(不思議なもんだな…)
ブルーがチビになっちまうなんて、とハーレイが眺めたフォトフレーム。
夏休みの終わりに二人で写した記念写真。
今の自分の腕に両腕でギュッと抱き付いて笑顔のブルーは、まだ子供で。
アルタミラで出会った頃と同じに本当に子供、まだまだ少年。
あれから大きく育ったブルーを、自分は見ていた筈なのに。
正確に言えば前の自分が、側で見ていた筈だったのに。
(…まさか縮むとは思わないよな?)
いくら俺でも、とあの頃の自分を思い出す。
前のブルーと共に暮らしたシャングリラ。
少年だったブルーが育ってゆくのが嬉しかった自分。
長く成長を止めていたらしいブルー、それが育ってゆくのだから。
船での暮らしがブルーにはいいと、育ってゆけるのはいいことだと。
アルタミラの地獄から無事に解放されたからこそ、ブルーは育ち始めたのだと。
目に見えるほどに毎日、毎日、育ったわけではないけれど。
古典に出て来る「かぐや姫」のように、アッと言う間に大きく育ちはしなかったけれど。
それでも、何度気付いたことか。
また育ったなと、前よりも伸びたブルーの背丈に。
大人びてきたなと、その面差しに。
楽しみにしていたブルーの成長、それは素晴らしいことだから。
前のブルーの比類なきサイオン、育てば能力の方だって…。
(ぐんぐん伸びていたかもしれんが、そっちはなあ…)
まるで気にしていなかった。
もっと強くと一度も願いはしなかった。
早く育って、強いブルーになってくれとは。
ただただ、嬉しかっただけ。
今のブルーは育ってゆけると、まだまだ大きくなれるのだと。
長い年月、育ちもしないで少年の姿でいたというのに。
成人検査を受けた日のまま、少しも育ちはしなかったのに。
(止まってたものが動き出すのはいいことなんだ)
本来だったら動く筈のもの、それが止まってしまっていたら。
早く動かしてやらなければ、と思うのが普通、どんなものでも。
止まってしまった置時計だとか、立ち往生した車だとか。
それが再び動き出したら、走り始めたらホッとするもの。
こうでこそだと、これが正しいと。
だから、人でも同じこと。
育ってゆくべき筈の子供が、子供のままでいたならば。
成長を忘れていたならば。
前の自分は、成人検査よりも前の記憶をすっかり失くしていたけれど。
記憶を殆ど奪われたけれど、覚えていた「子供は育つ」ということ。
(育ち切ったら、後は老けていくだけなんだがな?)
老けると言うか、年を重ねると言うか。
今の自分が前と同じに、こういう姿になっているように。
けれども、それよりも前の子供は育つもの。
目に見えなくても日に日に大きく、そして気付けば大人になるもの。
それが正しいと、本当なのだと覚えていたから、とても嬉しかったブルーの成長。
やっとブルーも育ち始めたと、あるべき姿に戻ったのだと。
伸びてゆく背丈も、大人びてゆくその顔立ちも。
とても良かったと、この船でブルーは幸せなのだと。
そうでなければ、きっとブルーは育ちはしないで子供のままでいただろうから。
育っても何も変わりはしないと、育つことを忘れていただろうから。
(あいつの時計は止まっちまって…)
育つことさえ忘れてしまった。
自分が何者なのかも忘れて、行くべき場所さえ無かったから。
あの時代の子供たちが向かった教育ステーションすら、ブルーのためには無かったから。
自分が誰かも分からない上に、目標さえも無かったブルー。
それでは育つわけがない。
止まってしまったブルーの時計は動いたりはしない、未来が無ければ。
もしもブルーが、ミュウでなければ。
成長を止める能力を持ったミュウでなければ、それでも育ちはしただろう。
閉じ込められていても、辛い日々でも、未来が無くても。
けれど、ブルーはミュウだったから。
そのせいで未来も、記憶も失くしてしまったから。
育つことすら忘れてしまって、長い長い時を少年のままで過ごしていた。
他のミュウたちは自分も含めて、ちゃんと育っていたというのに。
(あいつと出会って、育ち始めたことに気付いて…)
どんなに嬉しく、心が弾んだことだろう。
大きく育ってゆくブルー。
ある日ふと見れば伸びている背丈、それに大人びて見える面差し。
もっと大きくと、元気に育ってくれと願った、気付く度に。
また育ったなと気付かされる度に。
(どこまで育つんだろう、ってな)
ブルーの背丈が何処まで伸びるか、顔立ちはどう変わるのか。
いつか成長を自分の意志で止める日までに、ブルーはどれほど育つのかと。
ただ楽しみに見守った自分、「大きくなれよ」と。
ブルーのサイオン能力は抜きで、純粋な意味で。
どんなブルーが出来上がるのかと、どういう姿に出会えるのかと。
(そしたら、凄い美人が出来てだ…)
男だったけれど、誰が見たって「美しい」と形容しただろうブルー。
それに気高さ、この世のものとも思えないほどに美しく成長したブルー。
育つことを本当に止めたブルーは、誰もが振り向く美人になった。
あの船の中では皆が顔馴染み、知った顔ばかりが揃っていても。
ブルーがいるだけで空気が違った、能力や立ち位置を別にしたって。
まるで一輪の花を添えたよう、一輪だけでも「花があるな」と気付く花。
(大輪の薔薇ってわけじゃないんだが…)
どちらかと言えば百合だったろうか、誇らしげに咲く薔薇よりは。
清楚でありながらも香り高い百合、俯いて咲いても人の視線を惹き付ける百合。
ブルーはそういう姿に育った、それは気高く美しい人に。
ソルジャーの肩書きが無かったとしても、きっと特別だったろう人に。
たとえ人目に立たない所が、目立たない仕事がブルーに振られていたのだとしても。
シャングリラの通路を掃除する係や、厨房の裏方だったとしても。
其処にブルーがいると気付けば、誰もが一瞬、目を奪われる。
そういう具合になっていたろう、あれほど美しくなったのだから。
せっせと皿洗いをしていたとしても、床をモップで拭いていたとしても、ブルーはブルー。
その美しさは損なわれないし、気高さだって。
思った以上の姿に育って、皆の心を捉えたブルー。
おまけにソルジャー、シャングリラの皆が誇らしい気持ちで仰いだソルジャー。
自分たちの長は特別なのだと、これほどの人は何処にもいないと。
強いサイオンもそうだけれども、姿も、気高いその心も。
(成長を止めた後にも、あいつは育って…)
姿ではなくて、中身の方。
前のブルーの魂そのもの、それは止まらずに育ち続けた。
仲間たちを思い、ミュウの未来を、地球を求めて、ただひたすらに。
降りられる地面を持たない箱舟、シャングリラを守り、皆を未来へと導き続けて。
ソルジャーゆえの深い悲しみや憂い、それを誰にも見せることなく。
苦しみや辛さも育つ糧だった、前のブルーの魂には。
(そうして育って、育ち過ぎちまって…)
逝っちまった、と思わず噛み締めてしまった唇。
ブルーは帰って来たのだけれども、小さなブルーがいるのだけれど。
あの悲しみは忘れられない、前のブルーを失くしたことは。
たった一人でメギドへと飛んで、二度と戻って来なかったブルー。
そんな決断が出来る所まで、育たなくてもよかったのに。
自分の命を投げ出せるほどに、皆のためにと犠牲になる道を選べるほどに。
もっとブルーが弱かったならば、きっと行ってはいなかった道。
それを思えば育ち過ぎだった、前のブルーは。
育ってゆくのを止めもしないで、最後まで。
並みの人間には出来ない決断、それを迷わず下せたほどに。
(前のあいつは、最後まで育つ一方で…)
挙句に命を捨ててしまった、まるで総仕上げをするかのように。
これが自分の生き方だったと、このために自分は今日まで生きたと。
(後悔はしたと言ってたが…)
それはごくごく個人的なこと、前の自分の恋人としてのブルーの想い。
前の自分の温もりを失くした右手が凍えて、泣きじゃくりながら死んだブルーだけれど。
ソルジャーとしてのブルーには微塵も無かった後悔、悔いは無かったらしい人生。
あんな最期を迎えても。
看取る者さえいない所で、暗い宇宙で命尽きても。
(…最後の最後まで育ちやがって…)
そうしてブルーは伝説になった、今の時代も語り継がれる英雄に。
知らぬ者など誰一人いない、誰もが褒め称える人に。
(…そうやって育って、育ち続けて…)
逝ってしまった筈のブルーが、何故だか小さく縮んでしまった。
今の小さなブルーの姿で、前の自分が初めて出会った頃の姿で帰って来た。
サイオンすらも上手く扱えない、不器用なチビのブルーになって。
(…まさか縮むと誰が思うんだ?)
ブルーといったら育つもので、と苦笑する。
最後まで育って育ち続けて、そのせいで逝っちまったほどだったのに、と。
思いもしなかったことだけれども、縮んだブルーが愛おしい。
小さなブルーが、これから育つのだろうブルーが。
せっかく小さく縮んだのだから、今度は育ち過ぎないのがいい。
姿は育って欲しいけれども、中身の方はほどほどに。
前のブルーのようにはならずに、甘えて頼ってくれればいい。
今度は自分が守るから。
そう、今度こそは自分がブルーを守るのだから…。
育ち過ぎたあいつ・了
※前のブルーは育ち過ぎだった、と考えてしまうハーレイ先生。強く育ってしまったブルー。
今度はほどほどがいいらしいです。甘えん坊でも、頼りなくても、それがお好みv
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