(…ぼくの部屋だと、此処でおしまい…)
壁なんだよね、とブルーが眺める自分の部屋。
ベッドに入る前のひと時、ベッドの端に腰掛けて。
今の自分のためにある部屋、小さな頃から此処で暮らした子供部屋。
幼かった頃は、眠る時には両親の部屋へ行ったけれども、昼間は子供部屋にいた。
好きなオモチャを並べて遊んで、他にも色々、その日の気分。
子供用のベッドが置かれた後には、此処が自分のお城になった。
本当に自分のためだけの部屋で、いつ眠るのかも自分の自由。
「早く寝なさい」と言われたりはしても、寝かしつけようと母が来たりはしないから。
父も同じで、「もう寝ないとな?」と明かりを消されはしないから。
そんな気に入りのお城だけれども、今では変わってしまった事情。
(…広さはもっとあったんだよ…)
壁があったのはずっと遠く、と見回してみても消えない壁。
部屋は四角く壁に囲まれて、そこで切り取られた空間。
扉を開けても広がりはしない、今の自分が住んでいるお城。
窓を大きく開けてみたって、その向こうに庭が広がるだけ。
庭の広さは部屋の広さに足されはしなくて、部屋はやっぱり四角いまま。
(…狭い部屋ではないんだけれど…)
ベッドの他にも勉強机やクローゼットや、ハーレイが来た時に使うテーブル。
そのテーブルとセットの椅子だって二つ、それだけ置いても狭くない部屋。
けれども、部屋は小さな四角。
今の自分の瞳で見たなら、ぐるりと部屋を見渡したなら。
じいっと壁を睨み付けても、消えてなくなりはしない壁。
向こう側が透けて見えたりもしない、サイオンの扱いが不器用だから。
仕方ないから、目を閉じてみた。
そしたら壁はもう見えないから、何を見るのも自分の心次第だから。
(…壁はずっと向こう…)
普通に見たって見えなかった、と思い浮かべた広大な部屋。
前の自分が暮らした青の間、ソルジャー・ブルーのためにあった部屋。
とてつもない広さを持っていた部屋、今の自分が住んでいる家がすっぽり入るくらいに。
深い海の底のようにも思えた照明、青を基調としていた灯り。
明るさを抑えてあったお蔭で、何処が壁だか分からなかったほど。
サイオンを使えば見えたけれども、肉眼では闇があっただけ。
何処まで続くか分からない闇が、果てなど何処にも無さそうな闇が。
(…今のぼくだと、見えないよね?)
不器用すぎるサイオンの力は、あの壁を捉えられないだろう。
どんなに瞳を見開いてみても、目を凝らしても。
(…ホントに広すぎ…)
壁が見えない部屋なんて。
いくら照明のせいであっても、狭い部屋なら壁は此処だと分かる筈。
今の自分の子供部屋でも、夜に明かりを消してみたって壁のある場所は分かるから。
あそこが壁だ、と四角い部屋の広さは把握出来るのだから。
広すぎた前の自分の部屋。ソルジャー・ブルーが暮らしていた部屋。
思い出そうにも、目を開けていたら上手くいかない。
今の自分の小さなお城が邪魔をして。
壁で四角く囲まれた空間、それよりも外には飛んでゆけない。
想像の翼を広げて飛ぼうとしたって、壁に当たって行き止まりだから。
(…ちょっぴりなら頭に浮かぶんだけど…)
青の間を丸ごと思い浮かべるなら、瞳を閉じてしまうしかない。
今の自分が見ている世界を視界から消してしまうしかない。
そうして両方の目を閉じてみたら、やっと青の間が見えて来る。
前の自分が過ごしていた部屋、ソルジャー・ブルーのためだけの部屋が。
(…ずうっと広くて、こっちがスロープ…)
壁とは違う方を向いたら、緩やかな弧を描いたスロープ。
青の間と外とを繋ぐスロープ、そのスロープもまた長かった。
部屋の入口から中へ入って、かなり歩かないと上には着かない。
前の自分が暮らしたスペース、ベッドなどが置かれた所にまでは。
(一応、途中に出られるルートは…)
あったのだけれど、滅多に使われなかったそれ。
スロープの途中に出るためのルート、ジョミーは其処からやって来た。
初めて青の間に現れた時は、そのルートから。
スロープを上って来たりしないで、いきなり姿を現したジョミー。
彼らしいと言えば彼らしい。
入口に続く正規の通路も、自分は教えた筈なのに。
青の間に来るための道はこれとこれだ、と誘導してやった筈なのに。
(すっ飛ばしたのがジョミーなんだよ)
青の間を訪れる者は誰でも、入口から入るのが白いシャングリラでの礼儀作法。
ソルジャーのプライベートな空間、其処へいきなり飛び込むことは不作法で。
スロープの途中へ出られるルートは、本当に殆ど使われなかった。
単にあったというだけのルート、ハーレイでさえも滅多に使いはしなかった。
前の自分と一番親しく、恋人同士でもあったのに。
そうでなくても礼儀作法など、自分は気にしていなかったのに。
(…ハーレイだって使わなかったのに…)
いつも律儀に歩いたハーレイ、入口から入ってスロープを上って。
急ぐ時には走ったりもした、前の自分が体調を崩して倒れそうになっていた時だとか。
(そんな時でも、ハーレイはスロープ…)
ノルディを呼びに走った時には、ノルディと一緒に短縮ルートで来たけれど。
スロープの途中へ出て来たけれども、それ以外は大抵、スロープだった。
(…ハーレイ、真面目なんだから…)
恋人同士になった後でも、敬語を使い続けたハーレイ。
「キャプテンですから」と、「皆の前でウッカリ間違えたらマズイですからね」と。
今でこそ普通に話してくれるけれども、前のハーレイはいつでも敬語。
スロープの途中へ出られるルートも、個人的な用では使わなかった。
恋人の所へ急ぐのだったら、使ってくれても良かったのに。
前の自分は咎めはしないし、むしろ喜んだだろうに。
(でも、ハーレイは使わなくって、ジョミーが来ちゃった…)
よりにもよって、初対面で。
誰もが敬意を表するソルジャー、それがどうしたと言わんばかりに。
やるかもしれない、と思ってはいた。
ジョミーだったらやりかねないと。
その型破りな考え方こそ、前の自分が求めていたもの。
前の自分には無かった強さを持っていたジョミー、常識に囚われないジョミー。
彼なら新しい時代を築いてくれるだろうと、きっと地球へも行けるだろうと。
だから教えた、あのルートを。
来られるものなら来てみるがいいと、誰も此処から来はしないが、と。
ジョミーは全く、それと気付いていなかったけれど。
青の間へと続いているだろう通路、それを求めて闇雲に走っていただけだけれど。
(…どっちからでも来られたのにね?)
ジョミーが走っていた通路なら。
スロープへと続く入口の方でも、スロープの途中へ出るルートでも。
どちらを選ぶのもジョミー次第で、前の自分は誘導しただけ。
「青の間はこっちだ」と心を読ませて。
前の自分が知っていた道筋、それを自由に読み取らせて。
そしてジョミーは迷わず選んだ、前の自分に挑むかのように。
この通り自分はやって来たのだと、文句があるかという勢いで。
(エラたちが見てたら、お説教だよ)
次からは入口を通るようにと、スロープを上って来るようにと。
ジョミーがどれほど怒っていようと、聞く耳を持っていなくても。
(あの時はリオしかいなかったから…)
ジョミーがソルジャーに無礼を働いたことは、最後までバレはしなかった。
リオには「言うな」と口止めをしたし、ハーレイにだって…。
(こうだったよ、って報告して…)
あの時、前の自分の表情は多分、輝いていたことだろう。
ジョミーは本当に強い子供だと、彼ならばきっと地球まで行けると。
とんでもない場所からやって来たから、あれほどの強さがあったらきっと、と。
(ハーレイ、眉間に皺だったけどね…)
苦虫を噛み潰したような顔をしていたハーレイ。
ジョミーはシャングリラを離れて家に戻ったし、それだけでもハーレイが怒るには充分。
そこへ無礼極まりない青の間への現れ方を聞いたら、ああいう顔にもなるだろう。
(ハーレイだって滅多に使わなかったんだから…)
あれほど前の自分と親しく、恋人同士でもあったのに。
ソルジャーに次ぐ地位にいたキャプテンでさえも、あのルートを使いはしなかったのに。
(ジョミーは一直線だったしね?)
その上、前の自分に怒って怒鳴って、シャングリラから出てゆく有様。
型破りどころではなかった少年、後の騒ぎはもう本当に…。
(シャングリラまで攻撃されちゃったしね?)
前の自分も危うく命を落とす所で、シャングリラ中が大騒ぎ。
けれど、間違ったとは思っていない。
ジョミーを選んで連れて来たことも、アタラクシアの家に帰したことも。
何もかもがきっと必要なことで、ジョミーは大きく育ったのだ、と。
あそこから来たのがジョミーの強さの証明だよね、とパチリと開けた自分の瞳。
今の自分のお城が映った、青の間もスロープも、何もかもが消えて。
(…ジョミーが飛び込んで来たルート…)
ハーレイも自由に使ってくれたら良かったのに、と今も思いはするけれど。
今のハーレイなら、ああいうルートで急いで来てくれそうだけど。
(青の間、無くなっちゃったしね?)
もうシャングリラも無いんだものね、と目を閉じてみたら、見えた青の間。
ジョミーの代わりにハーレイがパッと、あのルートから現れた。
「待たせてすまん」と、「遅れちまったか?」と。
そう、今のハーレイなら、何の遠慮も要らないから。
今の自分もソルジャーなどではないのだから。
目を閉じてみたら、こんな素敵な景色だって見える。
今では消えてしまった青の間、其処に笑顔で立つハーレイ。
「遅れてすまん」と、「こっちで来るのが早いからな」と、スロープの途中にパッと現れて…。
目を閉じてみたら・了
※ブルー君が思い浮かべた青の間、思いがけなくもジョミーの思い出が浮かんだようです。
けれども、それは昔のこと。ハーレイ先生だと、きっと短縮ルートですよねv
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