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目を閉じてみると

(此処は俺の部屋で…)
 座っているのは俺の椅子で、と見てみるハーレイ。
 夜の書斎で、本に囲まれた部屋を見回し、気に入りの机に、それから椅子も。
 生まれ育った家があるのは隣町だけども、この家に越して来てからも長い。
 この町で教師になるのと同時に、此処へ引越して来たのだから。
 十五年以上も暮らしている家、自分好みに整えた書斎。
 使い勝手のいい机を据えて、座り心地のいい椅子を置いて。
 棚にズラリと並んでいる本、それも好みのものばかり。
 仕事用の本も混じるとはいえ、今の仕事も趣味の延長のようなものだから。
(…こんな具合に、俺は暮らしているってわけだが…)
 さて、と椅子に深く腰掛け、目を閉じてみた。
 そうしたら何が見えてくるかと、今夜は何処へ旅をしようかと。
 若い頃から好きだった。
 夜の書斎から旅に出るのが、想像の翼を羽ばたかせるのが。
 今の自分が座っている場所、其処を離れて遥か彼方へと。
 教室でいつも生徒に教える古典の世界へと時を越えたり、まだ見ぬ土地へと旅立ってみたり。
 もちろん思念体などではなくて、ただの想像。
 思念体で抜け出すほどの力は持っていないし、あった所で思念体で時間は越えられないから。


 行ったつもりで旅を楽しむ、夜のひと時。
 目を閉じてみると見えてくる世界、大海原の上を飛んでゆくとか、広い砂漠に立ってみるとか。
 資料でしか知らない、遠い昔の都大路を歩いたりもする。
 ギシギシとゆっくり進む牛車がゆくのを眺めて、壺装束の女性などともすれ違いながら。
 その時々で、思い付き次第で何処へでも行けた想像の旅。
 広い宇宙にも飛び立ったけれど、今では少し事情が変わった。
(…こいつは俺の夢じゃないんだ…)
 今日はこっちのパターンだったか、と目を閉じたままで浮かべた苦笑い。
 瞼の裏に浮かんだ光景、今と同じに本の背表紙が並ぶ部屋。
(俺の好みだか、そうじゃないんだか…)
 前は確かに好みで揃えた筈だったんだが、と目は開かないで本の背表紙を追ってゆく。
 今でも鮮やかに思い出せる本、これはあの本、こっちはこれ、と。
 おぼろげなものもあるけれど。
 曖昧にしか記憶に残っていない本だって、何冊も混じっているのだけれど。
(でもって、こっちが俺が書いたヤツで…)
 今や超一級の歴史資料だな、と可笑しさがこみ上げてくる立派な背表紙。
 なんだって、こんなに偉そうなモノを用意される羽目になったんだか、と。
 前の自分の航宙日誌。
 遠く遥かな時の彼方に、この光景は確かにあった。
 空想の翼を広げて飛ぶ旅、それとは違って本当に自分が見ていたのだから。


(…あの部屋も好きではあったんだ、うん)
 前の自分が暮らしていた部屋。キャプテン・ハーレイのためにあった部屋。
 白いシャングリラの中でも特別な部屋で、他の仲間の部屋とは違った。
(あいつの部屋とは桁が違ったが…)
 前のブルーが使った青の間、あの広さにはとても及ばない。
 けれど、シャングリラを預かるキャプテン、仲間たちと同じようにはいかない。
 ゼルやヒルマン、エラやブラウもそうだったけれど。
 仲間たちよりも上の立場に置かれた以上は、部屋の設えもそのように。
(…ちょっとスペースが広かったりな)
 立場からして、客が来ることも多いから。
 狭い部屋では何かと不便で、不都合なこともあるものだから。
 仰々しいとは思ったけれども、悪くはなかったキャプテンの部屋。
 こうして懐かしく思い出せるのが、その証拠。
 苦手なものなら、頭にヒョイと浮かんだとしても、眺める代わりに追い払うから。
 アルタミラで長く閉じ込められた檻などだったら、早々に消えて貰うから。
(俺の部屋なあ…)
 座り心地も似ていたっけな、と椅子の感触に笑みが零れる。
 今の自分の体格に合わせて大きなものを、と買った椅子。
 あれこれ試して選んだけれども、ずっと昔も似たような椅子に座っていたか、と。


 いい部屋だった、と今はもう無いキャプテンの部屋を心で眺める。
 目を閉じたままで、心の中でだけ使える瞳で。
 今の自分が座っている椅子、この書斎には他に椅子など無いのだけれど。
(こっちにも椅子があってだな…)
 気心の知れたヤツが来た時には使っていたんだっけな、と思い浮かべる別の椅子。
 航宙日誌を書いていた机、それとセットの椅子の他にもあった椅子。
 よくヒルマンが座っていた。それから、ゼルも。
 二人揃って現れた時は、来客用のスペースに移動したのだけれど。
 どちらか片方だった時には、活躍していたもう一つの椅子。
 ヒルマンは「此処でいいよ」と自分で引っ張って来たし、ゼルも同じで。
 「一杯やろう」と彼らが土産に持って来た酒。
 今とは違って合成の酒で、地球の美味しい水で仕込んだものとは比べようもない味だったのに。
(…あの頃はアレが美味かったんだ…)
 それしか無かったこともあるけれど、何より、友と飲んでいた酒。
 アルタミラから共に逃れた昔馴染みと傾ける酒は、やはり格別だったから。
 昔語りや、愉快な話や、飲んでも飲んでも尽きなかった話題。
 ボトルがすっかり空になるまで飲んでいたことも少なくなかった。
(当然、加減はしてたんだがな…)
 翌日まで酒を引き摺ることがないように。
 この体調なら大丈夫だ、と思った時だけ空にしたボトル。
 自分はもちろん、ヒルマンもゼルも他の仲間には任せられない役目を担っていたのだから。
 病で倒れたならばともかく、二日酔いでは仲間に示しがつかないのだから。


(あの椅子なあ…)
 あいつも座っていたんだっけな、と浮かんだ前のブルーの姿。
 酒は苦手なブルーだったから、酒を持っては来なかったけれど。
 それでも、あの椅子に座ったブルー。
 前の自分が航宙日誌を書いていた時や、書類を見ている時などに来たら。
(…あいつの場合は…)
 断りの言葉は無かった気がする、「此処でいいよ」とも、「此処でいい」とも。
 当たり前のように引っ張って来た椅子、これは自分の椅子だとばかりに。
(あいつの椅子ではなかったんだが…)
 俺の部屋のただの備品なんだが、と思うけれども、ブルーはいつでも運んで来た。
 机でやるべき仕事が済むまで、椅子に腰掛けて待っていた。
(ついでにだな…)
 興味津々で見ていたブルー。
 書類だった時にはそうでもないのに、航宙日誌を書いていた時は。
 いったい何を書いているのかと、何回、覗き込まれたことか。
 読まれて困るようなことなど、何一つ書いてはいなかったけれど…。
(一応、俺の日記なわけで…)
 だから読ませはしなかった。覗き込まれたら、サッと隠して。
 「俺の日記だ」と身体で隠していた日誌。
 考えてみれば、あの時だけは…。
(俺だったんだ…)
 私と言わずに、「俺」で「日記だ」。
 本当だったら、そんな言葉を使うべきではなかったのに。
 「私の日記ですから駄目です」と、敬語で断るべきだったのに。


 何度ブルーに言っただろう。
 ちゃっかりと椅子に座ったブルーに、覗き込もうとしていたブルーに。
 「俺の日記だ」と、キャプテンらしくもない言葉。
 ソルジャーに向かって言い放つには、失礼に過ぎる言葉遣い。
(…あの椅子だったせいかもなあ…)
 ひょっとしたら、と掠めた考え。
 ブルーが勝手に引っ張って来ては座っていた椅子、けして立派ではなかった椅子。
 来客用とは違っていたから、座り心地もそこそこなもので。
 広大な青の間で暮らすソルジャー、皆が敬うブルーのためには相応しくなくて。
(ヒルマンやゼルなら、充分なんだが…)
 あいつらが使う分には申し分のないものではあった、と思う椅子。
 座り心地は悪くなかった、素晴らしいとまでは言えなかっただけ。
 ソルジャーに「どうぞ」と勧めるためには、些かよろしくなかっただけで。
(…あれに座っていたもんだから…)
 ついつい、昔の自分に戻っていたかもしれない。
 ブルーと普通に言葉を交わしていた頃に。
 敬語など使っていなかった頃に、「私」ではなくて「俺」だった頃に。


(そうか、椅子なあ…)
 椅子だったかもな、とクッと笑って目を開けた。
 今の自分の部屋に戻った、時の彼方のシャングリラから。
 キャプテン・ハーレイが暮らした部屋から、今の自分の書斎へと。
 もう一度、椅子に座り直して、書斎をぐるりと見渡してみて。
(…椅子は一つか…)
 一人暮らしの書斎なのだし、椅子は一つで当然だけれど。
(いずれは此処にも椅子が増えるのか?)
 小さなブルーが大きく育って、この家にやって来た時は。
 前のブルーがやっていたように、覗き込もうと現れた時は。
(何処から椅子を持って来るやら…)
 目を閉じてみると、小さなブルーの姿が浮かんでプッと吹き出す。
 チビのブルーが運んで来るには重たすぎる椅子を、懸命に運んでいたものだから。
 それは決して有り得ないけれど、小さなブルーは来ないけれども。
 こんな光景も見えたりするから、目を閉じる旅は面白い。
 身体は椅子に座ったままで。
 心の翼を自由に広げて、本物の過去へ飛んで行ったり、想像の世界を旅してみたり…。

 

       目を閉じてみると・了


※今のハーレイ先生の部屋からキャプテン・ハーレイの部屋へと、ちょっとした旅。
 思いがけない発見なんかもあったようです、こういう旅も楽しいですよねv





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