「誰も来ないね…」
今日もぼくたちだけみたい、とブルーが眺めた窓の外。
本当に誰も来ないから。
此処には誰も来はしないから。
「お前はその方がいいんじゃないか?」
二人きりだぞ、とハーレイが穏やかに微笑むけれど。
大好きな大きな褐色の手で、頭をクシャリと撫でられたけれど。
「でも…。寂しくない?」
誰も来ないなんて、と俯いた。
気付けば、いつも二人だけだから。
自分とハーレイ、二人だけしかいない部屋。…他には誰も来ないから。
もちろん家には、優しい母がいるのだけれど。
だからこそ、テーブルの上にお茶とお菓子があるのだけれど。
ハーレイが好きなパウンドケーキ。
「おふくろが焼くのと同じ味なんだ」と、いつも嬉しそうに食べているケーキ。
今日のお菓子は、ちょっぴり特別。
香り高い紅茶がカップに淹れられ、ポットの中にはたっぷり、おかわり。
(ハーレイはコーヒーの方が好きだけど…)
自分に合わせてくれている。
前の生から、ソルジャー・ブルーだった頃から、そう。
ソルジャー・ブルーも、チビの自分も、まるでコーヒーが飲めないから。
何処が美味しいのか分からないほど、苦い飲み物。そういう認識。
けれど、ハーレイはコーヒー好き。
キャプテン・ハーレイだった頃から、大のコーヒー好きのハーレイ。
それでもずっと自分に合わせて、いつだって紅茶。
前の生でも、今の生でも。
今の自分の小さなお城。家の二階にある子供部屋。
其処でハーレイと過ごす時間が大好きだけれど、たまに寂しく思うこと。
「誰も此処には来てくれない」と。
前の自分が焦がれた地球。今では青く蘇った星。
青い地球の上に生まれ変わって、また巡り会えたハーレイと自分。
二人揃って記憶が戻って、もう一度恋が始まったけれど。
前の自分たちの恋の続きを、思いがけなく生きているけれど。
(…誰も気付いてくれないんだよ…)
ハーレイに恋をしていること。
またハーレイと恋をしていて、幸せな今を生きていること。
こんなに幸せで満ち足りた思い、ハーレイと二人で過ごすひと時。
(…前は気付かれちゃ、駄目だったけど…)
前の生では、お互い、ソルジャーとキャプテンだったから。
シャングリラを導く立場のソルジャー、船を纏める立場のキャプテン。
恋人同士だと知れてしまったら、誰も付いては来てくれない。
どんな意見も述べるだけ無駄で、「恋人同士で決めた話か」と向けられる背中。
そうなったならば、もうシャングリラは前に進めはしないから。
ミュウの未来も危うくなるから、懸命に隠し通した恋。
本当に命尽きるまで。
前の自分がメギドで死ぬまで、前のハーレイが地球の地の底で命尽きるまで。
そうやって隠し続けた恋。
誰にも言えずに終わってしまって、宇宙に散ってしまった恋。
けれども、悲しい恋の終わりは、幸せな今に繋がっていた。
気付けば青い地球に来ていて、恋の続きが始まった。
まだ小さいから、ハーレイとはキスも出来ないけれど。
キスのその先のこととなったら、許される筈もないのだけれど。
ハーレイが「駄目だ」と叱るから。
恋人同士の唇へのキス、唇と唇を重ねるキス。
唇が触れるだけでも駄目だ、とハーレイは怖い顔をする。
「前のお前と同じ背丈に育つまでは駄目だ」と、「俺は子供にキスはしない」と。
せっかく巡り会えたのに。
青く蘇った地球に来られて、恋の続きが始まったのに。
キスも出来ない、物足りない恋。
おまけに、誰も気付いてくれない。
今度の恋は、隠さなくてもいい恋なのに。
もうソルジャーでもキャプテンでもなくて、いつかは結婚出来る恋。
ただ、今は教師と生徒という関係だし、その上、男同士だから。
(パパやママが知ったら、きっと大変…)
両親は腰を抜かしてしまって、ハーレイと二人きりで過ごす時間は無くなる恐れ。
「ドアを開けておきなさい」と叱られるだとか、リビングでしか会えないだとか。
だから、二人きりで過ごす時間は、今の通りでいいのだけれど。
ハーレイと二人でいるだけの方が、きっと一番なのだけれども。
(…でも、寂しいよ…)
せっかくの恋を、誰かに自慢してみたくなる。
またハーレイと巡り会えたと、幸せな恋をしているのだと。
今度は祝福して貰える恋。
いつか大きく育った時には、きっと結婚出来る恋。
それを誰かに見て貰いたいし、幸せ自慢をしてみたい。こんなに幸せなんだから、と。
「誰か来ないかな…」
来て欲しいのに、と外を眺めてまた呟いたら、覗き込んで来た鳶色の瞳。
「おいおい、誰かって…。誰か来ちまったら、恋人同士じゃいられないぞ?」
俺はお前の守り役な上に教師なんだし、とハーレイは真剣な顔だから。
「それは分かっているんだけれど…。でも、誰か…」
自慢したいよ、ハーレイと恋人同士なんだよ、って。
今度は結婚出来るんだから、って誰かに自慢したいんだけどな…。
例えば木に来る小鳥とかに…、と窓の向こうを指差した。
誰か覗いてくれればいいのに、ぼくたちの姿を見て欲しいのに、と。
「なるほど、小鳥か…。それなら確かに安全だな」
「でしょ? 仲間を呼んで来て覗いていたって、ママにもパパにも分からないしね」
今日は小鳥が賑やかだな、って思うだけ。
そういう風に、ぼくたちの幸せ、見て欲しいのに…。
「ふうむ…。そうだな、言われてみれば…」
そこの木に鳥はよく来ているが…。覗き込まれたことは無いなあ、ただの一度も。
チョンチョンと枝を飛び移るだけで、窓から中は覗いてないか…。
「うん。…遠慮しないでいいのにね」
ホントに寂しくなっちゃうよ。…小鳥、覗いてくれないんだもの…。
ぼくたちをチラッと眺めただけで飛んでっちゃうよ、と零した不満。
窓から覗いてくれはしなくて、ぼくたちの恋を見てくれない、と。
「今のぼく、こんなに幸せなのに…。またハーレイと会えたのに…」
「仕方ないだろ、鳥には鳥の都合があるのさ」
鳥には鳥の世界があるんだ、その中で恋をして、歌を歌って。
空を飛んでは、また別の場所へ。
俺たちのことまで、じっくり見ている暇なんか持っちゃいないってな。
餌を探したり、雛を育てたり、小鳥だって毎日、忙しいんだ。
そんな中でも、チラッと窓から眺めてくれる。
「幸せそうだな」って見てくれてるのさ、それで満足しておいてやれ。
覗いて欲しいなんて駄々をこねずに、今日も小鳥が来てたな、ってことで。
「…そっか……」
そうだね、小鳥にもきっと、恋人も友達もいるものね…。それに家族も、ご近所さんも。
仕方ないな、と思ったけれど。小鳥には小鳥の世界があるし、と考えたけれど。
それでも、自分の大切な恋を誰かに知って欲しいから。
ハーレイとの幸せな恋の続きを見て欲しいから、窓の向こうを見てしまう。
「誰か覗いてくれないかな?」と。
雀でも鳩でも、シジュウカラでも、旅の途中の小鳥でも。
庭の木の枝を渡る途中で、チラと眺めてゆくのではなくて、窓から部屋を覗き込んで。
「恋人同士の二人なんだな」と、「幸せそうなカップルだな」と。
そんな小鳥に覗いて欲しい。ほんの一羽でかまわないから。
今はこんなに幸せだから。
前の悲しい恋の続きの、幸せな今を生きているから…。
誰か見に来て・了
※ハーレイ先生との恋を誰かに自慢してみたいブルー君。小鳥でもいいから、と。
けれど、小鳥には小鳥の世界。思い通りにはいかないようです、残念ですけどねv
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