(今はハーレイがいてくれるしね…)
いつでも一緒、とブルーが握ってみた右手。
自分の左手を使って、キュッと。
いつもそうしてくれる大きな手の真似をして。
ハーレイの逞しい褐色の手には、まだ敵わない子供の手。
それでも思い出せる温もり、ハーレイがくれる優しい温もり。
「もう平気か?」と、「ちゃんと温かくなったか、右手?」と。
前の自分が、それを失くしてしまったから。
最後まで持っていたいと願いながらも、落として失くしてしまったから。
キースに撃たれた痛みのせいで。
弾が身体に撃ち込まれる度、酷い痛みで薄れた温もり。
「これで終わりだ」と砕かれた右目、それと一緒に砕けて消えてしまった温もり。
ハーレイの腕から貰った温もり、ハーレイとの絆だと思った温もり。
その温もりは、何処にも残っていなかった。
バーストさせた最後のサイオン、それをメギドにぶつけた後は。
自分の方でも「これで終わりだ」と、キースと刺し違えるつもりだった捨て身の攻撃。
けれど、逃げられてしまったキース。
思いもしなかったミュウの青年、キースを救って逃げたミュウ。
その驚きから覚めた時には、もう温もりは何処にも無かった。
右目と一緒に失くしたと知った、痛みが全てを奪い去ったと。
それでもジョミーに「みんなを頼む」と、ソルジャーとしての思いを託した。
メギドに来たのは、そのためだから。
白いシャングリラを、ミュウの未来を、命と引き換えに守るためだから。
あの白い船に幸多かれと、皆が地球まで行けるようにと、祈りを捧げはしたけれど。
ソルジャーの務めは、そうあるべきだと己を律し続けた通りの務めは果たしたけれど。
(…なんにも残っていなかったんだよ…)
自分自身のためには、何も。
死にゆく自分を看取ってくれる仲間はいなくて、白いシャングリラもありはしなかった。
三百年以上もの時を過ごした船は自ら後にしたから。
仲間たちにも心で別れを告げて来たから、それで当然だったのだけれど。
一人きりで死ぬとは知っていたけれど、独りではない筈だった。
最後まで一緒にいてくれる人の温もりを持って、白い鯨を飛び立ったから。
ハーレイの腕に触れた時の温もり、それはある筈だったから。
その温もりさえ抱いていたなら、最後まで温かいだろう。
右手から全身に広がる温もり、それに包まれて旅立てるだろう。
命の灯が消える時まで、きっとハーレイと共にいられる。
互いの間に、どれほどの距離があろうとも。
シャングリラが何処に向かってワープしようとも、遥か彼方へ飛び去ろうとも。
それさえあれば、と思った温もり。
けして自分は一人ではないと、独りぼっちで逝くのではないと。
ハーレイの腕が、その眼差しが、自分を送ってくれるだろう。
行くべき所へ、優しく包んで送り出してくれることだろう。
(…そう思ったのに…)
気付けば、消えていた温もり。
失くしてしまった、ハーレイとの絆。
温もりは欠片も残っていなくて、自分は独りぼっちになった。
人類軍の船しか無いだろう宇宙、其処で壊れてゆくメギドの中で。
白いシャングリラも、ミュウの仲間たちも、愛した人さえ見えない場所で。
(右手、冷たくて…)
温もりを失くした右手はとても冷たくて、凍えてしまって、それが悲しくて。
ハーレイとの絆が切れてしまったと、独りぼっちだと泣くしかなかった。
泣いたところで、温もりが戻りはしないのだけれど。
ハーレイが届けに来ない限りは、もう戻る筈もないのだけれど。
白いシャングリラと共に何処かへ行ったハーレイ、メギドに来てくれるわけがない。
とうにワープをして行っただろう、仲間たちを乗せた白い鯨で。
自分が「頼む」と言った通りにジョミーを支えて、まだ見ぬ地球へと向かうのだろう。
本当に切れてしまった絆。
もうハーレイが何処にいるのかも分からない。
追ってもゆけない、自分の命は尽きるのだから。
キースに撃たれた傷が命を奪い去るのか、メギドの爆発に巻き込まれるのか。
どちらにしたって、見えている終わり。
自分の命は此処で終わって、ハーレイとの絆は取り戻せない。
白い鯨は行ってしまって、自分は追ってはゆけないから。
ハーレイが今は何処にいるのか、もうそれさえも分からないから。
独りぼっちになってしまったと、ハーレイには二度と会えないのだと分かった時の深い絶望。
自分で選んだ道だとはいえ、こうなるとは思いもしなかった最期。
ソルジャーとしての務めを終えたら、心安らかに眠る筈だったのに。
白いシャングリラを、ミュウの未来を、自分はきちんと守り抜いたと。
やるべきことは全てやったと、これで満足だと、全力で生きた人生だったと。
(…なのに、独りぼっち…)
誰も側にはいてくれなくて、ハーレイとの絆も切れてしまって。
満足どころか、悲しみだけしか残らなかった。
死よりも辛くて深い悲しみ、絶望の淵に叩き込まれてしまった自分。
救いの手などは何処からも来ない、一条の光も射し込まない闇。
片方だけになった瞳に映る世界は、光に溢れていたけれど。
地獄の劫火を造り出すメギド、青い炎と同じ色をした光が満ちていたのだけれども、深い闇。
絶望という名の闇に覆われ、光を失くしてしまった心。
一人きりだと、もうハーレイには会えないのだと。
それに気付いたら泣くしかなかった、まるで幼い子供のように。
泣いてもどうにもなりはしなくても、それより他には何も出来なかった。
白いシャングリラを、ハーレイを追ってはゆけないから。
自分の命は此処で終わりで、絆を元には戻せないから。
もうおしまいだと、独りぼっちだと、泣きじゃくりながら迎えた最期。
いつ息絶えたか、それすらも自分の記憶には無い。
ただ泣いていたということだけ。
涙の記憶が最後の記憶で、泣きじゃくりながら自分は死んだ。
ソルジャー・ブルーだったのに。
今の時代も讃え続けられる、伝説の戦士だったのに。
悲しみの中で終わってしまった、前の自分の長かった生。
ハーレイとシャングリラで共に暮らして、恋をして、愛されて生きていたのに。
何が起ころうとも一緒なのだと思っていたのに、最後に無残に断ち切られた絆。
そうするつもりでメギドに向かったわけでは決してなかったのに。
あそこでキースに撃たれなかったら、絆は残っていたのだろうに。
(…ぼくの失敗…)
シールドを張り損なったから。
最初の弾さえ防いでいたなら、きっと持ち堪えただろうから。
そうしていたなら、温もりを失くしはしなかった。
ハーレイとの絆を抱き締めたままで、満足して死んでいっただろう。
白い鯨が無事に旅立つ夢を見ながら、青い地球へと向かう姿を思い描きながら。
唇にはきっと笑みさえ浮かべて、安らかな顔で。
たとえ身体はメギドの爆発で砕け散ろうとも、最後まで自分は幸せに包まれていただろう。
右手に持っていたハーレイの温もり、それにすっぽりと包まれて。
まるでハーレイの腕に抱かれているかのように、優しい温もりに全てを委ねて。
心も、身体も、それに命も。
何もかもを全てハーレイに委ね、愛おしい人に見守られて。
ハーレイの姿は其処に無くとも、見えない腕に抱き締められて。
「此処にいますよ」という声を聞いて、温かな胸に、強く逞しい腕に抱かれて旅立っただろう。
滅びゆく身体を後にして、遠く。
いつか再びハーレイと会える世界に向かって、それは幸せに。
けれども、叶わなかった夢。
ハーレイの温もりを失くした自分に残されたものは、涙だけ。
後から後から頬を伝った涙だけしか、前の自分には残らなかった。
悲しみと深い絶望の中で泣きじゃくりながら、自分は逝った。
ハーレイの温もりを失くしてしまって、独りぼっちになったから。
包んでくれる腕も、優しかった声も、何もかも失くしてしまったから。
(…あんなのは、もう…)
二度と御免だと、ブルッと肩を震わせた。
今でも時々、あの時を夢に見てしまう。
メギドで撃たれて死んでゆく夢、泣きじゃくりながら死にゆく夢。
心の傷は癒えていなくて、メギドの夢を見ない時でも右手が冷えると悲しくなる。
寂しくなるから、何もなくてもキュッと左手で握ってしまう。
今はハーレイがいつでも温めてくれるんだから、と。
(…夢を見た時は、側にいてくれないのが困るんだけど…)
夜中にハーレイがいるわけがないし、温めてくれる筈もない。
それが難点、本当にハーレイの温もりが欲しい時には温めて貰えない自分。
なんとも困る、と思うけれども、いつかはそれも…。
(…一緒に暮らせるようになったら、夜中だって温めて貰えるしね?)
メギドの悪夢で飛び起きたならば、「どうした?」と声が聞こえるだろう。
温かい胸に抱き寄せて貰って、身体ごと温めて貰えるだろう。
前の自分が、もう会えないと泣きじゃくった筈の恋人に。
奇跡のように、また巡り会えたハーレイに。
一度は失くしたハーレイだけれど、また繋がった二人の絆。
だから、自分は泣かなくていい。
右手が凍えるメギドの悪夢は、遠い昔の出来事だから。
ハーレイを失くして泣いた自分は、生まれ変わって幸せだから。
一度失くしてしまったハーレイ、だから前より強まった絆。
そんな気がする、もう失くさないと。
ハーレイとの絆は切れはしないと、今度は何処までも二人で歩いてゆけるのだからと…。
君を失くして・了
※前のブルーが失くしてしまった、ハーレイの温もり。メギドでの悲しい記憶です。
もう会えないと思ったハーレイに会えて、温もりも貰えて、今は幸せv