(明日は土曜日…)
ハーレイが来てくれる日だものね、とブルーが眺めたカレンダー。
待ち遠しかった、明日という日がやって来るのが。
明日が来るまでは、一晩残っているけれど。
今夜が過ぎてくれない限りは、明日の朝にはならないけれど。
(…ハーレイ、忙しかったから…)
一日くらいは来てくれそうだと待っていたのに、来てくれなかった五日間。
月曜も火曜も、水曜も。
木曜日も駄目で、もしかしたらと思った今日も。
今の自分に予知能力は無いけれど。
サイオンの扱い自体が不器用、前の自分にも難しかった予知など全く出来ないけれど。
(嫌な予感はしてたんだよね…)
日曜日を一緒に過ごしていた時、ハーレイに「すまん」と謝られたから。
今週は忙しくなりそうだからと、来られなくても許してくれと。
たまにそういう時がある。
会議だとか、他にも色々と用事。
仕事の帰りに寄れそうな時間、それを過ぎてもハーレイの手が空かない時が。
そうは言っても、予定はあくまで予定だから。
「早く終わった」と寄ってくれることも少なくないから、待ったのに。
一日くらいは何処かできっと、と期待したのに、嫌な予感が当たった今週。
だから今夜が待ち遠しかった、あと一晩で土曜日だから。
たった一晩眠りさえすれば、確実にハーレイに会えるのだから。
今日は来るかと、きっと今日こそと、五日も食らった待ちぼうけ。
そう、今日だってチャイムが鳴るのを待っていた。
ハーレイが来てくれそうな時間だった間は、今か今かと。
けれどもチャイムは鳴ってくれなくて、ハーレイが来ない日が五日間。
とうとう今日も駄目だったんだ、とガッカリしたのは昨日までと変わらないけれど。
来てくれなかったと残念だったのは同じだけれども、もう金曜日。
今日が駄目でも、明日は必ず会えるから。
ハーレイが来ると分かっているから、待ち遠しかった土曜日が来る。
多分、水曜あたりから。
まるで自覚は無かったけれども、月曜日から待っていたかもしれない。
今週は寄ってくれないかも、と分かっていたから、早々に。
土曜日は絶対に会えるのだからと、日曜日が終わった途端に、直ぐに。
その土曜日が間近に迫っているのが金曜なのだし、今夜が過ぎれば土曜日の朝。
だから気分も前向きに変わる、気落ちしていた時間が流れ去ったら。
ハーレイがいない夕食のテーブル、それを離れて部屋に帰ったら。
(もうちょっと…)
あと少し待てば会える筈だよ、と指を折る。
ハーレイが来てくれる時間までには、半日以上あるけれど。
十二時間では足りないけれども、それでも丸々一日ではなくて…。
(お風呂に入ったりしてる間に…)
もっと時間は減るだろう。
ハーレイと過ごせる時間までにある待ち時間。
そうやってカレンダーを眺める間に、呼ばれたお風呂。
これで時間が減るんだから、と御機嫌で浸かって、鼻歌も少し。
パジャマ姿で部屋に戻れば、案の定、進んだ時計の針。
十二時間と少し待ったら、ハーレイが訪ねて来てくれるだろう。
あと半日とも言うのだけれども、その十二時間の内のかなりの分は…。
(寝ちゃってるしね?)
ベッドに入って眠りに落ちたら、ヒョイと時間を飛び越えられる。
怖い夢さえ見なかったならば、もう最高の明日への早道。
起きていたなら長く感じるだろう時間も、眠ればほんの一瞬だから。
アッと言う間に目覚まし時計の音に起こされる朝が来るから。
(ぐっすり寝てたら、ホントに一瞬…)
今の自分もそう思うけれど、そういう自覚があるけれど。
本を読みながらベッドに入って、ハッと気付けば朝ということも多いのだけれど。
(…前のぼくだと、十五年だよ?)
今の自分が生まれてから今日まで過ごした時間より、長く眠ったソルジャー・ブルー。
赤ん坊だった自分が此処まで育っても、十四歳にしかならないから。
母のお腹の中にいた頃、それを加えてもギリギリ届くか届かないかが十五年。
それだけの時を眠り続けたのが前の自分で、長いとも思っていなかった。
目が覚めてみたら十五年も経っていたというだけ、寝ていた間はほんの一瞬。
だから眠りが一番だと分かる、明日への早道。
ベッドに入って眠ってしまえば、ヒョイと明日まで飛べるのだと。
早く眠れば眠った分だけ、明日が来るのが早いから。
ハーレイと会える土曜日の朝へ、眠りが運んでくれるから。
眠るのがいいと思ったけれども、どうやらワクワクし過ぎた自分。
普段だったら、そろそろ欠伸が出る頃なのに。
もう少しだけ起きていようと考えていても、身体が「嫌だ」と言う頃なのに。
一向に眠気がやって来なくて、ベッドに入っても駄目な気がする。
寝付けないままコロンコロンと、右へ左へと向きそうな気が。
(…前のぼくなら十五年なのに…)
そこまで寝たいと言わないから、と思うけれども、眠れそうにない。
今のままでベッドに入っても。
きっと眠りはやって来なくて、コロンコロンと転がるだけ。
それだと時間は逆に長いと感じてしまうものだから。
一瞬でヒョイと越える代わりに、飴のように伸びるものだから。
眠気がやって来るまで待とうと変えた考え、本でも読んで暫く待とうと。
(…シャングリラの本…)
白いシャングリラの姿を収めた写真集。
あれなら眠気をそっと運んでくれるかもしれない、前の自分が十五年も眠った船だから。
十五年間もの長い眠りを分けて貰おうと、ほんの少しでいいんだから、と手を伸ばしかけて。
(ちょっと待って…!)
前の自分が眠り続けた、十五年もの長い歳月。
自分にとっては一瞬だったけれど、その間に起きていたハーレイたちは…。
(うんと大変…)
シャングリラの存在を人類に知られてしまったから。
追い掛けられては逃げ続けた日々、赤いナスカに辿り着くまで。
前の自分は眠っていたから、何も知らずにいられただけ。
(…前のぼく…)
眠っている間に終わりが来たって、文句は言えなかっただろう。
人類軍の船に攻撃されて、シャングリラごと宇宙に消えていたとしても。
そうとも知らずに、ぐっすり眠っていたけれど。
ぐっすりと言っていいかはともかく、眠り続けていたけれど。
(…それに、あの船…)
十五年間も眠る前から、シャングリラは危うい船だった。
いつ人類に発見されてもおかしくなかった、ミュウの箱舟。
雲海に潜み、ステルス・デバイスで姿を隠してはいても。
なんのはずみに知られてしまうか分からなかったし、見付かったら攻撃されるから。
(…逃げ切れるとは限らなくって…)
沈んでいたなら、そこでおしまい。
前の自分が守ろうとしても、ハーレイが懸命に舵を取っても。
人類軍の方が上なら、其処で終わっていたろう命。
前の自分も、船の仲間たちも。
もちろん、前のハーレイだって。
楽園という名の白い鯨は、明日を持たない船だった。
夜が明けるとは誰も言い切れない、危うすぎる日々を送っていた船。
人類軍に沈められたら、夜明けは二度と来ないのだから。
それと同じに明けた夜もまた、必ず暮れて夜になるとは言えなかった船がシャングリラだから。
(…前のぼくだって…)
何度思ったことだろう。
ハーレイと共に夜を過ごして、愛を交わす度に。
この夜は無事に明けるだろうかと、明日の夜明けは来るのだろうかと。
夜が明けても、ハーレイと別れる時に思った、これが最後になりはしないかと。
また二人きりの夜を迎えられるかと、その前に全てが終わってしまいはしないだろうかと。
ハーレイの腕の中で眠る時には、それは幸せだったのだけれど。
満ち足りた気持ちで眠ったけれども、いつも何処かにあったろう不安。
明日は来るのかと、自分は再び目を覚ますことが出来るだろうかと。
目覚めたとしても、ハーレイとの甘い別れの代わりに戦いが待っていないだろうかと。
(…そうやって終わっちゃうのが怖くて…)
夜が怖かったことだってあった、前の自分は。
眠ったら最後、明日は無いかもしれなかったから。
今のようにヒョイと飛び越えて辿り着ける筈の明日は、前の自分には無かったから。
それを思えば、なんと贅沢なことだろう。
早く土曜日になって欲しいと、眠ろうとしている今の自分は。
明日への早道になる筈の眠り、それが来ないと不満を心に抱く自分は。
(…前のぼくだと、早道どころか…)
眠ったままで二度と目覚めず、シャングリラごと沈んでしまうとか。
目覚めたとしても戦いに負けて、シャングリラと共に夜明けを待たずに息絶えるとか。
(…それって、怖すぎ…)
けれども、前の自分は確かにそういう時代を生きた。
十五年間の眠りの内にも、危機は何度もあっただろう。
眠ったままでシャングリラごと終わったかもしれない、危うい局面。
(…眠れないからって、文句を言ったら…)
罰が当たるよ、と気が付いた。
今は眠れば明日が必ず来るのだから。
明日の朝までヒョイと時間を飛び越えてゆくことが出来るのだから。
眠気はまだまだ来ないけれども、まだ眠れそうにないけれど。
(でも、明日になったら、ハーレイに会えて…)
幸せな時間が始まるのだから、眠気が来るまで座っていよう。
今の眠りは明日が来る眠り。
明日は必ずやって来るのだし、明日はハーレイが来てくれるのだから…。
明日が来る眠り・了
※明日はハーレイが来てくれるから、とワクワクし過ぎて眠れなくなったブルー君。
けれども、眠れば明日が必ず来るというのは幸せなこと。眠くなるまで待ちましょうねv
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