(たったの十四年なんだけど…)
それだけしか生きていないんだけど、とブルーが見回した部屋の中。
今の自分が暮らしている部屋、両親がくれた子供部屋。
一人息子の自分を可愛がってくれる両親が。
いつも優しい、父と母とが。
ほんの小さな子供の頃には、この部屋は遊びに使っていただけ。
眠る時は両親の所へ出掛けた、でないと怖くて眠れないから。
独りぼっちで真っ暗な夜を過ごすことなど、幼い自分には無理だったから。
(もうちょっと大きくなった後にも…)
子供用のベッドを貰った後にも、夜中に引越ししていたりした。
やっぱり一人の部屋は怖いと、独りぼっちでは眠れないと。
今でこそしなくなったけれども、枕を抱えて引越してみたり。
枕も持たずにパジャマ姿で「入れて」とベッドに潜り込んだり。
(大きくなるまでに十四年だよ…)
ずいぶんかかった、と思うけれども、それでもたったの十四年。
前の自分が眠り続けた十五年には及ばない。
アルテメシアを後にしてから、赤いナスカで目覚めるまでの十五年間。
本当に深く眠っていたから、時間の感覚はまるで無かった。ほんの一瞬にも思えた時間。
十五年間もあったのに。
今の自分が青い地球に生まれて、今の姿に育つまで。
十四年で此処まで育って来たのに、前の自分はそれよりも長く眠り続けた。
何もしないで、ただひっそりと。
青の間のベッドに横たわったままで、十五年もの歳月を。
あの年月があったとしたなら、どれほどのことが出来ただろう。
赤いナスカを見て、あの星で育った作物に触れて。
トォニィの誕生も祝えただろう、他のナスカの子供たちにも祝福の言葉を言えただろう。
ジョミーを労うことだって出来た、アドバイスだって。
ナスカで起こったという新しい世代と古い世代の間の対立、それも解決したかもしれない。
前の自分が何か一言、言いさえすれば。
アルタミラから共に生きて来た仲間たちには、自分の言葉が正しく思えただろうから。
ジョミーが言ったら、「何を言うんじゃ」と一蹴されそうなことであっても。
「それじゃ話にならないね」と鼻で笑われそうなことであっても、前の自分の言葉だったら…。
(…きっと、みんなは真面目に聞いたよ)
その場では顔を顰めたとしても、きちんと考えてくれたのだろう。
とても受け入れられないようなことでも、時間をかけて理解しようとしてくれただろう。
「それがソルジャーの考えならば」と、けして頭から否定はせずに。
間違っているのは自分の方かもしれないのだから、と慎重に。
(ソルジャーはジョミーだったけど…)
それでも、先のソルジャーだった自分がいたなら事情は変わる。
こっそりと意見を訊きに来る者も多かったろうし、意見を主張しに来る者も。
「ジョミーにはとても従えない」と訴える者やら、愚痴を零しに来る者たちやら。
その度に彼らと向き合って話し、自分の意見も述べていたなら。
ナスカの扱いも変わっていたろう、古い世代がナスカを見る目も変わっただろう。
頑なに「早く地球へと旅立つべきだ」と言い続けたりせずに、少し譲って。
「いずれは地球に行くのだから」と、「この星に夢中にならないように」と。
そうなっていたら、若い世代も頑固にナスカにしがみついてはいなかったろう。
キースがシャングリラから逃げた段階、あそこで避難出来ただろう。
「危険が去ったらまた戻ればいい」と白いシャングリラで。
このまま二度と戻れないわけではないのだから、と誘導されるままに白い鯨に乗り込んで。
(…あんな対立が無かったら…)
きっと彼らもそうしていた。
ナスカに戻れる希望があるなら、白い鯨に乗っていた。
けれど、古い世代の者たちはナスカを嫌い続けていたから、白い鯨に乗ったら終わり。
「もうあの星へは戻らない」と一喝されて、まだ見ぬ地球へと旅立つしかない。
せっかくナスカを手に入れたのに。
希望に満ちた夢の大地を、踏み締めることが出来る地面を。
(…誰だって、それは捨てたくないよ…)
前の自分やアルタミラからの仲間たちでさえ夢見た大地。
宙に浮かんだ船の中が全ての世界ではなくて、二本の足で踏み締める地面。
それに焦がれて、地球を夢見た。
青い地球に着いたら降りられる地面、いつかはそれを手に入れようと。
ナスカは地球の紛い物だった、二つの太陽と赤い大地と。
地球のそれとは違ってはいても、若い世代には地球のようにも見えただろう。
だから彼らは捨てたくなかった、あの赤い星を。
シャングリラに乗って逃げる代わりに、赤いナスカに残ろうとした。
シャングリラは二度と戻らないから。
ナスカに戻りはしないのだから。
その前提からして間違いなのに、と今の自分だから思う。
嘘でもいいから、「一時的に避難するだけだ」と告げれば彼らも白い鯨に戻っただろう。
なのに、誰もつかなかった優しい嘘。
前の自分が十五年の歳月を起きたままで船で過ごしていたなら、その嘘もついていただろう。
「今は危ないから、危険が去るまでシャングリラに」と。
それが嘘だと誰も思わない、そんな雰囲気さえ作り出せていたに違いない。
古い世代との対立は消えて、古参の者たちもナスカを認めていただろうから。
「戻れるものなら、また戻ればいい」と誰もが口にしただろうから。
けれども、つけなかった嘘。
前の自分は十五年間も眠り続けて、何もしようとしなかったから。
何も出来ずに眠っていたから、目覚めた時には、とうに全てが遅すぎた。
ナスカに残ってしまった仲間と、そのせいで遅れたナスカからの脱出。
キースがメギドを携えて戻るのに充分な時間、それをむざむざと与えてしまった。
充分な時間は、自分たちの方にもあったのに。
シャングリラに乗り込み、ナスカを離れて逃げていたなら、悲劇は起こらなかったのに。
(…やっぱり、ぼくが寝ちゃっていたせい…?)
十五年もの長い時間を無駄に眠っていた自分。
それに足りない十四年があれば、生まれたばかりの赤ん坊でも今の姿に育つのに。
ちゃんと少年の姿に育って、夜も自分の部屋で眠れるようになるのに。
(前のぼくって、失敗しちゃった…?)
眠ろうと思って眠ったわけではないけれど。
単に力が尽きただけだけれど、目覚めると同時にキースと対峙し、最後はメギドも…。
(…あんな遠くまで、飛んで行って沈めた…)
ナスカからは遠く離れたジルベスター・エイト、星と星との間を飛んで。
それだけの距離を瞬時に飛び越え、まだ残っていたサイオンの力。
飛ぶよりも前に、一度メギドの炎を受け止めていたというのに。
ジョミーたちの助けがあったとはいえ、炎がナスカを直撃するのを防いだのに。
その後で飛んだ、メギドまでの距離。
飛び越えた上に沈めたメギド。
あれだけの力が残っていたなら、十五年という長い時間も…。
(…細く長くなら、起きていられた…?)
そんな気もする、青の間のベッドから起き上がることは出来なくても。
ジョミーの相談役になったり、古参の仲間たちの愚痴を聞いたり、それくらいのことは。
出来たかもしれない、眠らなければ。
十五年を無駄にしなければ。
深く眠ってしまったばかりに、前の自分はメギドを沈めて死んだのだろうか?
もしも起きていたら、白い鯨で皆とナスカを離れられたろうか?
(…そしたら、ハーレイとも一緒…)
ハーレイの温もりを失くしてしまって、独りぼっちでメギドで死にはしなかった。
何処で命が尽きていたにせよ、ハーレイの温もりは持っていられた。
ソルジャー・ブルーの右腕としてなら、キャプテンとしてなら、ハーレイは手を握れたから。
死にゆく自分の手を握りながら、最期の言葉を聞こうと控えていただろうから。
(…でも、そうなったら…)
今の自分は此処に生きてはいないだろう。
ハーレイと二人で青い地球の上に生まれ変わってはいないのだろう。
(前のぼくが一人で頑張ったから…)
ミュウの未来を守り抜いたから、神は奇跡を起こしてくれた。
そう思えるから、前の自分は失敗してはいないのだろう。
(眠っちゃったことは失敗だったとしても…)
メギドを沈めて守った未来。
白いシャングリラは地球に辿り着き、青い地球まで蘇ったから。
神が起こした本物の奇跡、生まれ変わって来た自分。ハーレイと二人。
(…きっと、生まれてくる前だって…)
ハーレイと二人でいたんだよ、と眺めた右手。
メギドで冷たく凍えてしまった、ハーレイの温もりを失くした右の手。
それが冷たかったという気がまるでしないから、きっとハーレイも一緒にいた。
この地球の上に、二人で生まれて来た奇跡。
神が奇跡を起こした時まで、きっとハーレイの温もりが側にあったに違いない。
前の自分が眠ってしまって無駄に費やした十五年よりも長い長い時を、ハーレイと二人。
きっとそうだ、と笑みを浮かべる。
今の自分が此処にいる奇跡、ハーレイと二人で地球に来られたことこそが奇跡なのだから…。
此処に来た奇跡・了
※ブルー君が育って来た年月よりも、長い時間を眠り続けたソルジャー・ブルー。
失敗だったと悔やむブルー君ですけど、「終わり良ければ全て良し」ですよねv