(…今日も温めて貰ったけど…)
それだけだよね、と小さなブルーが眺めた右手。
ハーレイが訪ねて来てくれた日の夜、自分のベッドの端に腰掛けて。
前の生の最後に凍えた右の手。
最後まで持っていたいと願ったハーレイの温もり、それを失くして。
独りぼっちになってしまったと泣きながら死んだ、ソルジャー・ブルー。
温もりを失くしたと気付くまでは強く生きていたのに。
銃で撃たれた痛みを堪えて、メギドを止めようと死力を尽くしていたというのに。
白いシャングリラを、ミュウの仲間たちを守ろうとして。
自分の命は此処で尽きても、シャングリラは地球まで行けるようにと。
少しも惜しくはなかった命。
後悔など無かった、選んだ道。
ソルジャーたるもの、こうあるべきだと。
皆の命を救ってこそだと、そのためならば命も惜しくはないと。
(それは間違ってはいなかったけど…)
間違えたとは今も思わないけれど、たった一つだけ、悲しかったこと。
ハーレイの温もりを失くしてしまって、独りぼっちになったこと。
これでメギドは沈むだろうと安堵した途端に、やっと気付いた。
右手に大切に持っていた筈の、優しい温もりを失くしたことに。
ハーレイと自分を繋ぐ筈の絆、それがプツリと切れていたことに。
温もりを失くして、断たれた絆。
もうハーレイには二度と会えないと溢れ出した涙。
それまでの強さは脆く崩れて、泣きじゃくりながら死ぬしかなかった。
温もりを失くしてしまった右手に、それが戻りはしなかったから。
冷たく凍えてしまった右手を温めてくれる人はいなかったから。
(…今はハーレイ、いるんだけれど…)
青く蘇った地球に二人で生まれ変わって、再び巡り会えたハーレイ。
前とそっくり同じ姿のハーレイに出会えて、また恋をして。
右手に戻ってくれた温もり、ハーレイがそっと包んでくれる手。
自分の手よりもずっと大きな褐色の手で。
「温めてよ」と手を差し出したら、いつも、いつでも、何度でもだって。
今日も温めて貰った右手。
その温かさが嬉しかったけれど、こうして部屋で一人になると…。
(…やっぱり寂しい…)
右手が凍えはしないけれども、寂しいと訴え始める心。
またハーレイは行ってしまったと、家に帰ってしまったと。
何ブロックも離れた所にある家へ。
今のハーレイが住んでいる家へ、今の自分を一人残して。
どんなに強請ってみたとしたって、連れて帰っては貰えない自分。
ハーレイの家族ではない自分。
今の自分は両親と暮らす小さな子供で、いるべき家は此処だから。
ハーレイの家に帰れはしなくて、連れて帰っても貰えないから。
独りぼっちでベッドにポツンと腰掛けるしかない自分。
メギドの時には及ばないけれど、独りぼっちには違いない。
ハーレイは隣にいてはくれなくて、温めてくれる手も側には無くて。
それが寂しい、ハーレイはちゃんといるのに、と。
自分が小さな子供でなければ、今頃はきっと家族だろうに、と。
(ぼくの身体がチビの間は…)
キスも許してくれないハーレイ、それ以上のことなど出来るわけもない。
恋人同士だと主張したって、ままごとのような恋人同士。
結婚だって出来ないのだから、ハーレイの家族になることも無理。
ハーレイの家に帰れはしなくて、こうして一人残されるだけ。
「またな」と軽く手を振る恋人、自分を置いてゆくハーレイ。
次にハーレイが来てくれるまでは、温めて貰えない自分の右手。
もしもハーレイの家族だったら、結婚出来ていたら、一緒に帰ってゆけるのに。
手を繋ぎ合って夜道を歩いて、路線バスにも二人で乗って。
(バスの中でも、席があったら…)
二人並んで手を繋いだまま、きっと座ってゆけるのだろう。
ハーレイの家から近いバス停まで、其処で二人で降りるまで。
降りた後には、手を繋ぎ合って歩いてゆく。
二人で幸せに暮らす家まで、キュッと互いに手を握り合って。
(…ホントだったら、ハーレイと一緒…)
自分がチビでなかったら。
前の自分とそっくり同じに育っていたなら、きっと家族になれていた。
ハーレイと同じ家で暮らして、出掛ける時には手を繋ぎ合って。
今の自分の父と母とが暮らす家へも、二人で出掛けて。
両親も一緒に食べる夕食、それが済んだら「またね」と自分も手を振ったろう。
「また来るからね」と父と母とに。
そしてハーレイと手を繋ぎ合って、夜道を二人で歩いてゆく。
バス停がある所まで。
二人でバスを待つ間だって、手を繋いだままでいるのだろう。
「もう来るかな?」と伸び上がる間も、「そうだな」とハーレイが頷く時も。
(…ハーレイが腕時計を見る時は…)
邪魔になるから、手を離すかもしれないけれど。
また直ぐにキュッと握り直して、二人でバスを待つのだろう。
バスが来たって、手を繋いだまま。
どちらが先に乗るにしたって、繋いだ手はきっと離れない。
乗るのに邪魔にならない限りは、一瞬だって。
バスに乗った後も、繋いだまま。
並んで座れる席が無いなら、二人で吊革を握って立って。
空いた方の手を繋ぎ合えるよう、吊革を持つ手をどちらにするかに気を付けて。
二人とも右手で吊革を持ってしまえば、手を繋ぐのに苦労するから。
左手で握っても同じことだから、困らないよう、注意して。
そうやってバスの中でも離さなかった手、降りる時にも離れはしない。
流石に無理だと離したとしても、降りたらキュッと握り合う。
お互い、寂しくないように。
一緒なのだと、二人なのだと、離れていた手を繋ぎ直して。
ハーレイと二人で夜道を歩いて、帰り着くだろう二人で暮らす家。
やっと着いたとハーレイが鍵を開ける時には、もう手を離しても寂しくはない。
家に着いたら二人きりだし、手を繋ぐよりも幸せな時間。
キスを交わして、その先のことも。
二人一緒にベッドに入って、朝までずっと一緒だから。
手を繋ぐよりも素敵な時間が、幸せな時間があるのだから。
(独りぼっちじゃないもんね…)
眠っている間も、ハーレイと一緒。
夜中にぽっかり目が覚めた時も、ハーレイの腕があるだろう。
温かな胸に、腕に包まれて、自分は眠っているのだろう。
手を繋ぐよりもずっと幸せな、温もりにふわりと包み込まれて。
前の自分がそうだったように、今の自分もきっとそうだったのだろう。
チビの姿でなかったら。
前と同じに育った姿で、ハーレイと会えていたのなら。
夢は広がるばかりだけれども、チビの自分はチビのまま。
ハーレイと手さえ繋げはしなくて、「またな」と置いてゆかれるだけ。
右手は冷たく凍えないけれど、隣にいてはくれないハーレイ。
ベッドにポツンと独りぼっちで、小さな右手を見詰めるしかない。
ホントだったら繋げたのに、と。
育った姿で出会えていたなら、ハーレイの手と繋げた右手。
右手でキュッと握るのだったら、ハーレイが出してくれる手は…。
(…左手だよね?)
二人並んで歩いてゆくなら、バスの吊革を持つのに苦労しない方の手を選ぶなら。
ハーレイが「ほら」と差し出してくれる手、それは左手なのだろう。
キュッと握ってもかまわない手は、離さずに繋いでいてもいい手は。
きっと左手、と褐色のそれを思い浮かべたら、ふと気付いたこと。
(…前のぼく…)
ハーレイと何度も一緒に歩いたけれども、手を繋いではいなかった。
白いシャングリラの何処を歩く時も、公園でも、長い通路でも。
手を繋いで歩いてゆける場所など、無かったから。
ソルジャーとキャプテン、そんな二人が手を繋いで歩けはしないから。
(…肩を組むなら普通だけれど…)
ハーレイと前の自分の背丈の違いは大きかったから、少々無理はあるけれど。
それでも肩なら組んでいたって、きっと可笑しくはなかっただろう。
ゼルとヒルマンがやっていたように、友情の証というヤツだから。
仲のいい友達同士なのだと、誰もが思うだけだから。
けれども手だとそうはいかない、友達同士で繋ぎはしない。
幼い子供たちならともかく、立派な大人になったなら。
だからハーレイと繋いではいない、前の自分は繋いでいない手。
ハーレイと二人で歩く時には、ただの一度も。
シャングリラの内部を繋ぐ乗り物、その中で二人きりだった時も。
(…前のぼく、繋いでいないんだ…)
恋人同士で長い長い時を、白いシャングリラで過ごしていたのに。
キスを交わして、同じベッドで眠っていたのに。
(…部屋の中で手なんか繋いでなくても…)
もっと幸せに過ごせるのだから、手を繋いではいなかった。
青の間でも、ハーレイの部屋に行った時にも。
(だから、どっちの手なのか分からなかったんだ…)
ハーレイが「ほら」と差し出してくれる手、それが左手か右手なのかが。
自分が右手で握るだろう手、それがどちらの手になるのかが。
(…だけど、今度は繋げるんだよね?)
さっきから夢を描いていたように、歩く時にも、バスの中でも。
お互いの邪魔にならない時なら、今度はキュッと繋いでもいい。
恋人同士になっていることを、隠さなくてもいいのだから。
前の生とは違うのだから。
そう思ったら、独りぼっちも少し寂しくなくなった。
いつかはハーレイと繋いでもいい手。
それを自分は持っているから、いつか二人で手を繋ぎ合って歩ける日がやって来るのだから…。
繋いでもいい手・了
※ハーレイと手も繋げないよ、と寂しかったブルー君ですけれど。手を繋げるのは今だから。
前の自分だった頃には繋げなかった、と気付いたら寂しさが紛れたみたいですねv