(やっぱりチビ…)
今日もチビのまま、と溜息をついた小さなブルー。
部屋の鏡を覗き込んだら子供の顔だし、手足だって子供。
ソルジャー・ブルーだった頃より、ずっと小さな子供がいるだけ。
何処から見たって子供でしかない今の自分が、チビの自分が。
チビのまんまで終わった一日、今日も育ちはしなかった。
制服の丈が短くなってはくれなかったし、靴も小さくなりはしなくて。
仕方ないからもぐり込んだベッド、起きていたって育たないから。
運動したなら効果があるかもしれないけれども、ただ起きていても無駄だから。
明かりを消したら、暗くなった部屋。
ぼんやりと見上げた部屋の天井、部屋の中には自分だけ。
(…独りぼっち…)
ぼくしかいない、とコロンと右へと寝返りを打った。
誰もいる筈がないベッドの上。
コロンと左の方を向いても、やっぱり自分がいるだけのベッド。
(…前のぼくなら…)
一人ではなかった、ベッドでは。
いつも隣にあった温もり、抱き締めてくれていたハーレイの身体。
眠りに落ちるまで寄り添ってくれて、眠った後も。
夜中にぽっかり目が覚めた時も、いつでも隣にあった温もり。
けれど今では独りぼっちで眠るしかない、チビだから。
ハーレイとキスを交わすことさえ出来ない子供になってしまったから。
なんとも悲しい、今の状況。
ハーレイはちゃんといるというのに、自分の隣にいてはくれない。
訪ねて来てくれて二人で夜まで過ごしたとしても、時間が来たら帰ってしまう。
「またな」と軽く手を振って。
何ブロックも離れた所へ、今のハーレイが住んでいる家へ。
この時間ならば、ハーレイはまだ起きているのだろうか。
チビの自分とは違って大人で、丈夫で夜更かしも出来そうだから。
夜遅くまで起きていたって、次の日の朝は颯爽と早起き出来そうだから。
(ハーレイ、早起きらしいもんね…)
仕事に行く前に軽くジョギング、そんな日も珍しくないらしいから。
明日の朝にも何処かへ走ってゆくかもしれない、早い時間に目が覚めたからと。
(…そんな時間があるんだったら、いて欲しいのに…)
自分の隣に寄り添って欲しい、ジョギングなどに出掛ける代わりに。
同じベッドで待っていて欲しい、自分がパチリと目を覚ますまで。
無理だと分かっているけれど。
こんなに小さなチビのベッドに、ハーレイが来てはくれないことは。
ベッドの広さの方もともかく、子供の自分。
キスさえ出来ないチビの自分は、恋人をベッドに入れられはしない。
ベッドに呼んでも、「馬鹿か」と鼻で笑われるだけで、ハーレイは決して来てはくれない。
子供のベッドにやって来たって、愛を交わせはしないのだから。
キスさえ出来ない子供相手に、そんなことなど出来ないのだから。
恋人同士で愛を交わす時間、同じベッドで眠れる時間。
自分はちっともかまわないのに、ハーレイとそうしたいのに。
ハーレイはキスさえ「駄目だ」と叱るし、恋人同士で過ごす夜など夢のまた夢。
自分の身体が小さい間は、チビの間は持てない時間。
こうしてベッドで独りぼっちで、コロンと隣を向いてみたって恋人の姿があるわけがない。
ハーレイの家はずっと遠くで、ハーレイのベッドも遠いから。
自分のベッドとはまるで違った場所にあるから、ハーレイはいない。
せっかく巡り会えたのに。
青い地球の上で会えたというのに、独りぼっちなベッドの上。
恋人は決して来てはくれない、「遅くなってすまん」と来てはくれない。
前のハーレイなら、自分が眠ってしまった後でも、そうっとベッドに来てくれたのに。
寝ている自分を起こさないよう、眠りを破ってしまわないよう、気を付けながら。
きっといつでも、心の中でだけ声を掛けてくれていたのだろう。
「遅くなってしまってすみません」と。
声に出したら、思念にしたなら、前の自分を起こすだろうから、心の中で。
謝りながらベッドに入って、眠る自分に寄り添ってくれた。
前の自分も、眠っていたってハーレイが来たと気付いていた筈。
朝になったら、ハーレイの腕の中でパチリと目が覚めたから。
いつの間にくっついていたのか分からない胸、広い胸の中に抱かれていたから。
そんな具合に過ごしていたのが前の自分で、夜はいつでもハーレイと一緒。
放っておかれたことなど無かった、ただの一度も。
(…ハーレイがヒルマンたちとお酒を飲んでた時だって…)
徹夜の宴になりはしないから、朝になったらハーレイがいた。
一人で眠った筈のベッドに、ちゃんといてくれた前のハーレイ。
それなのに今のハーレイときたら…。
(ぼくを放っておいても平気…)
「すみません」どころか、「すまん」とも言ったことが無い。
独りぼっちで眠るしかない今の自分に謝りもしない。
夕食を一緒に食べた後には、「またな」と手を振って帰ってゆくだけ。
側にいられないことを謝る気さえも無いのがハーレイ、当然だと思っているハーレイ。
キスさえ出来ないチビのベッドにいる必要などありはしないと。
いられないのが当たり前だし、帰ってゆくのが当たり前。
「すまん」と謝ってくれるわけがない、それが当然なのだから。
チビの自分と夜を一緒に過ごせはしないし、その必要も無いのだから。
(…チビの間は独りぼっち…)
こうして一人で眠るしかない、どんなに待ってもハーレイは来ない。
ソルジャー・ブルーだった頃なら、待ちくたびれて眠った後でもハーレイは来てくれたのに。
眠る自分を起こさないよう、そっと寄り添ってくれたのに。
(…チビのぼくだと…)
朝まで待っても来ないハーレイ、絶対に来てはくれない恋人。
キスさえ出来ないチビはチビだと、一人で寝るのが相応しいのだと。
悔しくて悲しい、ちっぽけな今の自分の身体。
チビになってしまった自分の身体。
前の自分と同じ姿をしていたのならば、ハーレイは隣にいるのだろうに。
自分を一人で放っておかずに、抱き締めていてくれるだろうに。
(朝だって、きっと…)
早く目が覚めたからジョギングでも、と思ったとしても、行かずに側にいてくれるだろう。
そうでなければ、そっと抜け出してジョギングに行って…。
(起きたらメモが置いてあるとか…)
「走ってくるから、ゆっくり寝てろ」と。
メモに気付いてベッドでウトウト寝なおしていたら、ハーレイが帰って来るのだろう。
「目が覚めたか?」と、「そろそろ起きて飯にするか?」と。
お土産を持っている日もあるかもしれない、「早くから店が開いていたから」と。
ちょっと入って買って来たからと、焼き立てのパンなどが入った袋を。
(…野菜なんかも買ってくるかもね?)
走りに行った場所によっては、畑で採れたばかりの野菜もありそうだから。
それを買おうと心づもりをして走りにゆく日もありそうだから。
ハーレイのお土産の焼き立てパンやら、新鮮な野菜が並んだ食卓。
自分の身体がチビでなければ、そういう朝もきっとある筈。
ハーレイと同じ家で暮らして、同じベッドで眠ることが出来る身体を持っていたならば。
十四歳の子供の身体ではなくて、前の自分と同じ姿をしていたならば。
それを思うと悲しいばかりで、チビの身体が恨めしい。
ハーレイとキスさえ出来はしないし、夜になったら独りぼっちのベッド。
せっかく二人で地球に来たのに、夢だった星に生まれて来たのに。
白いシャングリラで目指していた地球、二人で行こうと夢に見た地球。
あの頃の地球は死の星だったと今のハーレイから聞いたけれども、今では青く蘇った地球。
其処へ来たのに、ハーレイは側にいてくれない。
夜になったら「またな」と手を振って帰ってゆくだけ、独りぼっちで残される自分。
(…メギドの時とは違うんだけど…)
独りぼっちになってしまったと泣きじゃくりながら迎えた最期。
あまりにも悲しくて辛かった最期、絶望の中で死んでいった自分。
もうハーレイには二度と会えないと、絆が切れてしまったからと。
右手に持っていたハーレイの温もり、それを失くしてしまったから。
あれが本当の独りぼっちで、それに比べれば独りぼっちなどと言ってはいけないのだけれど。
ハーレイは隣にいてくれないだけで、二度と会えないわけでは決してないのだけれど。
(でも、独りぼっち…)
自分の隣に温もりは無くて、朝まで待ってもハーレイは来てはくれないから。
キスさえ出来ないチビのベッドに、恋人が来てくれる筈もないから。
(…ぼくが大きくならないと無理…)
ハーレイと一緒に眠りたければ、いつも隣にいて欲しければ。
遅くなった日には「すまん」と詫びながら、ベッドに入って来て欲しければ。
チビの間はその日は来ないし、キスさえ交わせはしないまま。
だからコロンと寝返りを打って、キュッと抱き締める自分の身体。
まだまだチビだと、もっと大きく育たないと、と。
「寝る子は育つ」と言うほどなのだし、しっかり眠れば育つだろう。
頑張って食事もしているけれども、きっと眠りも大切だから。
寝ている間に育つと聞くから、眠る前には祈るしかない。
早く大きくなれますようにと、少しでも育ちますようにと。
前の自分と同じ背丈に育ちたいから、ハーレイとキスをしたいから。
そうして一緒に眠りたいから、こんな夜には祈るだけ。
育ちたいから、早く大きくして下さいと。
前のぼくと同じになれますようにと、ハーレイの隣で眠れるようにして下さいと…。
眠る前の祈り・了
※ハーレイ先生のいないベッドで独りぼっちのブルー君。チビでは仕方ありません。
早く大きくなれますようにとベッドでお祈り、効果は無さそうですけどねv