(ふうむ…)
朝食を終えて、ハーレイが開いてみた新聞。
出勤までには余裕のある朝、早すぎるほどの時間に目が覚めた朝。
これが休日なら、ひとっ走りしてくるけれど。
朝食の前に朝のジョギング、足の向くまま町を走りにゆくのだけれど。
学校がある日は柔道部の朝の練習があるから、運動はそちらで充分なわけで。
のんびりしてから行くとしようか、と朝食の後に広げた新聞。
目に付いた記事から順に読んでいる内、どうしたわけだか目に入ったもの。
その名も「今日の運勢」なるもの、いわゆる占いが載ったコーナー。
いつもだったら「占いだな」とチラリと眺めておしまいだけれど、暇だったから。
出勤するには早すぎるから、たまには、と読んでみることにした。
占いの類は気にしないけれど、そんなタイプではないけれど。
(うーむ…)
さて、と読もうとしたコーナー。
最初でいきなり躓いた。
どれが自分の運勢なのかがまずは問題、日頃は馴染みのないものだから。
枠で囲まれた幾つもの運勢、その中の一つが自分の筈で。
(確か、俺はだな…)
乙女座だったか、と思ったけれども、無い自信。
占いコーナーは星占いで、十二の星座に基づいたもの。
地球の夜空を彩る星たち、季節に合わせて昇る星座もまた変わる。
太陽がゆくのと同じ道をゆく、黄道を動いてゆく星座。
いわゆる黄道十二宮。
あることは知っているのだけれども、それと自分が直結するほど星占いに凝ってはいない。
確か乙女座、その程度にしか思わないから、つまずいた出だし。
(八月の二十八日生まれだから…)
どうだったか、と乙女座について書かれた枠を覗き込んで「よし」と大きく頷いた。
ちゃんと合っていた自分の記憶。
まるで全く馴染みがないのに、うろ覚えでも間違えなかった乙女座。
(…あまりに似合っていないからだな)
この俺にはな、と浮かべた苦笑い。
この顔で、体格で乙女も何も、と思わざるを得ない自分の外見。
乙女座などという可憐なものより…。
(むしろ、こっちだと思うんだがな?)
ちょっとズレて、と眺めた獅子座。
あと少しばかり早く生まれたら、俺は獅子座の筈だったが、と。
獅子ならともかく、似合わない乙女。
その段階で既に当たらないような気がする占い、「これは俺とは違いそうだ」と。
けれど、星座はイメージで選ぶものではないから。
こっちの方が、と自分で好きには決められないから、やっぱり乙女座。
生まれた日付で決まる星座に文句を言っても始まらない。
おまけに、今の自分がいるのは…。
(正真正銘、地球だってな)
星占いが生まれて来た地球、黄道の上を十二の星座が巡る星。
前の自分が白いシャングリラで目指していた星、人間を生み出した母なる地球。
そこに生まれて育ったのなら、もう間違いなく十二の星座に繋がるだろう。
占いが当たるかどうかはともかく、十二の星座が人生や運勢を司るかはともかくとして。
(…前の俺なら、それほどアテにはならないんだがな?)
それどころか当たる筈もなくてだ、とクックッと笑う。
前の自分が、キャプテン・ハーレイだった自分が生を享けた場所。
人工子宮から生まれて来た場所、其処の空には十二宮など無かったから。
黄道を巡る十二の星座は、空に輝いてはいなかったから。
地球の夜空にしか昇らない星座、それが運勢に影響したりはしなかったろう。
あまりにも離れすぎていて。
十二の星座があまりに遠くて。
その上、当時は無かった地球。
あったけれども無いも同然、人が住めない死の星だった。
そんな地球では、十二の星座も…。
(まるで力は無かったろうな)
地球の上には、星を仰ぐ人などいなかったから。
あの星が自分の星座なのだと、探す人など無かったから。
(知識としてはあったんだがなあ、あの頃でもな)
地球には八十八の星座があるということも、その中の十二が特別なことも。
けれどそこまで、知りようもなかった前の自分の星座。
成人検査で失われた記憶、人体実験の日々で失くした記憶。
誕生日などは覚えていなくて、十二の星座と十二宮なる存在を知っても割り出せない。
もっとも、前の自分の場合は、知っても意味さえ無かったけれど。
人工子宮から取り出された時、頭上に星座は無かったから。
地球の黄道を巡る星座は、遠い昔から巡り続けた十二の星座は。
(あの頃の地球には人は住めないし、俺は地球では生まれてないし…)
本当にどうでもいいことだったな、と考えてしまう前の自分が生きた頃。
それにあの頃、占いと言えば…。
(…いつもフィシスがやっていたんだ)
前のブルーが連れて来た少女。
仲間たちはミュウだと信じたけれども、人間ですらもなかったフィシス。
マザー・システムが無から創った生命体。
なのに何故だか、占い師だった。
フィシスは未来を読み取り続けた、ミュウの、シャングリラの未来のために。
さて…、と読み始めた占いコーナー。
乙女座の自分の今日の運勢、それが書かれているコーナー。
「こんなものか」と思いながら読んだ、さして悪くも良くもない今日。
最高にツイている星座でもないし、まるでツキが無い星座でもないし…。
(…ランキング的には真ん中ってトコか)
正確に言えば真ん中よりも辛うじて上、十二の星座は六個ずつにしか分かれないから。
これが真ん中だと呼べる一つを作り出すには、奇数でないといけないから。
上から六番目、今日の乙女座はそういった所。
多分、平凡だろう運勢、此処に書かれている通り。
思いがけないラッキーなことが起こりもしないし、不運な目にも遭いそうにない。
この占いが当たるなら。
黄道を巡る十二の星座が人の運命を司るなら。
(そうは思えないわけなんだが…)
同じ地球の上、山のようにいる自分と同じ乙女座の下に生まれた人間。
今日は最高にツイている人もいるだろう。
そうかと思えば、家を出た途端に派手に転ぶ人もいるのだろう。
(要は、こいつは一種のお遊び…)
運試しに、とクジを引くのと似たようなものが星占いだな、と笑みを浮かべた。
新聞を開いて覗いたコーナー、そこにツイていると書いてあったら期待に満ちた一日の始まり。
ツイていないと書かれてあったら、「気を付けよう」と考えてみたり。
(なんたってなあ…)
こいつが遊びの証拠ってモンだろ、と可笑しくなったラッキーアイテム。
今日の乙女座はカメラだとあった、それを持って仕事に行けと言うのかと。
乙女座に生まれた子供の場合は、カメラを持参で幼稚園か、と。
もっと笑ったのがラッキーカラーで、ピンクだという。
ピンクの服など持ってはいないし、ピンクの小物もあるわけがない。
(乙女座だからピンクだっていうわけじゃないよな?)
俺に似合いの獅子座はどうだ、とそちらを見たら水色だったし、これも微妙な色ではある。
休日だったら取り入れようもあるのだけれども、スーツでは…。
(ワイシャツの生地の細い線くらい…)
他には咄嗟に思い付かない、仕事に出掛ける時に取り入れられる水色などは。
獅子座だったとしても難しい、今日の自分のラッキーカラー。
(真面目にやるヤツが何人いるんだ…)
それでも需要はあるのだろう。
こうして星占いのコーナーがあって、きちんと書かれているからには。
運勢の他にラッキーカラーやラッキーアイテム、行けば幸運が来るという場所。
律儀に全部実行したなら、真ん中から辛うじて上の運勢もラッキーな日になるのだろうか?
乙女座の自分がカメラをぶら下げ、ピンクを何処かに取り入れたなら。
水辺がツイているというから、出勤前に大きな池でも少し覗いてから行けば。
(…まず、有り得ないと思うがな?)
俺の運勢は今日は可もなく不可もなく…、と思ったけれど。
占いなどは信じるに足らずと、遊びなのだと笑い飛ばそうとしたけれど。
(…占いなあ…)
まるで当たらないわけじゃなかった、とハタと気付いて窓の外を見た。
燦々と朝日が照らし出す庭と、庭の木々の上の青い空。
今は青くて十二の星座は一つも見えはしないのだけれど、それが輝く夜空の彼方。
暗い宇宙を白いシャングリラで旅した自分は、前の自分たちの航路を示していたのは…。
(…フィシスの占いだったんだ…)
無視して航路を設定した時、それは危うい目に遭った。
思考機雷の群れに囲まれ、三連恒星の重力の干渉点からワープして逃げた。
しかも後ろには人類軍の船、逃げ損なったら沈められたか、太陽に真っ直ぐ突っ込んでいたか。
(…当たらないとも言い切れないか…)
あれを思えば、とブルッと肩を震わせてから、また占いのコーナーを見る。
今日はカメラを持ってゆこうかと、車に乗せておくべきだろうかと。
ピンク色の物は何かあったかと、行きに大きな池を回って、それから出勤していこうかと…。
乙女座の運勢・了
※ハーレイ先生がたまたま目にした星占い。面白がって読んでいたまではいいのですけど…。
怖くなったらしいフィシスの占い、ラッキーアイテムやカラーを揃えてしまいそうですねv