(ブルーの手か…)
今日も温めてやったんだが、とハーレイが思い出すブルーの右手。
ブルーの家に出掛けて行った日、帰って来てから夜の書斎で。
今は小さなブルーだけれども、前の生ではソルジャー・ブルー。
気高く美しかったブルーは哀しい最期を遂げてしまった。
その身と引き換えに沈めたメギド。
最後まで持っていたいと願った、大切な温もりを其処で失くして。
(…あの時、あいつが持って行ったなんて…)
まるで気付いていなかった。
前のブルーが触れて来た手から送られた思念、それに捕まってしまったから。
「頼んだよ、ハーレイ」と駄目押しのように届いた言葉に、心が凍ってしまったから。
ブルーは逝ってしまうのだと。
二度とシャングリラに戻りはしないと、戻るつもりも無いのだと。
自分にだけブルーが残した遺言、シャングリラの皆にはまだ明かせない。
けれども自分は聞いてしまった、知ってしまった、ブルーの覚悟を。
ブルーの思いを。
(…顔に出さないのが精一杯で…)
それ以上は何も考えられなかった、あの時の自分。
ブリッジを出てゆくブルーの背中に「お気を付けて」とも言えなかったほどに。
そんな具合だから、気付かなかった「ブルーが持って行った」こと。
思念を送り込もうと触れた腕から、前の自分の温もりを持って行ったということ。
それだけがあれば一人ではないと、何処までも一緒だと大切に抱いて。
自分の腕に触れた右の手、その手にしっかりと握り締めて。
(…あいつらしいと思えばそうだが…)
何もかも一人で決めてしまって、一人きりでメギドへ飛び去ったブルー。
一言話してくれていたなら、他に方法はあっただろうに。
ブルーが「駄目だ」と拒否したとしても、密かにジョミーに追わせるだとか。
太陽のように輝く笑顔が眩しかったジョミー、彼ならばやってくれただろう。
「ナスカは私がなんとかします」と、キャプテンとして伝えたならば。
頑固にナスカに残った仲間は責任を持って回収する、と。
そうしていたなら、ジョミーはブルーを追い掛けて飛んだことだろう。
生存者を探して赤い星の上を歩き回る代わりに、遠いメギドへ。
ブルーと共にメギドを沈めて、ブルーを連れて戻っただろう。
たとえブルーが傷を負っていても、命の焔が消えかけていても。
ジョミーならきっと連れて戻れた、ブルーの命の灯が消える前に。
今だから言えることなんだがな、と前の自分の決断を呪う。
どうしてブルーを行かせたのかと、キャプテンとしても失格だろうと。
(あの時の俺は、あれが正しいと思い込んでいて…)
ブルーの言葉を鵜呑みにした上、深く考えさえしなかった。
そう決めたのなら仕方がないと、恋人ではなくてキャプテンとして冷静に、と。
ブルーを「行くな」と止めてはいけない、「私も行きます」と追ってもいけない。
どちらも駄目だと、ブルーの決意を無駄にするなと自分に命じた。
ブルーが命を捨てて守る覚悟のシャングリラ。
自分はそれを守らなければと、それが自分の務めだからと。
(…俺がブルーと恋人同士でなかったら…)
咄嗟に引き止めていたかもしれない、ソルジャー・ブルーを。
「それは駄目です」と、「別の方法を考えましょう」と。
真のキャプテンなら、船の乗員を守るのが仕事なのだから。
(キャプテンってヤツは、最後まで船に残るものなんだ…)
船に何かが起こったら。
不慮の事故でも起きた時には、とにかく船にいる者たちを逃がすこと。
最後の一人が脱出するまで、キャプテンは船に残るもの。
前の自分が生きた時代は、そうだった。
人間が全てミュウになった今は、そういうルールは無くなったけれど。
キャプテンとして行動するなら、前の自分はブルーを止めるべきだった。
ブルーも船の乗員なのだし、おまけにソルジャーだったのだから。
「ただのブルーだよ」とブルー自身が言っても、皆が認めるソルジャー・ブルー。
彼を失くしてしまうよりかは、他の方法を探すべきだった。
それなのに、それをしなかった自分。
白いシャングリラからブルーを降ろして、それでいいのだと思った自分。
真のキャプテンなら、船から誰かを降ろす時には安全を確保するべきなのに。
降りたら命が無いと承知で降ろすことなど、許されないのに。
(…俺は間違えちまったんだ…)
ブルーの恋人だったから。
誰よりもブルーを失くしたくなくて、行かせたくなかったのが自分だから。
恋に囚われて判断ミスをしてはいけない、と心に固く掛けた鍵。
ブルーが自分に残した言葉を皆に悟られまいとして。
これが最後の別れだけれども、引き裂かれそうな心の叫びを顔に出してはいけないと。
今にして思えば痛恨のミスで、キャプテンとしても失格で。
けれども、前の自分にとっては精一杯の決断だった。
ブルーを引き止めないということ。
追ってゆきたいブルーの背中を、けして追ってはならないこと。
前の自分の判断ミス。
そうして失くしてしまったブルー。
キャプテンならばこうするべきだ、と下した決断、それが過ち。
ブルーの恋人だったばかりに、前の自分は間違えた。
恋人が逝ってしまうと知った衝撃、それがあまりに大きすぎたから。
心がすっかり凍ってしまって、気付き損ねた恋人の姿。
ブルーは自分の恋人であるよりも前に、ソルジャー・ブルーなのだということ。
命の重さは誰もが同じと言いはするけれど、喪えない命の持ち主なのだ、と。
ソルジャー・ブルーは、ただのミュウとは違ったのだから。
長い年月、皆を導き続けたソルジャー、神にも等しかったのだから。
(…そいつに俺は気付きもしなくて…)
ブルーをメギドに行かせてしまった、たった一人で。
何の手段も講じないまま、ブルーの命を救うための手を打たないままで。
恋人だったブルーを喪う衝撃、それで心が凍ったから。
冷静であろうと努めるあまりに、周りが見えなくなっていたから。
真のキャプテンならどうするべきかも、まるで考えなかったほどに。
船に最後まで残るべき立場、キャプテンよりも先に失われる命があってはならないのに。
キャプテンが船から降ろす以上は。
それが正しいと決めたからには、船を降りる者の命を守るべきなのに。
こうした方が生き延びられる率が高いだろう、と判断した時しか降ろせないのに。
(本当に俺は、何も見えてはいなかったんだ…)
前のブルーを失くすと気付いた瞬間から。
ブルーの思念が届いた時から。
キャプテンとしての決断でさえも誤る有様、それでは分かるわけがない。
ブルーが何を持って行ったか、何を大切に抱いていたのか。
(…俺の温もりだっただなんて…)
ずっと知らないままだった。
前の自分は最後まで知らず、今の自分が聞くまでは。
小さなブルーがそれを話すまでは、前のブルーの最期でさえも。
(あんなに撃たれて、その挙句に…)
前のブルーは失くしてしまった、銃で撃たれた痛みが酷くて。
最後まで持っていたいと願った、右手にあった温もりを。
それを失くして、メギドで独りぼっちになってしまったブルー。
(二度と俺には会えないと泣いて…)
泣いて、泣きじゃくって、涙の中で前のブルーの命は終わった。
温もりを失くした手が冷たいと、凍えた右手を抱えたままで。
その手に温もりは戻らないままで、独りぼっちで泣きじゃくりながら。
だからブルーは温もりを欲しがる、生まれ変わった今になっても。
「温めてよ」と右手を差し出す、「ハーレイの温もりが欲しいから」と。
再会してから、何度あの手を握ってやったことだろう。
小さなブルーの小さな右手を、両手でそっと包んでやって。
(お安い御用というヤツなんだが…)
たまにこうして苛まれてしまう、前の自分の判断ミス。
あの時、ブルーが温もりを持って出掛けたことにも気付かなかった前の自分。
(…気付くくらいの余裕があったら…)
きっと失くしていなかったよな、と前のブルーの手を想う。
どんな思いで触れて行ったかと、温もりを持って出掛けたろうかと。
それさえも分かってやれなかったのが、前の愚かな自分だから。
判断ミスをしてしまったような、馬鹿で愚かなキャプテンだから。
(…今度こそ、あいつを離しやしないさ)
いつまでも、何処までも、ブルーの手をギュッと握ってゆこう。
ブルーが離れてしまわないように、今度こそ二人、離れ離れにならないように。
恋人同士だと知れてしまっても、今度はかまわないのだから。
恋する二人は手を繋ぐもので、手を繋ぎ合って何処までも歩いてゆくのだから…。
繋げる手・了
※あの決断は間違っていた、と今のハーレイが悔やむ判断ミス。恋人同士だったからだ、と。
今度はブルーを離さないでいることが出来ます、ギュッと手を繋いで歩けますよねv