(んーと…)
今日も載ってる、と小さなブルーが広げた新聞。
学校がある日の朝だけれども、早い時間に目が覚めたから。
母が焼いてくれたトーストと卵一個のオムレツ、それも綺麗に食べたから。
背丈が早く伸びるようにと、毎朝、必ず飲んでいるミルク。
今朝もきちんと飲み終えたけれど、家を出るには早すぎる時間。
もっとも、近い場所に住む友人や同じ学校の生徒は、早い者なら家を出ているだろうけど。
学校までの距離を歩くのだったら、そこそこ時間がかかるのだから。
けれど生まれつき身体が丈夫でないブルー。
弱い身体は学校までの往復だけで悲鳴を上げるし、とても授業は受けられない。
なんとか行きは辿り着けても、授業を最後まで受けられたとしても、きっと危ない帰り道。
途中で疲れて座り込むならまだマシな方で、パタリと倒れてもおかしくはなくて。
そうなってからでは遅いのだから、と今の学校へはバス通学。
他の子たちよりもゆっくり出掛けて間に合うバス。
その路線バスに乗りに行くにはまだ早いから、とダイニングでゆっくり、のんびり新聞。
制服はもう着ているから。
後は置いてある通学鞄を持つだけだから。
そんな具合で広げた新聞、端っこの方に載っているもの。
端っこだけれど目に付くようにと、工夫を凝らしてある部分。
だから大抵、あると気が付く。
「今日も載ってる」と、チラリと眺める「今日の運勢」と書かれたコーナー。
いつもは全く気にしないけれど、占いに興味は無いけれど。
今日の運勢がどうであろうが、チェックしようとも思わないけれど。
時間がたっぷりあったせいなのか、それとも一日の始まりの朝だったからか。
読んでみる気になったコーナー、「今日の運勢」。
えーっと…、と覗き込んで直ぐに躓いた。
どれが自分の運勢なのかが、パッと見て直ぐに分からなかった。
占いは星占いだったから。
地球の夜空を彩る星々、太陽と同じ黄道を巡る十二の星座。
生まれた日に頭上に昇っていた星座、それが自分の星座に決まる黄道十二宮。
(…ぼく、なんだっけ…?)
自分の星座など覚えてはいない、まるで興味が無かったから。
下の学校の頃も、今の学校でも、星占いに凝っているのは女の子。
「今月の蟹座は…」といった具合に話に花が咲いているけれど、男子は話題にさえしない。
自分と同じで興味など無くて、きっと訊かれても「俺?」とポカンとするのだろう。
考えたことも無かったけれどと、どんな星座があったっけ、と。
(十二宮なら分かるんだけど…)
前の自分も名前だけなら知っていたから、本物の星座を目にしていないだけだから。
十二の星座に何があったか、それは辛うじて分かるのだけれど。
(…順番までは覚えていないよ…)
どういう順に並んでいたのか、その段階でもう分からない。
だから当然、分かるわけがない、自分が生まれた日付が何座になるのかなどは。
さて困った、と思ったけれども、もしかしたら運がいいかもしれない。
「端から順に見ていけば…」と一番最初の枠を覗いたら、「牡羊座」の欄を眺めたら。
ちゃんと入っていた日付。
三月三十一日生まれは牡羊座だった、いきなり答えを貰うことが出来た。
余計な手間は一つもかけずに。
「ぼくはどれなの?」と端から順に探さなくても、一番最初の欄に自分の星座。
自分が生まれた日の星座。
(そっか、牡羊座…)
覚えておこうと思ったけれども、普段は読まない星占い。
明日には綺麗に忘れていそうで、次に読む時は、またまた悩みそうだけど。
自分はどれかと困りそうだけれど、きっといつでも一番最初にあるのだろう。
前の自分の遠い記憶が「最初だ」と微かな声で告げるから。
十二の星座の最初は牡羊、牡羊座で始まるものなのだと。
(…これだって、また忘れそうだけど…)
バスに乗って学校に出掛ける頃には頭から抜けていそうだけれども、たかが黄道十二宮。
学校のテストに出てはこないし、順番だって訊かれない。
「お前、星座は何だったっけ?」と尋ねる友達だっていないし、忘れても何の問題も無い。
要は今だけ、星占いを読む間だけ、分かっていればいい。
今日の自分の運勢はどうか、牡羊座の欄にどう書いてあるか、それさえ読めば。
読んで分かればそれでおしまい、その間だけの短い付き合い。
牡羊座という星座とは。
青い地球の上に生まれて来た日に、空にあっただろう牡羊座とは。
なんて幸運だろうと思った、最初に見付けた牡羊座。
苦労せずとも、手間をかけずとも、一目で分かった自分の星座。
だから最高にツイているのだと喜んで読んでみたのだけれど。
今日の運勢はきっと最高、いいことずくめの素晴らしい日だと胸を躍らせていたのだけれど。
(……嘘……)
最下位だなんて、と愕然としてしまったランキング。
ズラリ並んだ十二の星座の今日の運勢、中でも一番ツイていないのが牡羊座だった。
最高はどうでもいいのだけれども、何が最高かはどうでも良くて。
一つ上の星座も見る気になれない、自分が最下位なのだから。
牡羊座よりも下には無いらしい星座、牡羊座よりもツイていない星座は一つも無い。
よりにもよって最下位の運勢、言い方を変えれば今日は最悪。
そんな馬鹿な、と牡羊座の欄を読み進めてみても、救いはやって来なかった。
「気を付けましょう」だとか、「人間関係に危険信号」だとか。
縁起でもない言葉の数々、中でも一番こたえたのが…。
(…人間関係に危険信号…)
ご丁寧にも、「恋人のいる人は要注意」とまで書かれてあった。
こう書かれたら小さな自分でも分かる、別れ話の危機か何かだと。
でなければ喧嘩、ささいなことから。
(…ハーレイと喧嘩…)
しょっちゅうやっていると言えば言える、ハーレイと喧嘩。
自分が一方的に喧嘩を売っている気がする日常。
「キスしてくれない」と膨れっ面になっているとか、「ハーレイのケチ!」と叫ぶとか。
まさかハーレイの堪忍袋の緒が切れるとは思えないけれど。
「お前の顔など二度と見たくない」と去ってゆくとは思えないけれど、危険信号。
暫く口を利いて貰えないとか、家に来てくれないとか、そういったことはありそうで。
「たまには一人で反省しろ」とばかりに無視されることもありそうで…。
(…どうしよう…)
恋人と喧嘩をしてしまったら終わりらしいのが、今日の牡羊座の運勢。
人間関係に危険信号、「恋人のいる人は要注意」。
ラッキーどころか、まるで逆だった自分の運勢、なんとも危うい今日の運勢。
(…こんな日に限って、ハーレイが来そう…)
そして自分がウッカリ膨れてしまって、ハーレイが「もう知らん」と眉間に皺を寄せるとか。
両親も一緒の夕食の席では普段の笑顔で話してはいても、「またな」と帰って行ったとしても。
(…その「また」がいつになっちゃうのか…)
かなり危ない、この運勢では。
星座は十二もあるというのに最下位な上に、人間関係に危険信号だから。
考えたくもない話だけれども、「恋人のいる人は要注意」とまで警告されているのだから。
どうしたものかと考えたけれど、落ち込んでしまいそうな気分だけれど。
今日の運勢など知らない方がまだマシだった、と思うけれども、相手は占い。
(…当たらないよね?)
占いだもの、と睨み付けてみたランキング。
牡羊座が最下位だと占った誰か、こんな星占いなど当たりはしないと。
占いが当たるというのだったら、男の子だって、きっと夢中になるだろう。
女の子ばかりが話題にしてはいないだろうし、その程度のもの。
きっと外れるに違いないよ、と前向きに考え直した途端に、フイと掠めた遠い遠い記憶。
タロットカードを繰っていたフィシス、前の自分が手に入れた女神。
地球の映像をその身に抱いた少女が欲しくて、ミュウの仲間を欺いた。
本当はミュウではなかった少女を、機械が無から創ったフィシスをミュウの女神にした自分。
(…フィシスの占い…)
恐ろしいほどによく当たっていた、託宣とまで呼ばれたくらいに。
ジョミーがシャングリラにやって来ることも、赤いナスカに迫った危機もフィシスは当てた。
それを思うと馬鹿に出来ない、「占いなんて」と言い切れはしない。
どうせ当たらないと思ってかかって、痛い目を見たら馬鹿でしかない。
(…でも、どうしたら…)
注意したって、きっと自分はハーレイに喧嘩を吹っ掛けるだろう。
喧嘩をしているつもりはなくても、何かのはずみにプウッと膨れて。
それでハーレイがカチンと来たなら、「またな」と帰ったその次が無い。
「忙しいから」と来てくれないとか、頼みの週末も「用事が出来た」と他所に行くとか。
それは困る、と祈る気持ちで読み直してみた今日の運勢。
書き添えてあったラッキーアイテム、ラッキーカラーに、幸運を運んでくれる場所。
(…ハサミ…)
ラッキーアイテムはハサミだと言うから、それを鞄に突っ込んだ。
自分の部屋まで取りに戻って、コッソリと底に。
緑だと書かれたラッキーカラーは、色鉛筆の緑を筆箱に。
これも部屋から取って来たもの。
後は幸運がやって来る場所、上手い具合に…。
(学校の前…!)
これなら確実に通る場所だし、きっと運だって良くなるだろう。
ハサミに緑に、それから学校。
占いといえども、けして馬鹿には出来ないから。
ハーレイと喧嘩をしないためにも、運が良くなるよう頑張ろう。
人間関係に危険信号が点ってしまったら、悲しいから。
恋人のいる人は要注意だから、ラッキーアイテムで運を良くして、膨れっ面も今日は我慢で…。
牡羊座の運勢・了
※今日の運勢が最悪らしいブルー君。人間関係に危険信号、「恋人のいる人は要注意」。
可哀相すぎる運勢ですけど、膨れっ面を我慢で頑張りましょうね、今日くらいはねv