(一緒だったと思うんだけど…)
ずっと一緒にいたと思うんだけど、と小さなブルーが思い浮かべた恋人の顔。
お風呂上がりに、パジャマ姿で。
ベッドの端にチョコンと腰を下ろして、ハーレイを想う。
今は離れているけれど。
ハーレイの家は何ブロックも離れた所で、一緒にはいられないのだけれど。
前の自分が愛したハーレイ、今も愛しているハーレイ。
遠く遥かな時の彼方で、二人一緒に暮らしていた。
白い鯨で、ミュウの箱舟だった楽園、シャングリラと呼ばれていた船で。
あの船で恋をして、長い年月をハーレイと過ごしていたけれど。
いつか地球まで一緒に行こうと、夢を描いていたのだけれど。
(…ぼく、死んじゃった…)
地球へは行けずに、赤いナスカが在った宇宙で。
白いシャングリラが無事に地球へと旅立てるように、メギドを沈めて死んでしまった。
ジルベスター星系の第八惑星、ジルベスター・エイトから近い所で。
第七惑星のナスカからは遠く離れた所で。
其処で自分の命は終わった、悲しみの中で。
白い鯨は守れたけれども、大切なものを失ったから。
最後まで持っていたいと願った、右の手にあったハーレイの温もり。
撃たれた痛みでそれを失くして、独りぼっちになったから。
もうハーレイには二度と会えないのだと、泣きじゃくりながら。
死よりも恐ろしい絶望の中で、救いなど来ない悲しみの中で。
けれども、今は地球にいる自分。
前の自分が焦がれ続けた、青い地球の上に。
ハーレイといつか行こうと夢見た、行けずに終わった水の星の上に。
ふと気が付いたら、ハーレイと二人で地球に来ていた。
前とそっくり同じ姿に生まれ変わって、また巡り会えた。
自分は少々チビだったけれど。
十四歳にしかならない子供で、ハーレイとキスも出来ないけれど。
それでも再会出来た恋人、前の生から愛したハーレイ。
死の星だった地球が蘇るほどの時が流れて、白いシャングリラが消え去った後に。
前の自分たちが恋をした船、あの船がとっくに無くなった後に。
(…ホントに長すぎ…)
巡り会えるまでに流れた時間。
メギドで命尽きた時から、ハーレイと再会を遂げた日までに流れた時間。
あまりにも長い歳月が経っていたから、最初の頃には不安になった。
もしかしたら、と。
こうして再会するよりも前は、別の人生があったのでは、と。
自分もハーレイも別の人生、それを歩んでいたのではと。
別の誰かに恋をして。
結婚して同じ家で暮らして、子供も生まれていたかもしれない。
かつて愛した人を忘れて、恋をしていた人を忘れて。
自分が誰かも忘れてしまって、別の誰かと生きたのでは、と。
何度も心配になったのだけれど、今では「違う」という気がする。
この地球の上で巡り会う前も、きっとハーレイと一緒にいたと。
(…きっとそうだよ…)
そう思うから、と浮かべた笑み。
何の根拠も無いけれど。
手掛かりになるような記憶も戻って来ないけれども、きっと一緒にいたのだと思う。
何処かも分からない場所で。
今の自分には思い出すことさえ叶わない場所で、二人、離れずにいたのだろうと。
別の誰かと過ごす代わりに、別の人生を歩む代わりに。
地球が蘇るほどの時を二人で、きっと片時も離れはせずに。
(…ハーレイがぼくを見付けてくれた?)
それとも会いに来てくれたろうか、ハーレイの命が終わった時に。
「此処にいたのか」と、別れた時と同じ姿で。
キャプテンらしい丁寧な口調、それはすっかり捨ててしまって。
なんとなく、そう思えるから。
もうキャプテンではなくなったから、とゼルたちと話す口調になって。
前の自分も、もうソルジャーではないのだから。
死んでしまったら、ただのハーレイの恋人だから。
(うん、きっと…)
そういうハーレイに出会えたのだろう、遠く遥かな時の彼方で。
見付けてくれたか、会いに来てくれたか、きっとハーレイが自分の所に来てくれた。
やっとキャプテンの務めが終わったと、これからは二人で過ごしてゆこうと。
(ハーレイと会えて、二人一緒で…)
仲良く暮らしていたのだと思う、地球に生まれて来るまでは。
きっと何処かで二人一緒に、それは幸せだったろう時を。
自分も今のようなチビとは違って、前の自分のままだったろう。
前の自分と同じ背丈で、キスだって交わせたのだろう。
(それに、本物の恋人同士…)
キスよりも先のことだって、と考えた所でハタと気付いた。
何処かの星に生まれ変わっていたならともかく、魂だけでいたのなら。
ハーレイも自分も、身体を持たずにいたのなら…。
(…キスは出来るの?)
どうなんだろう、と首を捻って考え込んだ。
魂だけなら、思念体のようなものなのだろうか。
前の自分は何度も身体を抜け出したけれど、思念体になっていたけれど。
(…あれだと、一応…)
腰掛けたりは出来たと思う。
二階の床に立っていたって、床を突き抜けて落ちてゆくことも無かった筈。
(思念体同士だったら、キス出来るよね…?)
よし、と大きく頷いた。
ハーレイとキスは出来た筈、と。
お互い、身体は失くしていても。
魂だけの姿でも。
けれど、分からない、その先のこと。
キスよりも先は無理かもしれない、身体を持っていないなら。
(…だって、服とか…)
脱げるのかどうか、一度も試していなかったから。
思念体になって身体を抜け出した時は、いつも、いつでもソルジャー・ブルー。
ソルジャーの務めで抜け出したのだし、ソルジャーの衣装は着けておくもの。
マントさえも外そうとしたことはなくて、襟元も緩めていなかった。
(…ひょっとして、無理?)
抜け出して来た身体が着けている服、それはセットのものかもしれない。
考えたことさえ無かったけれど。
(…元の身体が着てる間は、どう頑張っても無理だとか…?)
どうもそういう気がしてくる。
前の自分は、常にソルジャーの衣装を纏って抜け出したから。
思念体で外へ出掛ける時には、いつもカッチリ纏っていたから。
(思い通りになるんだったら、着ていなくても…)
大丈夫だろう、と思わないでもない。
単に自分が几帳面だった、それだけのことかもしれないけれど。
本当はお風呂から飛び出して行っても、ソルジャーの衣装は着られたのかもしれないけれど。
(…分かんないしね…?)
前の自分が経験していないことは分からない。
サイオンが不器用な今の自分は、ちょっと試しも出来ないから。
思念体で身体を抜け出す感覚、それさえも掴めないのだから。
(…もしも服とか、着たままだったら…)
キスしか交わせはしないだろう。
その先のことは無理で、抱き合うことが精一杯。
(…魂だと、服はどうなってるわけ?)
着ていないのなら望みはあるかも、と考えたけれど、相手は魂。
キスはともかく、その先のことは、魂はしないものかもしれない。
なにしろ身体が無いのだから。
その先のことをしたいなどとは思いもしなくて、もしかしたら…。
(くっついているだけで充分だとか?)
身体に隔てられないのだから、溶けてしまえるかもしれない。
二人仲良くくっついていれば、もうそれだけで。
お互いの姿は見えるとしたって、二人で一つなのかもしれない。
身体を繋ごうとしなくても。
手を握るだけで、キスをするだけで、溶け合ってしまえるものかもしれない。
まるで一つの身体のように。
心まで一つになったかのように、ハーレイは自分で、自分はハーレイ。
(…そうなのかも…)
お互いに服を着ていたとしても、何の障害にもならない服。
二人、溶け合ってしまうためには。
繋ぎ合った手だとか、交わしたキスから、そのまま溶けてしまうためには。
それって凄い、と思ったけれど。
地球が蘇るほどの長い年月、ずっとハーレイと二人で一つだったのかも、と夢見るけれど。
(でも、何処で…?)
それが何処だか分からない。
キスのその先のことをしようとするより、深く繋がっていられたのかもしれない場所。
二人、溶け合ったままでいられたのかもしれない場所。
(…分からないし、何も覚えていないし…)
本当に二人、そうしていたかも分からないまま。
魂だけで過ごしていたなら、どうなるか見当もつかないから。
きっとこうだと考えただけで、思い出したわけではないのだから。
(…ずっと、くっついていたんだったら…)
今の自分が置かれた状況、それがなんとも嘆かわしい。
キスのその先のことは無理だし、キスさえも出来はしないのだから。
ハーレイと深く溶け合いたくても、けして叶いはしないのだから。
(…チビだから、無理…)
前の自分と同じ背丈に育つまで。
その日が来るまでキスさえお預け、本物の恋人同士になれない自分。
(…どうしてチビになっちゃったわけ…?)
悲しいけれども、前の自分が長い年月、ハーレイと二人で一つの時間を過ごしたのなら。
溶け合ったままで、ずっと過ごしていたのなら…。
(…その時のツケ?)
神様に言われたのかもしれない、「少しは待て」と。
ずっと一緒にいただろうが、と。
(酷いんだけど…!)
あんまりだけど、と思うけれども、これがツケなら仕方ない。
長い長い時をハーレイと二人、一つに溶けていたのなら。
くっついただけで溶けてしまえる幸せな時を、二人きりで過ごしていたのなら。
其処が何処かは分からないけれど、きっと何処かで二人で一つ。
そういう時間を二人でたっぷり過ごしたのなら、ツケが来たって仕方ないから…。
一緒にいた所・了
※ブルー君が夢見る、前の自分がハーレイと一緒に過ごした所。二人で一つ、と。
そういう風に過ごしていたなら、ツケが来たって諦めるしかないですねv