(あいつと別々だった筈がないんだ…)
きっと一緒にいた筈なんだ、とハーレイが思い浮かべたブルーの顔。
夜の書斎で、淹れたばかりの熱いコーヒーを飲みながら。
愛用のマグカップに満たしたコーヒー、小さなブルーの苦手な飲み物。
それを思って微笑んでいたら、前のブルーもくっついて来た。
前のブルーもコーヒーは苦手だったから。
「この飲み物の何処が美味しいんだい?」と何度も顔を顰めていたから。
ソルジャー・ブルーと呼ばれたブルー。
気高く美しかった恋人。
その恋人は生まれ変わって、今の小さなブルーになった。
十四歳にしかならないブルーに、コーヒーが苦手なチビのブルーに。
遠く遥かな時の彼方で焦がれ続けた、青い地球の上で。
前のブルーは行けずに終わった、母なる青い水の星の上で。
(…あの頃には何処にも無かったんだがな…)
青く輝く水の星は。
前のブルーが焦がれた星は。
遠い昔にこの目で見たから知っている。
あの時代の地球の真の姿を、死の星だったままの姿を。
それを見ないで終わったブルーは、もしかしたら幸せだったのかもしれない。
あんな星だと知っていたなら、悲しみの中で逝っただろうから。
メギドを沈めて白いシャングリラを守り抜いても、夢の星は何処にも無いのだから。
そうはならずに、青い地球はあると信じたままで逝ってしまったブルー。
前の自分の温もりを失くして、右手が冷たく凍えたけれど。
泣きじゃくりながら最期を迎えたけれども、ブルーは青い地球まで来られた。
長い年月を経て蘇った星、今、住んでいる青い地球まで。
(…とんでもない時間が流れちまったが…)
ブルーは自分に巡り会えたし、自分もブルーと再び出会えた。
学校の教師と教え子だけれど、もうキャプテンでも、ソルジャーでもない二人だけれど。
小さなブルーと再会してまだ間もない頃には、お互い、少し不安もあった。
こうして再会するよりも前に、別の人生があったのでは、と。
地球が蘇るほどの長い歳月、それが流れてゆく間。
お互い、何処かの星に生まれて、別の人生を生きたのでは、と。
違う誰かと恋をして、同じ家で暮らして、子供も何人か生まれたりして。
小さなブルーがそれを口にしたことだってあった。
もしかしたら、と。
けれども、今では「違う」と思える。
何を思い出したわけでもないのだけれども、「違う筈だ」と。
ブルーと別々だった筈がないと、きっと離れずに一緒にいたと。
それが何処かは知らないけれど。
何一つ思い出せないけれど。
(はてさて、いったい何処だったんだか…)
自分たちは何処で過ごしていたろう、青い地球の上に来るまでは。
まるで手掛かりさえも無いから、本当に何も分からない。
前の自分は「一日も早くブルーの許へ」と最後まで願い続けたけれども、それさえも…。
(具体的なイメージってヤツが無かったからなあ…)
ブルーを追い掛けて逝こうと思った、それだけのこと。
どんな所へ辿り着くのか、何も考えてはいなかった。
ブルーに会えれば良かったから。
それだけが望みだったから。
(天国だろうが、地獄だろうが…)
もう一度ブルーに巡り会えるなら、最高の場所に決まっているから。
二人で過ごしてゆける場所なら、どんな所でも良かったから。
漆黒の宇宙空間だろうが、神の玉座がある場所だろうが。
たとえ地獄の底であっても、ブルーに会えればそれで良かった。
もっともブルーは地獄などには、けして堕ちてはいないだろうけれど。
白いシャングリラを守ろうとして散った命を、神は見落としたりしないだろうから。
SD体制が始まるよりも遠い昔の童話さながらに、天使を遣わすだろうから。
「あの魂を拾うように」と、「天国へ連れて来るように」と。
前のブルーの魂はきっと、天国に迎えられたと思う。
ブルーにはそれが相応しいから。
天使のように白い衣を纏って、天国に住むのが似合うのだから。
真っ白に輝く衣のブルー。
天使の翼は無いだろうけれど、足首まで届く衣を身に着けたブルー。
(きっと天国でも、最高に目立つ美人だろうなあ…)
誰もがハッと振り返るような。
あの美しい人は誰かと、気高くて、まるで天使のようだと。
神に祝福された聖人、その中の一人に違いないと。
きっと名のある素晴らしい人で、命ある間に数え切れない徳を積み重ねた聖なる人だと。
(…そりゃあ、とてつもない徳ってヤツをだ…)
前のブルーは積んだのだと思う、聖人にはなっていないけれども。
人間が聖人を決めるシステム、それは失われて久しいから。
誰も聖人に選ばれたりはしないから。
(だが、神様には選ばれたかもな…)
前のブルーなら、聖人に。
メギドを沈めてミュウの未来を守ったのがブルー、白いシャングリラを守ったブルー。
あそこでメギドが沈まなかったら、無かったかもしれないミュウたちの未来。
今の平和な時代になるのも、きっと遅れたに違いない。
メギドではなくてシャングリラの方が、宇宙に沈んでいたのなら。
(あいつが未来を守ったんだ…)
命を捨てて、たった一人で。
きっと神には愛されただろう、聖人に選んで貰えるほどに。
白く輝く殉教者たちの衣、それさえも与えて貰えそうなほどに。
純白の衣の前のブルーを思い描いて、零れた笑み。
なんと美しい人だろうかと、この人が自分の恋人なのかと。
誇らしい気持ちになったけれども、ハタと気付いた自分の立場。
前の自分はどうなるのだろう、天国に行っていたならば。
地球の地の底で命尽きた後、ブルーの許へと旅立ったならば。
(…俺だって、きっと真っ直ぐに…)
ブルーを探して飛んで行ったろう、魂が身体を離れた後は。
生きていた間に望み続けた、その時がついに来たのだから。
逝ってしまったブルーの許へと、真っ直ぐに飛んでゆけるのだから。
(…前のあいつほど、徳ってヤツを積んじゃいないが…)
地獄に落とされるようなこともしていないのだし、天国には入れて貰えただろう。
ブルーを追い掛けて飛んで行ったら、天国の門に辿り着いたら。
きっと開けては貰えたと思う、其処の扉を。
「どうぞ」と、「入っていいですよ」と。
そうして目出度く天国の住人、ブルーにもきっと会えそうだけれど。
間違いなく会えたと思うけれども、なんとも違いすぎそうな立場。
(あいつは聖人になっちまっていて…)
輝くような純白の衣、それは美しくて気高い姿。
ところが自分は、そうはいかない。
どう考えても、ブルーのようには気高くも神々しくもない。
聖人などには選ばれそうもないし、おまけに持って生まれた姿も地味だから。
足首まで届く白い衣を貰って纏ったとしても…。
(……仮装パーティー……)
それしか浮かんでこなかった。
何処から見たってそれでしかないと、ブルーとは月とスッポンなのだと。
(…月とスッポン…)
仮装パーティーも酷いけれども、月とスッポン。
自分で思い浮かべた言葉に、自分の心を抉られたよう。
(…それで間違いないんだが…)
ブルーが月なら俺はスッポン、と自覚するほどに情けなくなった天国での出会い。
前のブルーが自分を迎えに現れたならば、きっと大勢、見物人たちがいることだろう。
誰もが振り返るほどの聖人、その人が再会を待っていた人は誰だろうと。
どんなに素晴らしい人が来るのかと、それは期待に満ちた瞳で。
(…其処へスッポンの俺がノコノコと…)
想像するだに恐ろしくなった、どれほどの溜息が零れるのかと。
なんと似合わない人が来たのかと、あれではまるで絵にならないと。
(…ブルーは気にもしないんだろうが…)
前の自分も再会の喜びに酔ってしまって、きっと気付きもしないだろうけれど。
再会した後は、ブルーと二人で仲良く暮らしていそうだけれど。
(…傍から見たなら、月とスッポン…)
何処へ行っても悪目立ちしそうな、ブルーの隣にいる自分。
光り輝く衣を纏った気高いブルーと、白い衣の地味な自分と。
(しかも、身体は俺の方がずっと…)
大きいだけに、きっと余計に目立つのだろう。
広い天国の何処へ行っても、「またスッポンがやって来た」と。
幸せなことに、自分はきっと気付きもしないで、ブルーの隣に居ただろうけれど。
ブルーと二人でいられる幸せ、それに満たされていただろうけど。
これは酷いと、自分でもついてしまった溜息。
ブルーと二人で天国にいたなら、恥を晒していそうな自分。
(…天国の住人の良心ってヤツに…)
賭けておくしかないだろう。
月とスッポンな恋人同士で歩いていたって、笑ったりはしない住人たち。
(ブルーの名誉のためにもだな…)
笑われていないと思いたい。
二人一緒にいた筈の場所が、もしも天国だったなら。
前のブルーが真っ白に輝く衣を纏って、神に選ばれた場所だったならば…。
一緒にいた場所・了
※前のブルーとハーレイが二人で過ごしていた場所。本編では明らかになってますけど…。
御存知ないのがハーレイ先生、月とスッポンだとお悩み中。二人一緒なら幸せですよねv