(…チビなんだけどね…)
ハーレイが言う通りにチビなんだけど、と小さなブルーが覗き込んだ鏡。
お風呂上がりにパジャマ姿で、自分の部屋で。
今日は来てくれなかったハーレイ、会えずに終わってしまった恋人。
学校の廊下で会ったけれども、それは「ハーレイ先生」だから。
「先生」と呼ぶしかないハーレイでは、同じ恋人でも気分は半分。
心は同じに飛び跳ねていても、それを表に出せはしないから。
前の生でキャプテンだったハーレイ、そのハーレイにブリッジなどで会った時と同じ。
抱き付くことなど出来はしないし、もちろん甘えることも出来ない。
親しく言葉を交わせたとしても、あくまでソルジャーとキャプテンとして。
それと同じで、教師としてのハーレイもそう。
恋人なのだと顔には出せない、ハーレイの方も出してはこない。
だから恋人でも気分は半分。
本当に会えた気分になれない、教師の顔をしているハーレイ。
会えたけれども会えなかった日、そういう気分で覗いた鏡。
ハーレイも同じ気持ちでいてくれればいいと、恋人に会えた気分がしないと思って欲しいと。
けれども、鏡に映った顔は子供の顔だから。
ハーレイがよく言う「チビ」の顔だから、思わず漏れてしまった溜息。
(…これじゃハーレイ、恋人に会えた気分が半分どころか…)
四分の一とか、八分の一。
もっと少なくて十六分の一とか、三十二分の一だとか。
前の自分の、大人の顔とは違うのだから。
アルタミラで出会った頃の姿で、恋人ではなかった頃の顔だから。
これでは駄目だ、と落とした肩。
自分が見ているハーレイの姿は前と同じで、別れた時とそっくりそのまま。
忘れもしないキャプテン・ハーレイ、あの制服を着ていないだけ。
白いシャングリラの舵を握る代わりに、古典の教師をしているだけ。
メギドへと飛んで別れた時には、「さよなら」も言えずに終わったけれど。
最後まで抱いていたいと願った、ハーレイの温もりも失くしたけれど。
独りぼっちになってしまったと泣きじゃくりながら、前の自分は死んだのだけれど…。
(…でも、ハーレイには会えたんだよ…)
二度と会えないと、泣きながら死んでいったのに。
ハーレイの温もりを失くしてしまって、絆が切れてしまったからと。
あの時、冷たく凍えてしまった自分の右手。
今も右手に刻まれたままの悲しみの記憶、前の自分の涙の記憶。
それがあるから、今があることが余計に嬉しい。
またハーレイと巡り会えたし、おまけに自分は生きているから。
失くしてしまった筈の命も、失くした身体も持っているから。
奇跡のように時を飛び越え、ハーレイと二人で辿り着いた地球。
前の自分たちが行こうと夢見た、あの頃は無かった青い星。
其処へ来られたことは奇跡で、ハーレイともう一度会えたことも奇跡。
なのに何故だか、ちょっぴり足りない。
せっかくの奇跡の価値が足りない、今の自分の姿のせいで。
小さく生まれすぎたから。
ハーレイは前と変わらないのに、自分はチビ扱いだから。
(…こんなチビだと、ハーレイの目には…)
恋人だとは映らないだろう。
前のハーレイが愛した自分は、もっと大きく育った姿だったから。
充分に大人と言える姿で、周りの者にもそう見えたから。
白いシャングリラに新しく迎え入れた仲間は、ソルジャーの若さに驚いたけれど。
ヒルマンたちの方が偉そうなのに、と言った子供もいたけれど。
それでも姿は大人だったから、「どうして子供がソルジャーなの?」とは訊かれなかった。
若いとはいえ、大人には見える程度の若さ。
つまりチビとは違っていたわけで、前のハーレイが知る今の自分と同じ姿は…。
(…初めて出会った頃とおんなじ…)
あのアルタミラの地獄の中で。
共に逃げ出して、シャングリラで宇宙を旅したけれど。
長い長い旅をしたのだけれども、この姿だった頃の自分は恋をしていない。
ハーレイと恋人同士になってはいない。
(…チビって言われるわけなんだよ…)
この姿を知るハーレイにとっては、これは恋人の姿ではないから。
恋という気持ちが芽生えてさえいない、そういう時代の前の自分の姿だから。
どんなにハーレイが見詰めてみたって、チビはチビ。
鳶色の瞳に映る姿は、前のハーレイが愛した恋人の姿になったりはしない。
今の自分が育たない内は、前の自分と同じ背丈にならない限りは。
せっかく二人で青い地球まで来たというのに、足りない奇跡。
恋人と一緒に生まれて来たのに、再会したのに、ほんのちょっぴり。
もう少し大きく育った姿で、今のハーレイと出会いたかった。
前の自分とそっくり同じに育っていたなら、今頃はとうにキスを交わせていただろうから。
もしかしたら、愛も。
前と同じに愛を交わして、年が足りていたら結婚だって。
それが叶わないチビの姿で出会ってしまった、こんな姿で。
ハーレイの目には恋人の姿に映らないだろう、十四歳の子供の姿で。
(…これじゃホントに、成人検査を受けた頃のぼく…)
前の自分が成長を止めてしまった年。
育たないまま、長くアルタミラで過ごしていた年が十四歳。
前のハーレイはその頃の自分と出会って、恋をしたのはもっと後のことで…。
(…この顔だと、ただのチビなんだよ…)
どうしてこうなってしまったのだろう、と零れる溜息。
もっと大きく育った姿で会いたかったと、奇跡の値打ちが減りそうだと。
少し罰当たりな考えだけれど、本当にちょっぴり足りない奇跡。
(…でも、神様も許してくれるよ、きっと)
なにしろ、自分はチビだから。
恋人の目にもチビだと映るくらいのチビだし、本物の子供。
子供がちょっぴり膨れていたって、神様は怒りはしないだろう。
奇跡の値打ちが分からなくても仕方がない、と苦笑いしてくれるだろう。
(だって、本当に子供なんだもの…)
前のぼくが成人検査を受けた時と変わらないんだもの、と覗いた鏡。
其処に映った自分の顔。
前の自分もこの顔だったと、まるで同じだと考えたけれど。
(…えーっと…?)
同じ顔だと考えた途端に、重なった顔。
前の自分が見ていた顔。
成人検査を受ける少し前、施設の中で壁に映っていた顔は…。
(…ぼくだったけど…)
今と違った、と気が付いた。
こんな赤ではなかった瞳。銀色をしてはいなかった髪。
その後に過ごした時が長すぎて、自分でもこうだと勘違いしてしまいがちだけど。
今の自分は生まれた時からこの姿だから、すっかり馴染んでいたけれど。
違ったのだった、前の自分が持っていた色は。
成人検査を受けるよりも前は、ミュウへと変化する前は。
金色の髪に水色の瞳、それが自分の色だった。
前の自分が持っていた色、成人検査のショックで失くしてしまった色。
ミュウになったのと同じ瞬間、身体から色素も抜けてしまった。
そうして自分はアルビノになった、赤い瞳で銀色の髪の。
前のハーレイに出会った時には、当然のようにその姿。
ハーレイには、前の自分が持っていた色も教えてあったのだけれど…。
(…前のぼくの記憶を見せただけだし…)
そういう色を持っていたのか、とハーレイは思っただけだろう。
前の自分が失った色を、そうさせた成人検査を考えることはあっても、それだけだろう。
ハーレイが愛した前の自分は、赤い瞳で銀色の髪。
出会った時からアルビノだった自分。
それを思うと…。
(…今のぼくって、なんでこの色?)
生まれた時からアルビノだった自分。
前の自分とそっくり同じに生まれたのなら、金色の髪に水色の瞳になる筈なのに。
何処かで色素を失くさない限り、今もそのままの筈なのに。
(…まさか記憶が戻った途端に、アルビノになるってことも無いだろうし…)
それほどの衝撃ではなかった気がする、記憶が戻って来た瞬間。
前の自分の膨大な記憶、それが流れて来たというだけ。
絡み合った前のハーレイの記憶とも交差したけれど、成人検査とは違ったもの。
何も失くしも消されもしなくて、自分は自分のままだったから。
あの衝撃でアルビノになりはしないだろう。
金色の髪と水色の瞳、それを失くしはしなかっただろう。
そうなっていたら、ハーレイが出会った今の自分は前の自分とは違った色。
赤い瞳も銀色の髪も持っていない自分。
金色の髪に水色の瞳のチビの自分が、今も鏡の向こうに映っているだろう。
それだとハーレイの鳶色の瞳に映る姿は…。
(…チビのぼくどころか、まるで別人…)
同じ顔立ちでも、色が違えば印象は変わるものだから。
髪の色はともかく、瞳の色の違いは大きいだろうから。
(それに、育っても…)
前のハーレイが失くした自分は帰って来ない。
同じ背丈に育ったとしても、持っている色が違うのだから。
ソルジャー・ブルーだった前の自分と同じ姿にはならないから。
(…それじゃ、ハーレイは…)
前の自分を取り戻せない。
今もハーレイが止めなかったことを悔やみ続ける、メギドへと飛んでしまった自分を。
(…この色が大事…)
当たり前すぎて気付かなかったけれど、今の自分が持っている色。
アルビノに生まれた自分の色。
この姿だからこそ、いつかハーレイの心を癒せる。
前の自分と同じに育って、「ぼくはホントに帰って来たよ」とハーレイに微笑み掛けられる。
今はチビでも、きっといつかは。
(…ほんのちょっぴり、足りないけれど…)
奇跡が足りないと思うけれども、チビな分だけ足りないけれど。
この姿を神様がくれたこともきっと、奇跡の一つなのだろう。
チビな自分は悔しいけれども、この姿がいい。
前の自分と同じに育って、ハーレイの側にいられる姿。
赤い瞳に銀色の髪の、今はチビでも、いつかは前の自分とそっくり同じになれる姿が…。
この姿がいい・了
※せっかくの奇跡も、チビの姿では足りないと思うブルー君。子供ならではの不満です。
けれど、アルビノに生まれられたことも奇跡の内。あんまり膨れちゃダメですよv