙って我慢をしてしまうから。
ブルーが何か隠していないか、身体や心に苦痛は無いか。
それを探りに瞳を覗いた、「お前、隠していないだろうな?」と。
何度も覗いた、ブルーの瞳。
ブルーの心を映し出す鏡。
赤い瞳を持った仲間は、他に一人もいなかった。
珍しい色だと誰に聞いたか、ヒルマンか、それともエラだったのか。
ブルーの身体には色素が無いから、瞳の色は赤いのだと。
瞳の奥を流れる血の色が透けて、ああいう赤になるのだと。
(…アルビノなあ…)
今の自分も知っている言葉、色素を失くしてしまった個体。
鳥や動物にも起こる現象、真っ白な羽根や毛皮が特徴。
けれど、それだけでは決め手にならない。
アルビノとは別に、単に白くなる白化というのがあるものだから。
そちらは色素が減少するだけ、真っ白になった白変種。
瞳の色まで赤くはならない、黒い瞳の動物だったら黒いまま。
つまりアルビノの特徴は瞳、瞳の色でそれと見分ける。
赤かったならば、色素を失くしてしまったアルビノ。
本来の色なら、白変種。
ブルーの瞳は今も昔も変わらずに赤で、アルビノの瞳。
ただし、今のは生まれつき。
前のブルーは、成人検査が引き金になって色素を失くした。
(なんだって、そうなっちまったんだか…)
よほど抵抗が大きかったのか、成人検査に対する心の。
記憶を消そうとしていた機械に、激しく反発したのだろうか。
身体から色が抜け落ちるほどに、瞳が血の赤になってしまうほどに。
(…俺だって、逆らった筈なんだがな?)
ゼルもブラウも、ヒルマンも、エラも。
他の仲間も同じに逆らい、ミュウの力が目覚めた筈。
ハタと気付けば、それまでの自分は何処にもいなくなっていた。
記憶をすっかり失くしてしまった、ミュウになってしまった自分がいただけ。
それでも色は失くさなかったし、瞳の色は変わらなかった。
ブルーの赤い瞳を見る度、ブルーが受けた苦痛を思った。
色素が抜け落ちるほどに辛かったのかと、苦しい思いをしたのかと。
ブルー自身は「そうでもないよ」と微笑んだけれど。
「ぼくも、みんなと同じだったよ」と。
たまたまアルビノになっただけだと、理由は分からないけれど、と。
(あの色なあ…)
今も謎だな、と前のブルーの瞳を思う。
長い年月を共に暮らす内に、いつしか惹かれていた瞳。
この世で一番綺麗な赤だ、と何度も見詰めて、見惚れた瞳。
赤く美しく輝く瞳を覗き込んだら、其処に映っていた自分の姿。
それに気付いて笑みを浮かべては、前のブルーに贈っていたキス。
キスを贈る度に、赤い瞳は瞼に隠れてしまったけれど。
銀色の睫毛が伏せられてしまって、赤い瞳を隠したけれど。
(…あの赤が俺には、何よりも綺麗だったんだ…)
シャングリラにあったどんな赤より、トォニィたちが生まれた星より。
赤いナスカを、「赤き乙女」とフィシスは呼んだ。
あの赤い星に、ミュウだけの名を与える時に。
ナスカに魅せられた若いミュウたちが、「ルビーのようだ」と讃えた赤。
(…ルビーなんぞは、誰も見たことが無かったんだが…)
ミュウの世界に宝石は無くて、誰も持ってはいなかった。
赤い宝石、ルビーは知識を持っていただけ。
そういう色をした宝石があると、赤く美しく輝くらしいと。
(…あいつの瞳をルビーのようだと思ったことは…)
多分、一度も無いんだろうな、とクッと笑った。
ルビーよりも先に、ブルーの瞳を知ったから。
美しく赤く輝く瞳を、あの赤い色を。
ルビーが後からやって来たから、前の自分はルビーも覚えていなかったから。
赤い宝石を知らない頃から、綺麗だと思って見ていた瞳。
ブルーと恋人同士になるよりも前から、赤い瞳が好きだった。
強い意志を宿して輝く瞳。
苦しみや辛さを隠していてさえ、その美しさを失わない赤。
何度も何度も覗き込んでは、ブルーの心を知ろうとした。
何か悲しみを抱えていないか、我慢しすぎていはしないかと。
(…そのせいで捕まっちまった、ってこともないんだが…)
赤い瞳に、その美しさに。
囚われたわけではないのだと思う、強いて言うなら一目惚れ。
赤い瞳を変だと思わず、「こいつの瞳はこの色なんだ」と眺めた時から。
ただの一度も、奇妙に思いはしなかったから。
血の色を透かしているという赤、その色の瞳は「ブルーの瞳」。
他に一人もいない色でも、不思議だとさえ思わなかった。
なんと綺麗な瞳なのかと、いつも見詰めていただけで。
ブルーに似合うと思っただけで。
元の瞳の色は違った、と前のブルーに聞かされた時。
成人検査でこうなったのだ、と辛うじて残った微かな記憶を見せられた時。
ブルーを襲った苦痛を思った、色素を失うほどだったのか、と。
他の者たちは誰も失くしていないのに。
自分はもちろん、ヒルマンもエラも、ブラウもゼルも。
(…あいつが特別、苦しかったに違いないと…)
思ったのだった、前の自分は。
記憶を失くしたくない気持ちが強くて、機械と激しく戦ったのだと。
それでも記憶を消されてしまって、ショックで失くしてしまった色素。
水色の瞳は赤く変わって、金色の髪は銀になったと。
(そう思い込んだままで、三百年で…)
白い鯨に姿を変えたシャングリラ。
隠れ住んでいた雲海の星で、ブルーが見付けた次のソルジャー。
緑の瞳に金髪のジョミー、彼はブルーと同じ目に遭った。
一度はシャングリラに来たというのに、両親の家に帰ろうとして。
ユニバーサルに捕まり、心を機械に掻き回されて。
(…あの時の爆発は、ブルー以上で…)
とんでもなかった、ジョミーの強いサイオンの目覚め。
成人検査用の機械を壊したブルーの比ではなかった、ジョミーの爆発。
ユニバーサルの建物は壊れ、ジョミーは空へと飛び出して行った。
成層圏まで駆け上がったほどの勢いで。
(それだけやっても、ジョミーは元の姿で戻って…)
アルビノになってはいなかったジョミー。
あれで自分の仮説は崩れた、ブルーの瞳が赤くなった理由。
苦痛のせいではなかったらしいと、それならジョミーもアルビノだから、と。
(振り出しに戻る、というヤツで…)
謎になってしまった、ブルーの瞳。
どうして美しい赤をしているのか、その色の瞳になったのか。
ブルー自身にも理由は分かっていなかった上に、前の自分の仮説も崩れた。
(…あいつが我慢強かっただけで、苦しかったんだろうと思っていたのに…)
同じ目に遭っても、色素を失くしはしなかったジョミー。
緑色の瞳でジョミーは戻って、髪も明るい金髪のまま。
(あれですっかり分からなくなって…)
もういいだろうと思ったのだった、あれはブルーの色なんだから、と。
赤い瞳が美しかったら充分なのだと、理由は謎のままでもいいと。
そうして、前のブルーは逝った。
赤い瞳の謎は解かれないまま、たった一人でメギドへと飛んで。
前の自分はブルーを失くして、白いシャングリラを地球まで運んで、其処で命尽きて…。
(もう一度、あいつに出会ったってな)
チビなんだが、と頭に描いた今の小さなブルーの顔。
愛くるしい顔に輝く瞳は、前の自分が出会った時と変わらずに赤。
今度は生まれつきのアルビノ、瞳が赤い理由は明らか。
(…永遠の謎になっちまったなあ…)
前のあいつの赤い瞳、と思うけれども、あの赤をまた手に入れたから。
失くしたブルーは帰って来たから、謎のままでもいいだろう。
何よりも綺麗だと前の自分が思った赤。
美しく赤く輝く瞳は、小さなブルーの愛らしい顔に、前と同じにあるのだから…。
ブルーの瞳・了
※前のブルーの瞳が赤かった理由は永遠の謎で、成人検査が引き金だとしか分からない模様。
けれども、何よりも綺麗な赤だと思ったハーレイ。また取り戻せて良かったですよねv