(…なんだか変…)
こうやって見たらホントに変、とブルーが眺めたフォトフレーム。
夏休みの終わりにハーレイと写した記念写真。
それがあることは嬉しいけれども、ハーレイの写真は大好きだけれど。
一緒に写った自分が問題、ハーレイの腕に抱き付いた自分。
両腕でギュッと、それは嬉しそうに。
弾けるような笑顔の自分の、あの日の気持ちは今も鮮やかに蘇る。
ハーレイと二人で写真が撮れると、腕に抱き付いてもいいだなんて、と。
(…前のぼくだと、こんなのは無理…)
今と同じに恋人同士で、長い時を共に暮らしたけれど。
誰にも言えない秘密の仲では、こんな写真を写せはしない。
だから本当に心が躍った、ハーレイと二人で記念写真を撮るんだから、と。
ハーレイも自分もとびきりの笑顔、きっと最高の記念写真。
見る度に幸せになれる写真で、飽きずに何度も眺めるけれど。
(…ぼくがチビだなんて…)
それがなんとも変に思える、こうして気付いてしまった日には。
恋人同士にはとても見えない、大人と子供の記念写真。
教師と教え子、それを抜きにしても、やっぱり大人と子供でしかない。
あまりにも違いすぎるから。
背丈もそうだし、顔立ちだって。
すっかり大人のハーレイの隣、チビで子供の自分の姿。
今は馴染みの姿だけれども、前はこうではなかった自分。
前のハーレイと暮らした頃は。
ソルジャー・ブルーだった頃には。
成人検査でミュウになってしまい、何もかもが狂ってしまったあの日。
大人への道を歩む代わりに、待っていたのは地獄だった。
子供たちを迎える教育ステーション、其処への扉は開かなかった。
気付けば記憶もすっかり失くして、自分が誰かも、もう分からなくて。
どれほどの時が流れたのかも、今はいつかも、自分には関係無かった世界。
何一つ変わりはしないから。
地獄の果てなど見えはしなくて、出られるとも思っていなかったから。
そんな日々だから、自分の姿も気に留めてなどはいなかった。
少しも成長しない自分を、変だとも思わなかった日々。
時が流れれば子供は育つと、大きくなるのだという基本さえも忘れていたかもしれない。
本当にどうでもよかったから。
生きていようが、死んでいようが、それさえも。
身体は生きていたのだけれども、魂は死んでいたのだろう。
地獄の日々が終わるのだったら死も悪くないとさえ、思った記憶は無かったから。
地獄よりは死を、と願いすらもせず、生かされるままに生きていただけ。
考えることはとうに投げ捨て、何も願わず、夢さえも見ずに。
それでは育つわけがない。
未来が無いなら、何一つ見えていなかったのなら。
前の自分がミュウでなければ、それでも育ちはしただろう。
骨と皮ばかりに痩せていたとしても、生気の失せた顔であっても。
けれども、自分はミュウだったから。
意志の力で成長を止める能力を秘めていたから、成長はそこで止まってしまった。
自分でも気付かない内に。
育たないことを変だと思いさえせずに、時だけが周りを流れて行った。
今がいつかも分からない日々、終わりの見えない地獄の日々。
それが本物の地獄になった日、世界はガラリと姿を変えた。
燃え上がる炎と崩れゆく星、まさにこの世の終わりだった日。
アルタミラという星は壊れて、気付けば宇宙に飛び出していた。
初めて出会った仲間たちと共に、一隻だけあった宇宙船で。
共に暮らす仲間と居場所とが出来た、それまでは何も無かった世界に。
そうしたら、育ち始めた自分。
まるで意識していなかったのに。
自分で自分にかけただろう呪い、成長を止めていた呪い。
それを解こうと思うことすらしなかったのに。
自分に呪いをかけたことさえ、自分では知りもしなかったのに。
ある日、気付いたら伸びていた背丈。
前のハーレイの隣に立ったら、「でかくなったな」と撫でられた頭。
「この間までは、こんなだったぞ」とハーレイが手で示した高さ。
俺の此処までしか無かったのに、と。
(…あれでどのくらい伸びてたのかな?)
二センチか、あるいは三センチか。
前の自分を気に掛けてくれていたハーレイだから、一センチでも分かったかもしれない。
少し伸びたと、大きくなったと。
それが育ったと気付いた始まり、あの船で成長していった自分。
見上げるようだったハーレイの背丈、隣に立っては比べてみていた。
前よりも少し伸びただろうかと、今の背丈はどのくらいかと。
ハーレイとの差が縮んでいったら、顔立ちまでが変わっていった。
丸みを帯びた子供の顔から、幼さが抜けて。
背丈が伸びれば、その分だけ。
育った分だけ、顔も大人のそれへと近付く。
鏡を覗いて「あれ?」と何度も驚いたほどに、知らない間に続く成長。
自分の顔はこうだったろうかと、また大人っぽくなったけれど、と。
そうして育って、大人になって。
これくらいがいい、と止めた成長、今度は自分自身の意志で。
自分の立場やサイオンの力、そういったものを考えて成長を止めた。
今の姿が一番だろうと思ったから。
相当に若い姿だけれども、持てる力を最大限に使うためにはこの姿だろう、と。
(それでもハーレイよりかはチビ…)
生憎と、さほど伸びなかった背。
船の仲間たちと比べれば、けして低くはなかったけれど。
標準的な背ではあったけれども、ハーレイにはとても敵わなかった。
追い越したいとまでは思わなかったものの、あれほどの差が残るだなんて…。
(…負けたと思っていたんだけどな…)
肩を組もうにも、上手くいかない有様だから。
チビだった頃と同じなのでは、と悔しくなるほど、顔を見上げるしかなかったから。
もっとも、後には、それで良かったと思う日がやって来たのだけれど。
ハーレイよりもずっとチビで良かったと、この姿だから存分に甘えることが出来ると。
自分が今より大きかったなら、とても抱き上げては貰えないから。
ハーレイの大きな身体に包まれるようにして、眠ることだって出来ないから。
(だけど、あの頃とはチビの程度が…)
まるで違っているんだけれど、と悲しくなるのが今の現実。
本物のチビに戻った自分。
アルタミラで初めてハーレイに出会った、あの頃と全く変わらないチビに。
チビはチビでも本物のチビに、育つよりも前のチビの姿に。
(…前のぼくだと…)
ハーレイと記念写真を撮っても、こんな風にはならないだろう。
同じように両腕で抱き付いていても、もっと背が高くて変わるバランス。
(ちゃんと恋人同士なんです、って…)
そういう写真になっていたろう、前の自分の背丈があれば。
前の自分の顔をしていれば。
ハーレイの腕に抱き付いていても、恋人の腕に抱き付いた写真。
公園なんかで、カップルたちが撮っているように。
幸せそうな顔で二人並んで、「お願いします」とシャッターを切って貰っているように。
(…そういうのが撮れた筈なんだけど…)
自分がチビでなかったら。
チビだというのは変わらなくても、前の自分と同じ程度のチビだったなら。
そう、ハーレイの隣に立った時だけ、小さく見えてしまう程度のチビ。
他の仲間たちと一緒にいたなら充分に大人、そこまで育っていた自分。
確かにそこまで育っていたのに、その姿で死んだ筈なのに。
何故だか自分は縮んでしまった、それよりも前のチビの姿に。
背丈も、大人だった筈の顔立ちも、何処かへ落としてしまったらしい。
なにしろ、すっかりチビだから。
どうしようもなくチビで子供で、写真を撮ったら、こうなるのだから。
なんとも悲しい、ハーレイとの差。
年の違いも大きいけれども、違いすぎる背丈。
(…このせいでキスも出来ないし…)
前の自分と同じ背丈になるまでは。
それまでは駄目だとハーレイに言われた、唇へのキス。
恋人同士のキスは出来なくて、記念写真を一緒に撮っても、この始末。
誰に見せても教師と教え子、そうでなければ「親戚のおじさん?」と訊かれそうな写真。
「恋人が出来た?」と誰も訊いてはくれないだろう。
憧れの人だと思われるのがせいぜい、スポーツクラブのコーチだとか。
(…ぼくはスポーツ、やってないから…)
やはり「親戚のおじさん」コースが一番妥当な所だろうか。
ハーレイが学校の教師だということを、知らない誰かに見せたなら。
得意満面で披露したって、きっとそういうオチになる。
恋人同士の記念写真だと自慢したくても、相手が勝手に勘違い。
ようやく二人で撮れたのに。
前の生では無理だった写真、恋人同士でくっつき合って写せた最初の一枚なのに。
(ぼくが育っていないだなんて…)
それだけでこうも違ってくるか、と写真を見詰めて零れる溜息。
チビでなければ素敵な写真になったのだろうに、あちこちで自慢出来たのに。
前の自分たちのことは言わないにしても、「ぼくの恋人!」と。
大好きな人と二人で撮ったと、この人がぼくの恋人だから、と。
(…今のハーレイ、うんと人気だから…)
羨ましがる人もきっといる筈、と思い浮かべる学校の生徒たちの顔。
ハーレイが今までに教えた生徒も、大人になってもハーレイを慕っているらしいから。
(…ぼくがチビにさえなってなければ…)
記念写真の自慢も出来るし、もちろんハーレイとキスだって出来た。
いったい何処に落として来たのか、前の自分が育った分の背丈と大人の顔立ちと。
生まれ変わる時に何処かにヒョイと置いてそのまま、忘れて地球まで来てしまったとか。
(…そんなのだったらどうしよう…)
バスに荷物を置き忘れるように、育った自分を置き忘れて来てしまったろうか?
それなら自業自得だけれども、やはり悲しくて悔しくなる。
どうして荷物を確認しないで来たのだろうかと、ウッカリ者めと。
(だけど、行き先、地球だったんだし…)
はしゃぎすぎて、ワクワクし過ぎてしまって、忘れたのなら仕方ない。
前の自分が焦がれ続けた星だから。
荷物くらいは忘れて来たって、ハーレイと二人で地球まで来られたのだから…。
育ってないぼく・了
※ブルー君がハーレイ先生と一緒に写した記念写真。チビでなければカップルの写真。
それを考えては、たまにガックリ。そういう日々も、きっと幸せv
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