(チビなんだが…)
すっかり小さくなっちまったが、とハーレイが思い浮かべるブルー。
夜、眠るために入ったベッド。
部屋の明かりも消したけれども、これが習慣。
小さなブルーを思い描いて、「いい夢を見ろよ」と心の中で言ってやるのが。
「メギドの夢なんか見るんじゃないぞ」と、眠っているだろうブルーに語り掛けるのが。
その声は届かないけれど。
けして届いてはくれないけれども、いつも、いつでも。
いい夢を見ろよと、朝までぐっすり眠るんだぞ、と。
(…チビでも、あいつは俺のブルーで…)
だから眠りを守ってやりたい、祈ることしか出来なくても。
側で抱き締めてはやれなくても。
十四歳の少年になってしまったブルー。
子供の姿に戻ったブルーを、少しでも守ってやりたいから。
前の生では何度も守ると誓っていたのに、言葉だけで終わってしまった誓い。
ソルジャー・ブルーだった前のブルーのサイオンは強くて、前の自分は守られる方。
白い鯨ごと、シャングリラごと、前のブルーに守られていた。
ブルーの命があった間は、ブルーがソルジャーだった間は。
(…最後の最後まで、俺はあいつに…)
守られ続けた、前のブルーが命尽きたその瞬間まで。
前のブルーはメギドを沈めて、シャングリラを守って逝ってしまったから。
何度も何度も「俺が守る」と誓った言葉は、本当にただの言葉だけ。
前の自分はブルーを守れず、守り切れずに失くしてしまった。
それどころか逆にブルーに守られ、そのためにブルーは命まで捨てた。
暗い宇宙で、忌まわしいメギドで独りぼっちになってまで。
泣きじゃくりながら死んでいったというのに、前のブルーは守ってくれた。
前の自分を、白い鯨を。
ミュウの仲間たちを乗せた箱舟、それが地球へと旅立てるように。
(…そんなあいつがチビになって…)
戻って来てくれた、自分の前に。
前の自分は死んでしまって、今は新しい自分だけれど。
あれから長い時が流れて、青い地球が宇宙に戻った時代。
そこまでの時をブルーと二人で飛び越えて来た。
青い地球の上で再び出会えた、愛おしい人に。
少年の姿になったブルーに、十四歳にしかならないチビのブルーに。
出会った時には、自分もしていた勘違い。
ブルーの姿は小さくなっても、中身は同じにブルーなのだと。
前の自分が愛した通りのブルーの魂、それが戻って来たのだと。
小さくなってしまっただけで。
身体だけがチビに戻っただけで。
(あいつが「ただいま」って言った時には…)
溢れる思いが止まらなかった。
小さなブルーの最初の言葉は「ただいま、ハーレイ。…帰って来たよ」。
どれほどにそれが嬉しかったか、その言葉を聞きたいと待ち続けていたか。
前のブルーを失くした日から。
メギドで失くしてしまった時から、何度聞きたいと思ったことか。
手では触れられない思念体でも、幽霊でもいいから、また会いたいと。
どんな姿になっていようとも、ブルーが帰って来てくれたらと。
「ただいま」という声が聞きたくて、「ただいま」とブルーに言って欲しくて。
叶いはしないと諦めていても、それでも聞きたいと願った言葉。
それをブルーは口にした。
前の自分が願い続けた、聞きたいと祈り続けた言葉を。
ようやくブルーに会えたと思った、最後まで愛し続けた人に。
前の自分が命尽きるまで、会いたいと願い続けた人に。
地球の地の底、崩れ落ちて来た瓦礫に押し潰されるまで。
その瞬間にも笑みさえ浮かべて、「これで会える」と思った人に。
小さなブルーの唇が紡いだ「ただいま」の言葉。
前の自分が願った通りに、聞きたかった通りにブルーは言った。
「ただいま」と、それに「ハーレイ」と。
「帰って来たよ」と、子供の声で。
前のブルーの声とは違った、声変わりしていない愛らしい声で。
姿も子供のものだったけれど、中身はブルーだと思い込んだ自分。
ブルーの魂がそのまま戻って来てくれたのだと、小さな身体に宿ったのだと。
だから抱き締め、その温もりを確かめずにはいられなかった。
本当に帰って来てくれたのだと、生きているブルーにまた会えたのだと。
(…あの時、キスをしなかったのは…)
それどころではなかったからだ、と今にすれば思う。
自分もブルーも互いの命の温もりを抱き締めたくて、その温もりに酔っていたから。
愛おしい人と生きて会えたこと、もう一度巡り会えたこと。
その喜びだけで心が一杯になって、ただただ、確かめたかったから。
生きているのだと、その温もりを。
愛おしい人が此処にいるのだと、こうして再び巡り会えたと。
そうしている間に、ブルーの母がやって来たから。
慌てて解いてしまった抱擁、離れてしまった互いの身体。
もう少しばかり、ブルーの母が現れるのが遅かったならば…。
(…キスしちまったんだろうな、何も知らずに)
ブルーへの想いが溢れるままに。
愛おしい人との再会のキスを、喜びのままに唇へのキスを。
あの時にはまだ、勘違いしたままだったから。
ブルーはすっかり前と同じだと、身体が小さくなっただけだと。
あと少しばかり時間があったら、きっと唇を重ねていた。
前の自分が失くしてしまったブルーが帰って来たのだから。
聞きたいと願い続けた言葉を、「ただいま」と紡いでくれたのだから。
それを紡いだ桜色の唇、それを覆っていただろう。
今の自分の唇で覆い、キスを交わしていたことだろう。
ブルーが子供だと気付かないまま、魂は前と同じなのだと勘違いをして。
長く離れていた恋人同士の再会のキスを、溢れる想いが止まらないままに。
(…そうなっていたら、どうなったんだか…)
ブルーにキスをしていたら。
小さなブルーにキスをしていたら、それから後は。
(あいつ、キスばかり強請ってやがるが…)
果たして本当に分かっているのか、その辺りが謎。
唇へのキスはどんなものなのか、恋人同士のキスはどういうものか。
小さなブルーは不満たらたら、キスが出来ないことを恨んでいるのだけれど。
自分の身体が小さいせいだと、そうでなければキスが出来たと不満で一杯なのだけど。
(…今のあいつに分かってるんだか…)
恋人同士が交わすキス。
ただ唇に触れるだけでは終わらないキス、それの甘さが、その激しさが。
小さなブルーは「知ってるってば!」と膨れっ面になりそうだけれど、怪しいもの。
実際の所は、きっと分かっていないだろう。
今の幼い身体と心に相応しく忘れているのだろう。
甘かったことだけが、今も記憶に淡く残っているだけで。
そういうキスを交わしていたこと、それが幸せだったこと。
その思い出が残っているだけ、ぼやけてしまっているのだろうキス。
幸せだったと、甘かったと。
だからキスをと、「ぼくにキスして」とブルーは強請ってくるのだろう。
もしも本当にキスをしたなら、望み通りのキスをしてやったなら…。
(パニックになるのか、泣き出すんだか…)
その光景が目に見えるよう。
赤い瞳が真ん丸になって、驚き慌てるブルーの姿が。
「何をするの!」とビックリ仰天、「こんなのじゃない」と叫ぶ姿が。
自分が欲しかったキスはこれとは違うと、もっと優しくて甘かったから、と。
出会ったあの日に、ブルーが「ただいま」と言ったあの時、キスをしようとしたならば。
ブルーにキスを贈っていたなら、そういう騒ぎになったかもしれない。
小さなブルーは逃れようともがいて、自分の方でも何が起こったかと驚いて。
(なんだってキスを嫌がるんだか、と思ったろうなあ…)
嫌われたのかと焦ったかもしれない、何かブルーに嫌われることをしたのかと。
まさか子供だとは思わないから、中身はすっかり前のブルーだと思っていたから。
(…どうやら運が良かったらしいな、俺ってヤツは)
キスを贈る前に、ブルーの母が現れたこと。
小さなブルーにキスをする前に、再会のキスをしてしまう前に。
ウッカリそれを贈っていたなら、きっと今でも…。
(何かって言えばキスを強請るんだ、あいつはな)
パニックになったことなど忘れて、「ぼくにキスして」と。
「あの時はちょっとビックリしただけ」と、「もう平気だから、ぼくにキスして」と。
(しかしだ、そうはいかないってな)
ブルーはすっかり子供だから。
身体と同じに中身も子供で、キスどころではないのだから。
いつか育ってキスを交わせるほどの背丈になるまでは。
(それまでは、俺も独り寝ってわけで…)
寂しいけれども、そんな日々さえ愛おしい。
ブルーは帰って来てくれたのだし、もうそれだけで充分だから。
幸せに眠ってくれればいい。
自分のベッドで、怖い夢など見ることもなく。
だから今夜も祈り続ける。
「いい夢を見ろよ」と、「朝までぐっすり眠るんだぞ」と…。
眠る前の儀式・了
※ブルー君がいい夢を見られるように、と祈り続けるハーレイ先生。毎晩、ベッドで。
愛されているブルー君ですけど、「キスが出来ない」と今夜も不満たらたらでしょうねv