(…雨になっちゃう?)
ちょっと心配、とブルーが庭から仰いだ空。
起きた時には青空だったのに、いつの間にか雲が出ていたから。
空の半分を雲が覆って、太陽も隠れてしまったから。
(ハーレイが来てくれる日なのに…)
雨は嫌だよ、と祈るような気持ちで庭に出て来た。
ハーレイは雨でも来てくれるけれど、ちゃんと車で来るのだけれど。
(…やっぱりお天気の方がいいよね?)
柔道と水泳が得意なハーレイ、運動が好きな今のハーレイ。
晴れた日だったら、何ブロックも離れた場所から歩いて此処までやって来る。
「俺にとっては散歩だからな」と、軽い運動を兼ねての道中。
帰り道も歩いて帰ってゆくから、きっとハーレイは本当に歩くのが好きなのだろう。
(ぼくだと、とっても歩けないけど…)
歩こうとしても途中で倒れてしまいそうだけれど、ハーレイにとっては散歩の距離。
途中で目にした花の話や、出会った動物の話やら。
そういう土産話も幾つもして貰ったから、好きなのに違いない散歩。
雨になったら散歩は出来ずに、車で来るしかないわけで。
ハーレイの楽しみが減りそうだから、と見上げた空。
この雲は雨を降らせるだろうか、と。
雲の見方はよく分からないし、さほど詳しくもないけれど。
十四歳の今まで生きて来た自分の経験からして、この雲ならば…。
(大丈夫だよね?)
その内に流れて消えて青空、と頷いた。
早かったならば、家に入って朝食を食べる間にも。
母が用意をしているトースト、それから卵が一個のオムレツ。
父に「もっと沢山食べないとな?」とよく言われるから、もしかしたら今日も…。
(…ソーセージが来ちゃう?)
注文してもいないのに。
ソーセージは父が食べるものなのに、その父の皿からフォークで「ほら」と。
「分けてやろう」と、「一本やるぞ」と。
休日の朝によくある光景、断り切れないソーセージ。
今日も来るかもしれないけれども、こうして庭まで出て来たのだし…。
(いつもよりかは、ちょっと運動…)
その分、お腹も減っていますように、と家に戻った。
運動したから、ソーセージもきっと大丈夫、と。
雨が降りそうにない雲と同じで大丈夫だよね、と。
けれど、少々、甘かった読み。
ダイニングに入ってテーブルに着いたら、「庭に出てたな」と笑顔の父。
「ちゃんと体操して来たか?」などと訊くものだから。
体操って、と訊き返したら、父が言うのは朝の体操。
朝一番に庭に出たなら体操するもの、それが子供の健康づくり。
そうは言われても、体操などはしていないから。
雲を眺めに出ただけだから、「やってないよ」と答えるしかなくて、嘘は言えなくて。
「いかんな」と父にジロジロ見られた、「それでは丈夫になれないぞ」と。
ハーレイ先生のようになりたかったら…、とニヤリと笑った父。
体操しないのなら食べることだと、まずは身体を作らないと、と。
「庭に出たなら、少しは運動になっただろうし…。今日は二本だな」
しっかり食べろ、と父の皿からソーセージが二本。
一本でも多いと思っているのに、二本もポンと入れられた。
「酷いよ、パパ!」
朝からこんなに食べられないよ、と言ったのに。
「なあに、時間をかければ大丈夫さ。なあ、ママ?」
「そうねえ、ゆっくり食べれば入るわよ」
きちんと噛めば、と微笑んだ母。
「ハーレイ先生がいらっしゃるまでには、充分時間があるでしょう?」と。
学校に遅刻するわけではないから、残さずにちゃんと食べなさいね、と。
庭に出て空を見上げたばかりに、ソーセージが二本。
一本でも自分には多すぎるというのに、二本も。
(…こんなに沢山…)
無理だと言っても、聞いてはくれなかった両親。
母は普段と同じ分だけトーストをキツネ色に焼いてくれたし、オムレツだって。
ミルクを減らせば大丈夫かも、と思ったけれども、ミルクは大切。
前の自分と同じ背丈に育ちたいなら、欠かせないミルク。
そんなわけだから、ソーセージが二本増えた分だけ、頑張るしかなくて。
父が「御馳走様」と席を立った後も、母がすっかり食べ終えた後も…。
(…なんで、ぼくだけ…)
ポツンと一人で残されたテーブル、たった一人きりの朝食の席。
お皿の上には手強い朝食、父が増やしたソーセージ。
食べ終わらない限り、このテーブルとは別れられない。
自分の椅子にチョコンと座って、モグモグとやっているしかない。
(…独りぼっち…)
あんまりだよ、と思ったけれども、もっと悲しい独りぼっちを知っているから。
前の自分がメギドで迎えた、悲しすぎる最期を知っているから。
(…朝御飯で独りぼっちでも…)
文句は言えない、キッチンには母がいるのだから。
父はリビングに行ったか、二階の部屋か。
それにハーレイも、もう少しすれば家を出て此処へと散歩を始めてくれるのだから。
独りぼっちでも我慢しよう、と頬張った父のソーセージ。
父は平気でペロリと何本も平らげるけれど、自分にとっては大敵で。
フォークで口へと運んで一口、また一口と齧るだけ。
(ちっとも減らない…)
ガブリと大きく齧らないから、当然と言えば当然だけど。
ほんの少しずつ食べていたのでは、一向に減りはしないのだけど。
とんでもないことになってしまった、と独りぼっちの朝のテーブル。
いつになったら此処から脱出できるのだろう、とソーセージと格闘していたら。
(あっ、晴れてる…!)
まるで気付いていなかった。
トーストやオムレツやソーセージと戦いを繰り広げていて、外を見ていなかったから。
窓の外など、見ている余裕が無かったから。
知らない間に晴れていた空、明るく射し込む朝の太陽。
雲は何処かへ消えてしまった、庭から仰いで思った通りに。
その内に晴れると予想した通り、綺麗な青空。
そこにぽっかり白い雲がある、羊みたいにフワフワの雲が。
空を半分覆っていた雲、それの名残が。
(…ぼくとおんなじ…)
残されちゃってる、と雲に覚えた親近感。
「御馳走様」と消えてしまった両親、テーブルに独りぼっちの自分。
それと同じに雲も置き去り、一つだけ残った白い雲。
(…羊みたい…)
フワフワのモコモコ、と窓の向こうの空を眺めた。
雲の羊が一匹だけ。
仲間の羊は行ってしまったのに、どういうわけだか一匹だけ。
(…朝御飯かな?)
他の羊は食べ終わって行ってしまったのだろうか、「御馳走様」と次の所へ。
飛び跳ねて遊べるような何処かへ、走り回れる空の原っぱへ。
残った一匹は食事の最中、そういうことだってあるかもしれない。
「全部食べなさい」と言われた分だけ、食べ終わらないと一緒に行けないだとか。
(…そうなのかも…)
雲の羊が空にいるよ、と心強い気分になってきた。
自分と同じで食事が終わらない、頑張って食べている羊。
一人ぼっちのテーブルだけれど、雲の羊でも、空に仲間がいるのなら…。
(頑張らなくっちゃ…!)
羊と競争、とソーセージを齧ってモグモグ噛んだ。
食べ終えるまでに羊の雲が去って行ったら、また置き去りにされるから。
空に仲間がいる間にと、雲の羊がいてくれる内に、と。
白い雲の羊と競争で食べて、頑張って。
やっと食べ終えられた朝食、キッチンの母に「御馳走様」と言うことが出来た。
お腹は一杯になったけれども、なんとか食べられた多すぎた朝食。
(羊のお蔭…)
雲の羊に出会えたお蔭、と二階の自分の部屋に戻って見上げた青空。
風が出て来たのか、食事を終えたか、雲の羊が流れてゆく。
仲間の雲たちが去った方へと、ふわりふわりと。
(早く追い付けるといいね)
先に行っちゃった仲間たちに、と雲の羊を眺めていたら。
(…前のぼく…)
独りぼっちで終わりだった、と蘇って来たメギドでの記憶。
仲間たちを乗せた白いシャングリラを守るためにと、たった一人で死んでいった自分。
飛び立つシャングリラの姿すらも見られず、独りぼっちで。
ハーレイの温もりも失くしてしまって、右手が冷たく凍えてしまって。
(…雲の羊…)
せっかく自分と一緒に食事をしたのだから。
朝御飯を頑張って食べたのだから、独りぼっちで消えて欲しくない。
ちゃんと仲間に追い付いて欲しい、前の自分は駄目だったけれど。
独りぼっちで死んでしまったけれども、白い雲の羊は消えずに仲間の所まで。
頑張って其処まで辿り着いてと、仲間の所へ、と雲が流れてゆく方の部屋に飛び込んだ。
そっちの窓から外を見たなら、仲間が見えるかもしれないから。
行ってしまった羊の仲間が、白い雲の羊の大きな群れが。
(雲の羊…!)
お願い、と覗いた窓の外。
待っていてあげて、と眺めた青空、もう一匹の雲の羊が待っていた。
ダイニングにいた時は気付かなかった羊、見えなかった白い羊が一匹。
そして、その向こうに羊の群れたち。
(あの雲の羊…)
きっと恋人、と白い羊の雲を見上げた、残された羊を待っていた雲の白い羊を。
(ぼくとハーレイみたいだよね)
雲の羊は二匹一緒に空を流れてゆくのだろう。
仲間の羊の群れの所まで、二匹で仲良く青空を歩いて。
朝から出会えた素敵なカップル、きっといい日になるに違いない。
もうすぐハーレイがやって来るから、自分の所にも恋人が訪ねて来てくれるから…。
白い雲の羊・了
※ブルー君が見付けた白い雲の羊。一匹だけだと思っていたら、恋人の羊がいたようです。
雲の羊でも、前の自分と重ねてしまったからには、幸せになって欲しいですよねv