(…前のぼくだったら…)
絶対に上手くいったんだけど、と小さなブルーが零した溜息。
ハーレイが訪ねて来てくれた日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドの端にチョコンと腰を下ろして。
(上手く不意打ち…)
したと思った、油断していたハーレイを。
ハーレイの膝の上に座って甘えて、他愛ないお喋りなんかもして。
すっかりハーレイが油断した頃、スルリと首に回した両腕。
前の自分がやった通りに、「ぼくにキスして」と。
表情も上手に作ったと思う、前の自分に似せたと思う。
ハーレイがドキンとするらしい顔、前の自分がキスを強請った時の表情に。
ところがコツンと小突かれた額、キスは貰えもしなかった。
「チビのくせに」と、「キスは駄目だと言っただろうが」と。
それはすげなく断られたキス、おまけに膝から下ろされた。
「さっさと自分の椅子に戻れ」と、「悪戯小僧にはそれが一番のお仕置きだ」と。
そう言われたら、もう膝の上には戻れないから。
また座りたいと視線を向けても、ジロリと睨まれただけだから。
仕方なくスゴスゴと戻るしかなかった、自分の椅子に。
テーブルを挟んで向かい側にある、本来、自分が座るべき椅子に。
ションボリと椅子に腰掛けた途端、ニヤリと笑みを浮かべたハーレイ。
「お前、バレていないと思っていたのか?」と。
どうやらすっかりバレていたらしい、自分の企み。
油断させておいてキスを貰おうと思った、ハーレイの不意をつく企み。
ハーレイは全てお見通しだった、最初から。
自分がハーレイの膝の上に座った時から、正確に言うなら座る前から。
(…心が零れちゃってたなんて…)
何度もそれで失敗したから、自分でも気付いている弱点。
ふとしたはずみにポロリと零れる心の欠片が問題なのだ、と。
(…どうせ不器用…)
前の自分のようにはいかない、心を遮蔽する力。
今の時代は誰でも自然に出来るというのに、自分もその中の一人に含まれる筈なのに。
どうしたわけだか、今の自分はサイオンの扱いが不器用だから。
前と同じにタイプ・ブルーで、最強の力を持っている筈なのに、駄目だから。
心の欠片がポロリと零れる、ワクワクしている時には、特に。
名案を思い付いたと自分で嬉しくなるような時は、もうコロコロと零れてしまう。
そしてハーレイに拾い上げられる、「こんなことを考えているのか」と。
どんな企みも計画もバレる、いともアッサリと心のせいで。
遮蔽まで不器用な心が零した欠片のせいで。
そんなわけだから、今日も失敗。
キスの代わりに小突かれた額、もう溜息をつくしかなくて。
(…前のぼくなら…)
絶対、失敗しないんだけどな、と嘆いた所でどうにもならない、今の能力。
決して自分がチビなせいではないだろう。
ソルジャー・ブルーだった頃の自分より小さいせいではないだろう。
(…だって、前のぼく…)
アルタミラでは、とうに立派なミュウだったから。
今と変わらない姿形で、強いサイオンに目覚めたからこそ始まった悲劇。
成人検査をパスする代わりに、実験動物になってしまった。
檻に押し込められ、繰り返された人体実験。
(今のぼくだと、パス出来そうだよ…)
ミュウだとバレずに、そのままスルリと。
記憶を消される件はともかく、人間扱いはして貰えたろう。
サイオンなんぞは無いも同然、心もポロリと零れるような不器用さでは。
マザー・システムもそれと気付かず、検査は終わっていただろう。
養父母の記憶は薄れてしまっていただろうけれど、自分でも気付かないままで。
今日から大人の仲間入りだと、ドキドキしながら教育ステーションに旅立ったろう。
前の自分が、今の自分のように不器用だったら。
タイプ・ブルーとは名前ばかりで、心の中身が零れ放題の子供だったなら。
世の中、なんとも上手くいかない。
持っている力が逆様だったら、前の自分には幸せな人生があっただろう。
ミュウとして閉じ込められる代わりに、教育ステーションで教育を受けて、別の人生。
(今のぼくだって…)
強い力を持っていたなら、ハーレイに心を読まれはしないし、今日だって。
上手くいったらキスが貰えて、今頃はホクホクしていたかもしれない。
次もハーレイの隙を狙おうと、油断させるのがいいらしいと。
(…ホントのホントに、逆様だったら良かったのに…)
そしたらお互い平和だった、と前の自分を思い浮かべてみたけれど。
あの時代の教育ステーションの制服はまるで知らないから、後の時代のを着せてみたけれど。
(…きっと似合うよね?)
今の自分の制服とは違った、キースやシロエが着ていた制服。
あれも似合っていただろう。
銀色の髪に赤い瞳のアルビノの自分には、黒っぽい服も映えるのだから。
少し大人びた雰囲気になって、落ち着いた「お兄ちゃん」といった感じで。
そうやってステーションの制服を纏って、勉強をして。
いつか何処かでハーレイと会って…、と考えた所で気が付いた。
その人生を歩んでいたなら…。
(…もしかして、ハーレイとは出会えないまま?)
前の自分は、ハーレイよりもずっと年上だったから。
成長を止めていたせいで子供の姿を保っていただけ、ハーレイの方が大人だっただけ。
それに自分の姿にしたって…。
(…アルビノじゃないよ…)
サイオンが目覚めてミュウになったのが、前の自分の変化の引き金。
それまではアルビノなどではなかった、ごくごく普通の姿の子供。
金色の髪に青い瞳で、銀色の髪に赤い瞳の前の自分はいなかった。
顔立ちはともかく、アルビノでなければ…。
(…前のぼくでも、目立たないかも…)
ハーレイに出会っても、「ふうん?」と思われておしまいだった可能性もある。
恋人にはならずに、友達にさえもならないままで。
(それに、会っても、ぼくが年上…)
遥かに年上だった自分が前のハーレイと出会う頃には、どんな姿になっていたのか。
第一、ハーレイが成人検査でミュウと判断されていたなら…。
(前のぼくが研究者だったってことも…)
まるで無いとは言えないのだった、どんなコースを歩むかは機械が決めていたのだから。
ミュウを研究する学者の道を歩んでいたなら、もしハーレイと出会ったとしても…。
(…睨まれて終わり…)
きっとハーレイには嫌われただろう、嫌うどころか憎まれただろう。
そして自分も、ハーレイのことを…。
(…ただの実験動物だ、って…)
人とは思わず、酷い実験をしたのだろう。
ハーレイに恋をする代わりに。
生まれ変わっても、また出会えるほどの強い絆を育む代わりに。
それは困る、と肩をブルッと震わせた。
前の自分と今の自分のサイオンの力が入れ替わった人生、その方が素敵に思えたけれど。
お互い、幸せな人生になると思ったけれども、もう、とんでもない勘違い。
下手をしたなら、ハーレイと出会っても憎まれるだけ。
自分の方でもハーレイを好きになりもしないで、酷い実験を繰り返すだけ。
(…そんな出会いになってたら…)
今の幸せな人生は無くて、ハーレイと二人、青い地球に生まれては来なかった。
生まれたとしても他人同士で、きっと出会っても…。
(…ただの先生と教え子なんだよ)
ハーレイは自分に恋してくれない、もちろんキスもしてくれない。
唇へのキスは絶対に無いし、頬や額への優しいキスも。
前の生の記憶もお互いに無くて、憎んだり、憎まれたりは無かったとしても…。
(…ハーレイは、ぼくを好きになったりは…)
してくれないだろう、ただの教え子なのだから。
自分の方が何も知らずに恋したとしても。
前の生でハーレイに自分が何をしたのか、まるで知らずに恋をしても。
ラブレターを書いて渡したとしても、「好きです」と打ち明けに行ったとしても…。
(きっと、笑われておしまいなんだよ…)
ハーレイの顔が見える気がする、「それはお前の勘違いだな」と微笑む顔が。
「そいつは恋じゃなくって憧れってヤツだ」と、「俺はお前のヒーローなだけだ」と。
そうして多分、誘われるのだろう、「なら、柔道部に入らないか?」と。
「俺と一緒に練習できるし、きっとお得だと思うんだがな?」と。
とんでもないことになってしまうらしい、前の自分のサイオンが不器用だった時。
今の自分の不器用なサイオン、それと取り替えてしまった時。
ハッピーエンドになりはしなくて、悲惨な結末になりそうだから。
おまけに前の自分が前のハーレイ相手に、酷い実験までしていそうだから。
(…ぼくは不器用だった方が平和…)
そうなのだと思う、前の自分と取り替えるよりは。
前の自分の強いサイオン、それが今も自分のものだったなら、と思うけれども…。
(…取り替えちゃったら、大変だしね?)
ハーレイと恋に落ちるどころか、憎まれて終わりな前の生。
そして生まれ変わった今、ハーレイに恋を打ち明けてみても実らずに終わりそうだから。
最悪の場合、そうなることもありそうだから、と溜息をついて諦めた。
今の自分は不器用だけれど、きっとその方がいいんだよ、と。
ハーレイとキスも出来ないけれども、心の欠片が零れてばかりの不器用なぼくで、と…。
不器用なぼく・了
※サイオンの扱いが不器用すぎるブルー君。前の自分と取り替えたら丁度良さそうですが…。
そうなった場合、ハーレイ先生との恋が駄目になりそう。不器用な方がいいですよねv