(チビなんだが…)
それでも俺のブルーなんだ、とハーレイが眺めたフォトフレーム。
ブルーの家には寄り損なった日、夜の書斎で。
学校では姿を見掛けたけれども、挨拶も交わしていたのだけれど。
それは生徒としてのブルーで、教え子の一人。
どんなに愛おしく思ってはいても、見せていいのは教師の笑顔。
掛けていい言葉も教師としてだけ、「愛している」とは言えない学校。
ブルーに会えても、本当の想いを口に出来ない場所が学校。
愛おしいと思う心も顔には出せない、そうしてもいい場所ではないから。
だから、こうして眺める写真。
小さなブルーと二人で写した、夏休みの思い出の写真。
弾けるような笑顔で腕に抱き付いているブルー。
それは嬉しそうに、両腕でギュッと。
前の自分たちには一枚も無かった、こういうプライベートな写真。
二人一緒の写真はあっても、あくまでソルジャーとキャプテンだから。
こんな風にくっつき合った写真は、一枚も撮れなかったから。
前のブルーが少年の姿だった頃なら、あるいは写せていたかもしれない。
ただの友達同士としてなら、肩を組もうが、腕を組もうが自由だから。
誰も不審に思いはしないし、仲のいい二人だとシャッターを切ってくれそうだから。
(だが、あの頃には写真なんかは…)
撮ろうという発想自体が無かった、記念写真など。
それに恋人同士でもなかった、親しかったというだけで。
(…こういう写真を撮っていたとしても…)
友達と写しただけの一枚、今の自分が教え子たちと写すのと何も変わらない。
特別な想いがこもってはいない、二人一緒に写っているだけ。
けれども、今では事情が違う。
ブルーの姿はアルタミラで出会った頃と同じに少年だけれど、まるで違っている中身。
幼いながらも、ブルーは恋を知っているから。
前の自分が恋をしたことを、誰を愛したかを覚えているから。
(そいつが少々、厄介なんだが…)
前と同じに恋人同士だと主張してばかりいるブルー。
何かといえばキスを強請るし、駄目だと叱れば膨れっ面。
それでもブルーにある記憶。
自分は誰に恋をしたのか、誰を愛して生きていたのか。
恋人なのだと言い張るブルーと、ブルーを愛している自分。
二人で写した記念写真は、恋人同士で写った写真。
前のブルーが同じ姿をしていた頃には撮れなかった写真、恋人同士ではなかったから。
(…チビでも、ブルーは俺のブルーで…)
誰よりも愛しい、大切な人。
前の自分が愛し続けて、最後まで共にと誓っていた人。
なのに失くした、前のブルーを。
ブルーは一人で逝ってしまった、前の自分が知りもしなかった暗い宇宙で。
「さよなら」も言わずに飛び立ったブルー、ソルジャーの道を選んだブルー。
前の自分と恋をしていた、恋人としての生き方よりも。
恋人の腕に抱かれて死ぬより、一人きりの死を選んだブルー。
(…後悔はしたと言っていたがな…)
一人きりでも、絆はあるとブルーは信じて飛び去ったから。
前の自分の腕の温もり、それを右手に持っているから、絆が切れてしまいはしないと。
けれどブルーは失くしてしまった、その温もりを。
右手が冷たく凍えてしまって、独りぼっちだと泣きながら死んだ。
小さなブルーがそれを話すまで、思いもしなかった悲しすぎる最期。
どれほどに辛くて悲しかったことか、前のブルーは。
たった一人で泣きじゃくりながら、暗い宇宙に散ったブルーは。
そうしてブルーが失くした絆。
独りぼっちで死んでいったブルー、前の自分との絆を失くして。
前の自分もブルーを失くした、ブルーを止めなかったから。
メギドへ飛ぶのを止めもしないで、追ってゆくこともしなかったから。
二人揃って失った相手、白いシャングリラで共に暮らした愛おしい人。
誰よりも愛し続けた恋人、それを互いに失くしてしまった。
前のブルーは、メギドでの死で。
前の自分は、一人残されたシャングリラで。
死という壁に引き裂かれてしまった、前の自分たち。
前のブルーは、二度と会えないと泣きながら死んでいったのだけれど。
前の自分は、そうではなかった。
いつか会えると、自分の命が終わりさえすれば会えると信じた。
失くしてしまった愛おしい人に、気高く美しかったブルーに。
最後までソルジャーであろうとした人、自分の務めを迷いなく選び、二度と戻らなかった人。
恋を選べば、前の自分の腕の中で逝くことも出来ただろうに。
ソルジャーを支える立場のキャプテン、その腕に抱かれて死んでゆくことは出来るから。
「ぼくの身体を支えておいて」と言いさえすれば。
横たわって死を迎える代わりに、最期まで起きていたいと言えば。
それを選ばず、逝ってしまった人。
ソルジャーの道を選んで逝ってしまったブルーに、いつか会えると信じていた。
自分の命が尽きた時には。
肉を纏った器を離れて、まだ見ぬ世界へ飛び立ったならば。
その日だけを思って生きていた自分。
地球に着いたら全てが終わると、前のブルーに託された務めは地球で終わると。
ジョミーを支えていつか地球まで、それだけを思って生きた孤独な時間。
仲間たちがいようと、ゼルやヒルマンたちがいようと、自分は一人きりだった。
ブルーを失くしてしまったから。
愛おしい人の命と一緒に、魂は死んでしまったから。
戦いに勝って船に活気が満ちていた時も、皆が笑顔になっていた時も、死んだ魂は動かない。
皆と同じに笑みを浮かべても、笑い合っても、その場限りのものでしかなくて。
部屋に戻れば失くしていた笑み、心にはブルーへの想いだけ。
また一歩、地球に近付いたと。
ブルーの許へと旅立てる日が近付いて来たと、また一歩前へ進んだからと。
白いシャングリラの長かった旅路、地球までの長い戦いの日々。
ナスカの子たちを失った時も、彼らが羨ましかったかもしれない。
何故、自分ではなかったのかと。
どうして彼らが先にゆくのかと、死への旅立ちを望んでいるのは自分なのにと。
いつか、と目指し続けた地球。
前の自分の旅が終わる場所。
かつてはブルーと二人で夢見た、幾つもの夢を描いていた星。
死の星だった地球は、ブルーの焦がれた青い星とは違ったけれど。
とてもブルーに見せられはしないと思ったけれども、旅の終わりには違いないから。
それを頼みに、心の支えにシャングリラを降りた、地球へ向かって。
やっと自分の務めが終わると、もうすぐブルーの許へゆけると。
(…少しばかり、急ぎすぎちまったがな…)
次のキャプテンも任命できずに、地球の地の底で終わった命。
シャングリラのその後を託せないまま、務めの途中で死んでいった自分。
けれど後悔は何も無かった、あの時には。
崩れ落ちてくる天井と瓦礫、それが天からの使いにも見えた。
自分をブルーの許へと導く翼が羽ばたく音さえ聞いた気がした。
これで終わると、旅立てるのだと。
愛おしい人を追ってゆけると。
そう思いながら、笑みさえ浮かべて潰えた命。
ブルーに会えると、もうすぐなのだと。
(…そうやって、会えはしたんだが…)
まるで違っていた再会。
前の自分が失くしたブルーは、少年の姿で戻って来た。
魂だけの姿ではなくて、命と身体を持った姿で。
前のブルーが持っていた記憶、前の自分と恋をしたことを覚えたままで。
(チビのくせして、中身はブルー…)
前の自分が愛したブルーが、恋をした人が小さなブルーの中にいる。
年相応に無垢な心で、幼い身体で。
恋はしていても、子供の姿に似合いなのが今の小さなブルーの恋心。
精一杯に背伸びしたって、前のブルーには敵わない。
大人と子供の大きな違いは、まだまだ埋まりはしないから。
どんなにブルーが望んでいようが、キスさえ出来ない子供だから。
(それでも、あいつは俺のブルーで…)
こんなチビでもブルーなんだ、と写真のブルーを見ればこみ上げる愛おしさ。
前の自分が愛していた人、ブルーが帰って来てくれたと。
メギドへと飛んで行ったけれども、こうして帰って来てくれたのだ、と。
今はチビでも、いつか育つだろうブルー。
前の姿とそっくり同じに、気高く美しくなるだろうブルー。
早く見たいと思うけれども、会いたい気持ちが募るけれども、小さなブルーも愛おしい。
いつまでもチビのままでもいいか、と時には思ってしまうくらいに。
(ちゃんと出会えて、写真も撮れて…)
それで充分、幸せだから。
失くしたブルーともう一度会えた、それだけで心が満たされるから。
小さなブルーも、前と同じに愛おしい。
ブルーは同じにブルーだから。
前の自分が失くしてしまった、ブルーが帰って来たのだから…。
また会えたあいつ・了
※チビのブルー君も、ハーレイ先生にとっては大切な恋人なのです。また会えたから。
とても大切で、愛おしい人。チビのままでもかまわないほど、充分に幸せv