(ぼくの家にも、ハーレイの家の庭にも四つ葉…)
ちゃんとあった、と微笑むブルー。
四つ葉のクローバーが生えてるんだよ、とパジャマ姿でベッドにチョコンと腰掛けて。
今日は日曜日で、一日はもう終わった後で。
ハーレイは「またな」と軽く手を振って帰って行った。
昨日の土曜日と日曜日の今日と、ハーレイを独占していた週末。
それはすっかり終わってしまって、明日からはまた学校だけれど。
昼間にハーレイに会えたとしたって、「ハーレイ先生」になるのだけれど。
(だけど、今度はハッピーエンド…)
いつかハーレイを、「先生」と呼ばなくてもいい日が来たら。
教師と教え子の時代が終わって、恋人同士になれる時が来たら。
(前とおんなじ背丈になったら、キスが出来るし…)
十八歳になったら結婚式も挙げられるのだから、ハッピーエンド。
前の自分たちのような悲しい恋には、なるわけがない。
誰にも言えない恋人同士で、おまけに最後は離れ離れで終わった恋。
互いの顔さえ見られない場所で、前の自分の命は終わった。
ハーレイの温もりさえも失くして、独りぼっちで泣きじゃくりながら。
後に残されたハーレイの方も、独りぼっちで長い時を生きた。
前の自分が頼んだ通りに、地球までの道を。
ジョミーを支えて、支え続けて、白いシャングリラを運んで行って。
キャプテンだからと、悲しみも孤独も自分一人の心だけに秘めて。
前の自分を追うことも出来ずに、一人きりで。
本物の恋人同士だったというのに、ハッピーエンドを迎えられなかった自分たち。
ソルジャー・ブルーだった自分と、キャプテン・ハーレイの悲しい恋。
まさかそういう恋になるとは、夢にも思っていなかった。
白いシャングリラで生きた頃には、二人で暮らした遠い昔には。
恋をして、同じ船で暮らして、秘密の恋でも心は幸せに満ちていたから。
ハーレイと二人で過ごす時には、いつも幸せだったから。
(…きっと最後まで、幸せなんだ、って…)
前の自分はそう信じていた。
明日さえ知れない船の中でも、きっと離れずにいられるだろうと。
もしもシャングリラが沈んだとしても、一緒に命が尽きるのだから。
青の間とブリッジ、離れた所で命尽きても、直ぐに合流出来そうだから。
いくらシャングリラが巨大な船でも、放り出された魂が迷子になってしまうほど大きくはない。
自分はハーレイを見付けるだろうし、ハーレイも自分を見付けてくれる。
互いに身体は失くしたとしても、魂になって何処までも一緒。
二人一緒なら幸せだろうと、きっと幸せに違いないと。
命は尽きてしまっても。
最後まで自分は幸せだろう、と。
けれど、無かったハッピーエンド。
前の自分たちの恋は悲しい恋に終わって、最後は離れ離れになった。
自分はメギドで独りぼっちで死んでしまって、それっきり。
ハーレイはシャングリラに一人残され、遠い地球まで行くしかなかった。
二人の道は離れてしまって、引き裂かれたまま。
魂になって出会えもしないで、死んだ場所さえも遠すぎた。
(…ハーレイはぼくを探せたのかもしれないけれど…)
シャングリラを地球まで運んだのだし、道は分かっていただろう。
前のハーレイが死んだ地球から、前の自分が死んだジルベスター星系へと渡れる航路。
こう飛んだならば辿り着けると、この方向に赤いナスカが在ったのだと。
だからハーレイなら探せたかもしれない、独りぼっちになってしまった前の自分を。
地球の座標も分からないまま、迷子になっていた魂を。
それとも魂には迷子など無くて、一瞬で越えてゆけるのだろうか。
自分が行きたいと願う場所へと、心から想う人の許へと。
(…きっと、会えたとは思うんだけど…)
今の自分に生まれてくる前は、ハーレイと一緒にいたのだろうと思うから。
二人で長い時を飛び越え、地球に来たのだと思うから。
そういう風に過ごしていたなら、幸せだったろうとは思うけれども…。
(…ハッピーエンドとは言わないよね?)
前の自分たちの悲しい恋は。
引き裂かれた二人が出会えたとしても、それまでが悲しすぎるから。
お伽話のような恋とは、まるで違った恋だったから。
ハッピーエンドになりはしなかった、前の自分とハーレイとの恋。
そうとも知らずに、前の自分は生きていた。
ハーレイと二人で白い鯨で、楽園という名の白いシャングリラで。
互いの部屋から外へ出たなら、出来ない恋人同士の顔。
キスは交わせず、抱き合うことさえ叶わない二人。
それでも幸せに生きていた自分。
ハーレイがいれば充分だからと、同じ船で暮らしているのだからと。
そのハーレイと二人で、何度も探したクローバー。
幸運の印の四つ葉を探した、あの船にあった公園で。
子供たちからクローバーの花冠を貰った時やら、ふと思い付いた時などに。
ハーレイが暇そうにしていた時には、「キャプテンは公園も把握すべきだ」と引っ張り出して。
二人がかりで何度も何度も、クローバーの茂みで探していた。
今日こそは四つ葉を見付けてみせると、二人がかりならきっと一つは、と。
「この辺りには無さそうですよ」とハーレイが言ったら、「ぼくが探す」と入れ替わって。
逆だってあった、「君も探してみてくれるかい?」と自分が探した場所を任せて。
しらみ潰しに探していたのに、一つも見付からなかった四つ葉。
「無かったね…」と引き揚げた場所で、次の日に子供が見付ける四つ葉。
一日で育つには大きすぎるのを、「あった!」と得意げに高く掲げて。
どういうわけだか、子供たちなら同じ場所でも探せた四つ葉。
前の自分たちは、何度挑んでも駄目だったのに。
とうとう一つも見付からないまま、前の自分の命は終わってしまったのに。
あの頃に自分が考えたことは、「子供たちには未来があるから」。
いつか幸せな未来を掴むだろう子たち、だから四つ葉を探せるのだと。
ミュウの未来を担ってゆくから、幸せの四つ葉を手に出来るのだと。
(…でも、違ったかも…)
ハッピーエンドにはならない恋をしていた二人。
いつか引き裂かれる二人。
クローバーは知っていたかもしれない、そういう風に終わる恋だと。
悲しい未来が待っているのだと、今は幸せに暮らしていても、と。
もしもクローバーが気付いていたなら、四つ葉をくれはしなかっただろう。
幸運の印の四つ葉を与える意味が無いから、幸せになれはしないのだから。
だから見付からなかっただろうか、ハーレイと何度探しても。
四つ葉のクローバーが運ぶ幸運、それに与れない二人だったから。
幸運の四つ葉を手にしたとしても、不幸な未来は避けられないから。
それならば分かる、あれだけ探しても一度も見付からなかった幸運の四つ葉のクローバー。
前の自分たちの恋の最後を知っていたなら、クローバーが知っていたのなら。
まるでフィシスの予言のように。
それよりも、もっと正確に。
クローバーは告げた、悲しい未来を。
四つ葉を一つも与えないことで、幸運が待っていない未来を教えた。
前の自分たちは、それと気付きもしなかったけれど。
四つ葉のクローバーは子供たちのものだと、未来のある子に相応しいのだと思い込んで。
ついに四つ葉は見付からないまま、終わってしまった悲しい恋。
前の自分とハーレイの恋は、文字通り宇宙に散ってしまった。
誰にも知られないままで。
恋人同士だったことさえ、誰一人として知らないままで。
けれども、今度はそうはならない。
ただの教師と教え子なのだし、時が来たなら恋は明かせる。
結婚だって出来る二人で、いつまでも二人で暮らしてゆける。
ハッピーエンドが待っているのが、生まれ変わって来た自分たち。
(だから、四つ葉のクローバーだって…)
今の自分は庭で見付けた。
クローバーだらけの庭でもないのに、たまたま芝生にあるだけなのに。
両親が庭のアクセントにと、抜かずに置いているクローバー。
増えすぎた分は引っこ抜いたり、刈り込んだりしているクローバー。
其処へ出掛けて、四つ葉があるかと探してみたら見付かった。
白いシャングリラで子供たちが「あった!」と叫んだものより、立派なものが。
大きな四つ葉が紛れ込んでいた、庭のクローバーの茂みの中に。
それは嬉しくて、採らずにそうっと残しておいた。
幸運の印が生えているなら、そのままでいて欲しいから。
摘んでしまうより、庭に残して「あそこにあった」と心に刻んでおきたいから。
今度は見付かった幸運の印、幸せの四つ葉のクローバー。
ハーレイの家にもクローバーが生えているというから、「探してみてよ」と頼んでおいた。
「きっと今度は見付かるから」と。
そして案の定、ハーレイの家の庭にもあった。
今のハーレイが初めて見付けた、朝露を纏った綺麗な四つ葉。
思念で見せて貰ったイメージ、幸せで一杯になった胸。
ハーレイも自分も、今は四つ葉を見付けられると。
わざわざ探しに出掛けなくても、自分の家の庭でヒョッコリ見付かるのだと。
(もう、絶対にハッピーエンド…)
間違いないよ、と夢が大きく広がってゆく。
前の自分たちの悲しい恋を予言していたクローバー。
それが約束してくれたから。
今度は幸せになれる二人だと、四つ葉を庭にくれたから。
きっといつかはハッピーエンド。
「ハーレイ先生」と呼ばなくてもいい時が来たなら、前の自分と同じ背丈に育ったら…。
見付かった四つ葉・了
※ブルー君の家の庭にも、ハーレイ先生の家の庭にも、ちゃんと四つ葉のクローバー。
ハッピーエンドを迎えられる世界に、二人で生まれて来られたことが幸せv